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【第64話】
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もう秋も終わりか……
星が近くなった夜空を見上げて里子は足を踏み出した。
別れ際に、遠藤が何かを言いかけてやめたことを気にしながら歩いていると、うしろから声がして、ふり向くと遠藤が追いかけてきた。
「どうしたの?」
里子が訊くと遠藤は立ち止まり、一度眼を伏せてから、
「マジでオレとつき合わないか」
真剣な顔を向けて言った。
とつぜんのことに里子は驚き、言葉もなく遠藤を見つめた。
「彼氏と何かあったからって、オレはこんなこと言ってるんじゃないんだ――いや……」
遠藤はそこで首をふり、
「正直オレには、彼氏と巧くいってほしくない、って思いがある。オレほんとにオタクのこと好きだから。だから……、オレ、あの人とヨーロッパには行かない」
真っ直ぐに里子を見つめて言った。
「ダメよ。その仕事は、アナタにとってチャンスじゃない。それを棒に振るようなこと、絶対にダメよ」
「あれは、あの人がくれたチャンスさ。オレは、あの人の力を借りなくたって、自分の力でチャンスを掴んでみせるよ」
「本気でそんなこと言ってるの?」
里子は語気を強めた。
「誰がくれたチャンスだって、チャンスはチャンスじゃない。眼の前にあるチャンスを逃すようじゃ、これから先だってチャンスを掴むことなんてできるわけがないわよ」
「何でそんなこと言うんだよ……。それなら、どうしてオレのところに来たりしたんだよ。オレだって、オタクが来なかったら、オタクのあんな姿を見なかったら、何も考えずにヨーロッパに行けたんだ」
遠藤は里子から視線を外し、アスファルトに投げた。
遠藤の言葉に、里子は胸に突き上げてくるものを覚えた。
だったら行かないで!
玲子とも、あのコとも別れて!
今にもそう言ってしまいそうになったとき、
「だったら――」
アスファルトへと吐き出すように、遠藤のほうがそう言い、
「オタクもオレにチャンスをくれよ」
もう一度里子へと視線を向けた。
「真剣にオレとのこと考えてほしいんだ。もしオレと、つき合ってもいいって思ってくれるなら、三日後、この前待ち合わせたあの喫茶店に仕事が終わったら来てくれないか。一時間待ってオタクが来なかったら、きっぱりとオタクのこと諦める。そしてヨーロッパに行く」
「そんなこと言われても――」
里子が言うのを遠藤が制し、
「ダメだってことはわかってる。だけど、それでもオレは、ほんの少しでも可能性があるとしたなら、それに賭けてみたいんだ」
そう言った。
その遠藤の熱い眼差しに何も言葉を返せず、里子は遠藤を見つめていた。
遠藤と別れてタクシーを拾った里子は、シートに身体を預け、街灯に浮かび車窓を流れていく街並みに眼を投げていた。
ふと、ため息をつく。色んな思いが胸の中にこみ上げる。
それは倉田が見せつけた現実への怒りだったり、遠藤への戸惑いと、淡いときめきだったりした。
倉田のことで混乱していたものが、遠藤に会い、最後に言われた言葉で複雑になってしまった。
今はまず倉田とのことを考えなければならない、そう思いながら、気づくと遠藤のことを考えていた。
私っていったい何なのよ……
つくづく自分が分からない。そんな自分に、里子は呆れるしかなかった。
星が近くなった夜空を見上げて里子は足を踏み出した。
別れ際に、遠藤が何かを言いかけてやめたことを気にしながら歩いていると、うしろから声がして、ふり向くと遠藤が追いかけてきた。
「どうしたの?」
里子が訊くと遠藤は立ち止まり、一度眼を伏せてから、
「マジでオレとつき合わないか」
真剣な顔を向けて言った。
とつぜんのことに里子は驚き、言葉もなく遠藤を見つめた。
「彼氏と何かあったからって、オレはこんなこと言ってるんじゃないんだ――いや……」
遠藤はそこで首をふり、
「正直オレには、彼氏と巧くいってほしくない、って思いがある。オレほんとにオタクのこと好きだから。だから……、オレ、あの人とヨーロッパには行かない」
真っ直ぐに里子を見つめて言った。
「ダメよ。その仕事は、アナタにとってチャンスじゃない。それを棒に振るようなこと、絶対にダメよ」
「あれは、あの人がくれたチャンスさ。オレは、あの人の力を借りなくたって、自分の力でチャンスを掴んでみせるよ」
「本気でそんなこと言ってるの?」
里子は語気を強めた。
「誰がくれたチャンスだって、チャンスはチャンスじゃない。眼の前にあるチャンスを逃すようじゃ、これから先だってチャンスを掴むことなんてできるわけがないわよ」
「何でそんなこと言うんだよ……。それなら、どうしてオレのところに来たりしたんだよ。オレだって、オタクが来なかったら、オタクのあんな姿を見なかったら、何も考えずにヨーロッパに行けたんだ」
遠藤は里子から視線を外し、アスファルトに投げた。
遠藤の言葉に、里子は胸に突き上げてくるものを覚えた。
だったら行かないで!
玲子とも、あのコとも別れて!
今にもそう言ってしまいそうになったとき、
「だったら――」
アスファルトへと吐き出すように、遠藤のほうがそう言い、
「オタクもオレにチャンスをくれよ」
もう一度里子へと視線を向けた。
「真剣にオレとのこと考えてほしいんだ。もしオレと、つき合ってもいいって思ってくれるなら、三日後、この前待ち合わせたあの喫茶店に仕事が終わったら来てくれないか。一時間待ってオタクが来なかったら、きっぱりとオタクのこと諦める。そしてヨーロッパに行く」
「そんなこと言われても――」
里子が言うのを遠藤が制し、
「ダメだってことはわかってる。だけど、それでもオレは、ほんの少しでも可能性があるとしたなら、それに賭けてみたいんだ」
そう言った。
その遠藤の熱い眼差しに何も言葉を返せず、里子は遠藤を見つめていた。
遠藤と別れてタクシーを拾った里子は、シートに身体を預け、街灯に浮かび車窓を流れていく街並みに眼を投げていた。
ふと、ため息をつく。色んな思いが胸の中にこみ上げる。
それは倉田が見せつけた現実への怒りだったり、遠藤への戸惑いと、淡いときめきだったりした。
倉田のことで混乱していたものが、遠藤に会い、最後に言われた言葉で複雑になってしまった。
今はまず倉田とのことを考えなければならない、そう思いながら、気づくと遠藤のことを考えていた。
私っていったい何なのよ……
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