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【第65話】
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三日間は、あっという間に過ぎた。
その間里子は、倉田と遠藤のことを考えつづけた。
考えつづけたとはいっても、倉田に対しての結論はすぐに出た。
その結論は、別れる、ただそれだけだった。
あの日はあまりのも突然に突きつけられた現実に、何もかもがわからなくなり混乱もしたが、翌日の朝を迎えると ともに倉田への想いは冷めてしまっていた。
その心の変わりように里子自身驚きもしたが、やはり、男を愛してしまった倉田を、拒絶するところがあったというのが正直なところだろう。
そして、その日里子はランチを摂ったあと、その旨を倉田に電話を入れて伝えた。
「そうか……」
ポツリとそう言った倉田は、そのまま無言になったが、わずかな時間を要してから、
「ごめんな」
沈む声で謝罪した。
「何よ、謝るなんて。いいのよ。いくら何でも、相手が男じゃ私も太刀打ちできないもの――あ、これ、厭味じゃないからね」
里子は明るく言った。
「あァ、わかってる」
「まだまだ世間の眼は厳しいだろうけど、私は応援するよ」
「そう言ってくれると救われるよ」
そこで倉田は少しの間を置いてから、
「オレ、お前のこと好きだよ」
そう言った
「私も好きよ」
「今までありがとう」
その言葉を残して倉田は電話を切った。
「バイバイ」
切れた電話に言った時、ふいに切なさが胸にこみ上げてきた。
これでほんとうに孝紀とはさよならなんだ、そう思うとさすがに胸が締めつけられて、里子は少し泣いた。
私が悪いのよ……。
つい自分を責めてしまうそんな自分に首をふり、里子は倉田への想いに終止符を打ったのだった。
遠藤に対しても、里子は考えた末に答えを出した。
待ち合わせの場所には行かない――
それは当然と言える結論だった。
倉田と別れ、どんなに心の整理をつけたとしても、受けた傷は簡単に癒えたりしない。
それなのに、その疵の癒えぬまま、遠藤のもとへ行こうなど考えるのはどうかしてる。
たとえ傷が癒えたとしても、それはあってはならないのだ。
確かに、遠藤の言葉で心が揺れ動いた。
そして心の中を探ってみれば、遠藤を好きになってしまった自分がいる。
いや、里子はずっと遠藤が好きなってしまっていたのだ。
玲子に彼氏として紹介されたあのときから。
けれど、だからといって、どうして遠藤の気持ちに応えることができるだろう。
それに応えるということは、玲子を哀しませるだけではすまない。
それは裏切り以上のことなのだ。
それこそ信頼と友情を一度に失うことになるのだから。
そんなこと絶対にできない……。
そう言い聞かせてきた。そして遠藤への想いも、胸の奥の闇に葬り去ろうとした。
それなのに、その日の仕事が終わりに近づくにつれて鼓動が激しくなり、里子の意志は揺らぎ始めた。
ダメよ……。
自分を止めようとする。
だが、その思いとは裏腹に、心はまたも暴走しようとしている。
里子は息苦しさを覚えて何度も短い息を吐いた。
時間は刻々と過ぎていき、終業時間がきた。
皆がデスクを離れていく中、里子は受付カウンターから立つことができなかった。
「里子帰ろ」
隣に坐っていた加代子が声をかけてきた。
「先に行ってて」
薄い笑みでやり過ごし、パソコンの電源をOFFにしたが、それでも里子は立ち上がることができずに、画面の落ちたディスプレイを睨みつけていた。
そうすることで、暴走しようとしている自分を抑えこんだ。
今立ち上がれば、きっと遠藤のもとへと走り出してしまう。
そんなことはあってはならない。
里子はぎりぎりのところで理性を保った。
「どうした野嶋くん、帰らないのか」
支店長のその声に、もう少し残りますとも言えず、里子は立ち上がった。
その間里子は、倉田と遠藤のことを考えつづけた。
考えつづけたとはいっても、倉田に対しての結論はすぐに出た。
その結論は、別れる、ただそれだけだった。
あの日はあまりのも突然に突きつけられた現実に、何もかもがわからなくなり混乱もしたが、翌日の朝を迎えると ともに倉田への想いは冷めてしまっていた。
その心の変わりように里子自身驚きもしたが、やはり、男を愛してしまった倉田を、拒絶するところがあったというのが正直なところだろう。
そして、その日里子はランチを摂ったあと、その旨を倉田に電話を入れて伝えた。
「そうか……」
ポツリとそう言った倉田は、そのまま無言になったが、わずかな時間を要してから、
「ごめんな」
沈む声で謝罪した。
「何よ、謝るなんて。いいのよ。いくら何でも、相手が男じゃ私も太刀打ちできないもの――あ、これ、厭味じゃないからね」
里子は明るく言った。
「あァ、わかってる」
「まだまだ世間の眼は厳しいだろうけど、私は応援するよ」
「そう言ってくれると救われるよ」
そこで倉田は少しの間を置いてから、
「オレ、お前のこと好きだよ」
そう言った
「私も好きよ」
「今までありがとう」
その言葉を残して倉田は電話を切った。
「バイバイ」
切れた電話に言った時、ふいに切なさが胸にこみ上げてきた。
これでほんとうに孝紀とはさよならなんだ、そう思うとさすがに胸が締めつけられて、里子は少し泣いた。
私が悪いのよ……。
つい自分を責めてしまうそんな自分に首をふり、里子は倉田への想いに終止符を打ったのだった。
遠藤に対しても、里子は考えた末に答えを出した。
待ち合わせの場所には行かない――
それは当然と言える結論だった。
倉田と別れ、どんなに心の整理をつけたとしても、受けた傷は簡単に癒えたりしない。
それなのに、その疵の癒えぬまま、遠藤のもとへ行こうなど考えるのはどうかしてる。
たとえ傷が癒えたとしても、それはあってはならないのだ。
確かに、遠藤の言葉で心が揺れ動いた。
そして心の中を探ってみれば、遠藤を好きになってしまった自分がいる。
いや、里子はずっと遠藤が好きなってしまっていたのだ。
玲子に彼氏として紹介されたあのときから。
けれど、だからといって、どうして遠藤の気持ちに応えることができるだろう。
それに応えるということは、玲子を哀しませるだけではすまない。
それは裏切り以上のことなのだ。
それこそ信頼と友情を一度に失うことになるのだから。
そんなこと絶対にできない……。
そう言い聞かせてきた。そして遠藤への想いも、胸の奥の闇に葬り去ろうとした。
それなのに、その日の仕事が終わりに近づくにつれて鼓動が激しくなり、里子の意志は揺らぎ始めた。
ダメよ……。
自分を止めようとする。
だが、その思いとは裏腹に、心はまたも暴走しようとしている。
里子は息苦しさを覚えて何度も短い息を吐いた。
時間は刻々と過ぎていき、終業時間がきた。
皆がデスクを離れていく中、里子は受付カウンターから立つことができなかった。
「里子帰ろ」
隣に坐っていた加代子が声をかけてきた。
「先に行ってて」
薄い笑みでやり過ごし、パソコンの電源をOFFにしたが、それでも里子は立ち上がることができずに、画面の落ちたディスプレイを睨みつけていた。
そうすることで、暴走しようとしている自分を抑えこんだ。
今立ち上がれば、きっと遠藤のもとへと走り出してしまう。
そんなことはあってはならない。
里子はぎりぎりのところで理性を保った。
「どうした野嶋くん、帰らないのか」
支店長のその声に、もう少し残りますとも言えず、里子は立ち上がった。
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