甦る妻

星 陽月

文字の大きさ
上 下
14 / 55

【チャプター 14】

しおりを挟む
 中沢は夢から逃れるように半身を起し、そこで眼を醒ました。
 周囲に眼を巡らす。
 こには闇が広がっている。
 すぐには思考が働かず、中沢はまだ、いま観た夢の中にいるような気がしていた。
 それでも眼が慣れてくると、そこが寝室であることがわかり、大きく息を吐き出した。
 額から汗がつたい落ち、手の甲でそれを拭った。
 体も水を浴びたかのように汗を掻いていて、シャツが背に貼りついていた。
 鼓動が、忙しないノックのように胸を叩いている。

(嫌な夢だ……)

 脳裡には、夢の断片が粘りついる。
 それを払拭するために頭をふり、中沢はベッドを降りて灯りを点けた。
 目覚まし時計に眼を向けると、10時を回ったところだった。
 昨夜、ワインを飲みすぎて眠りにつき、そして眼を醒ましたときとおなじ時刻である。
 だが中沢は、それをわずかに気に止めただけで、そういうこともあるだろうと、汗に濡れたシャツを着替えるために箪笥を開けた。
 箪笥には洗濯されたシャツが、きれいにたたまれて重ねられている。
 少しのずれもなくきちんと重ねられているのは、妻の潔癖な性格の表れだ。
 中沢は箪笥を開けるたびに、その重ねられたシャツを無茶苦茶にしてやりたいという衝動が起きる。
 いまもまたその衝動に駆られ、だが、いつものように何もできぬまま、シャツを一枚取っただけだった。
 食事ができたら声をかけると言っていたが、下着で寝ているところをみると、妻が衣服を脱がせ、疲れて眠る夫を そのままにしておいたのだろう。
 寝室を出て階下に下りる。
 リビングに入っていくと、そこに妻はいなかった。
 キッチンへと眼を向けるが、やはり妻の姿はない。
 浴室だろうか、そう思いながらソファに近づいていき、中沢はそこで足を止めた。
 ソファの先の床に、何やら白く大きな物体がある。

(これは……)

 中沢の顔がみるみる驚愕の色に染まった。
 その物体は、全体をシーツに包みこまれている。
 それはまぎれもなく、昨夜、中沢がシーツに包みこんだ妻の死体だった。

(どういうことだ!)

 理解しがたい状況に、中沢は立ち竦んだ。
 なぜ、山林の地中に埋めたはずの死体がここにあるのか。
 いや、違う。
 これは妻の死体ではない。
 そんなはずがない。
 妻は生きていたではないか。
 そして、夫のために料理を作っていた。
 ならば、この死体はいったいなんだ。
 妻がだれかを殺したとでもいうのか。
 いや、それも違う。
 妻が人を殺すわけがない。
 夫に殺されかけ、山林の地中から妻は命からがら生還したのだ。
 そんな妻が殺人を犯すなどありえない。
 ならば、この死体はだれなのか。

(ばかな……。違う。違う違う違う……)

 中沢はかぶりをふった。
 なぜ死体だと決めつめる。
 そう思うから混乱するんだ。
 これは罠だ。
 自分を殺そうとした夫への、妻の報復なのだ。
 その思いに中沢は、その死体らしき物体の傍らに膝をつき、シーツの上から巻かれたガムテープを剥がしていった。
 ガムテープをすべて取り去り、ためらいながら指先を伸ばしてシーツを外す。

(そ、そんな……)

 中沢は呻いた。
 外したシーツから姿を現したのは、裸の胸の上に置かれた腕、そして瞼を閉じた顔。
 それは、やはり死体だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]彼女の居場所

夏伐
ホラー
 大人たちが林と呼ぶ、この山に俺たちは秘密基地を作った。  そこで出会った一人の少女。十数年後、再会し出会った彼女はおかしな事を言う。  それは彼女の小さな一つの秘密だった。

短編小話集なんちゃってホラー多め

ノロ
ホラー
一話一話とても短めなオムニバス集です。 どこから読んでも全く問題ありま千円。

【完結】山梔子

清見こうじ
ホラー
山梔子;くちなし 花言葉:幸福 天国に咲く花とされ、幸運を呼び込むとされる。 けれど、その香りが呼び込むのは、幸運とは限らない………。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「NOVEL DEYS」でも公開しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とあるバイト

玉響なつめ
ホラー
『俺』がそのバイトを始めたのは、学校の先輩の紹介だった。 それは特定の人に定期的に連絡を取り、そしてその人の要望に応えて『お守り』を届けるバイト。 何度目かのバイトで届けに行った先のアパートで『俺』はおかしなことを目の当たりにするのだった。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

ウレタン上のスマイル

よみぎ
ホラー
遊園地で働く女性二人の話

想いを叫ぶ石

昔懐かし怖いハナシ
ホラー
 今年から大学生となった3人。だが、不思議な現象が起こるようになる。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

処理中です...