里子の恋愛

星 陽月

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【第42話】

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 着信の表示は、今掛かってきた番号だ。
 里子はすぐに簡易留守録のボタンを押した。
 今度は応答メッセージが流れても電話は切れず、録音が開始すると、ほんの沈黙のあと、

「あの、オレです……」

 と男の声がした。
 その声が誰なのか、里子はすぐに分かって電話に出た。

「ちょっと、教えてもいないのに、どうして私の番号知ってるのよ」

 番号を教えたはずのない相手からかかってきたことに、里子は思わず言った。

「いや、その……、そうだった?」

 そう惚ける男は、遠藤だった。

「そうだった? じゃないわよ。私のスマホ、勝手に見たのね」

 里子は怒り心頭だった。

「番号見たくらいで怒るなよ。メモリーは見てないからさ」
「当然でしょ。もしそんなことしたら訴えるわ。それと、この際だから言わせてもらうけど、私に電話してきても、アナタとはもうふたりで会ったりはしないわよ」
「そんな冷たいこと言うなよ。オレ、オタクとはいい友だちになれると思うんだ。それにさ、オタクはオレの秘密を知ってるわけだから、そのことで色々と相談に乗ってもらいたいんだ」
「どうして私が、アナタの相談に乗らなきゃいけないのよ」

 あしらうように里子は言った。

「オタクって、ほんとに冷たいんだな」

 遠藤は声を落とし、黙りこんだ。
 里子は、悪いことをしたような気持ちになった。

「ごめんなさい。でも、ふたりで会うのはまずいわよ」
「あの人に遠慮してるんだ」
「遠慮とかの問題じゃないわよ。アナタは玲子の彼なんだから」
「じゃあ、あの人と別れたら会ってくれる?」

 その言葉に、里子は憤りを覚えた。

「冗談でもそんなこと言わないで。どこをどうしたら、そんなことが言えるわけ? 信じられないわ」
「わッ、マジで怒ってんの? ウソだよ、ウソ」
「とにかく、アナタとは会わないわ。もう切るわよ」
「ちょっと待てよ。だったら、正直に言うよ。オレ、オタクに逢いたいんだよ」

 一瞬、里子は言葉を失った。

「……何言ってるのよ、ふざけないで」
「ふざけてないさ。オレは真剣だよ。好きになったんだ、オタクここと」

 里子は何がなんだかわからなくなった。
 いったい何を言ってるの? そんなことをぼんやりと考えながら、放心したようにスマート・フォンを耳から離して、切った。
 しばらくのあいだ、何もできず、何も考えられずに、鏡の中の自分を見つめつづけた。
 鼓動だけが、意識に反して激しく胸を鳴らしていた。
 放心から醒めた里子は、途中だった髪を乾かし、ブラッシングをすると電気を消してベッドに入った。
 暗闇の中の天井を見つめる。
 胸の高鳴りは収まらず、気持ちまでが昂ぶっている。
 あまりにも突然の告白に里子は動揺した。
 そして、そんな告白をした遠藤が信じられなかった。

 いったい何を考えてるのよ……。

 腹立たしさがこみ上げる。

 玲子のことも好きで、あの彼女も好きで、今度は私まで好きだなんて、女をバカにしてるわ……。
 
 何て男なのだろうか。
 それになぜ、あんなにも簡単に、「好き」という言葉が言えるのだろうか。
 よほど生理的に受けつけない男からの告白じゃない限り、「好きだ」と言われて女は嫌な気はしない。
 遠藤の言動は、女を弄んでいるとしか思えない。

 やっぱり玲子に話そう……。

 里子はそう思いながら眼を閉じた。
 だが、腹立たしさが収まらないまま眠れるわけもなく、勢いよくベッドを出ると、里子は電気を点けスマート・フォンを手に取った。
 着信履歴から、遠藤が掛けてきた番号にリダイヤルした。

「わかったわ。じゃあ、はっきりさせましょ」

 電話がつながると同時に、里子はいきなりそう言った。

「驚いたな。ずいぶん突発的じゃない」

 そう言う遠藤の口調に驚いた様子はない。
それがまた里子を腹立たせる。

「今は冷静に話せそうもないから、会って話したいんだけど」
「ふたりでは会わないんじゃなかったの?」
「これが最後よ」
「オレとしたら、オタクと会えるならいつでもOKさ」
「そう。だったら明日はどう?」
「あァ、いいよ」

 里子は指定先と待ち合わせ時間を伝えると、電話を切った。

 はっきりさせるわ……。

 胸の中で呟く。
 その呟きは、遠藤にではなく自分の気持ちに対してのものだった。
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