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【第37話】
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「ウリセンの七割くらいはまったくのノンケだし、彼女だっているんだから。残りの三割は、それで男に目醒めたり、バイ・セクシャルになったり。だから、その世界にいても、二十三歳ぐらいまでかしら。まァ、だいたいお店のほうが、二十歳前後のコしか使わないから」
モモコのその説明を興味津々に聞いていた里子は、
「彼はどうかな。七割のほう? それとも三割?」
そう訊いた。
「そうね」
モモコは青年をチラッと見やる。
「あのコの眼は、ゲイになる眼をしてる。でも、まだ目醒めてないわね。好きになれる男が現れれば、変わるんじゃないかしら。だけど、あのコの場合は、男のまま男を愛する、ホモ・セクシャルかな」
「ふーん。女の私から見れば、普通の男のコに見えるけど。モモちゃんは、どうだったの? ウリセン経験あり?」
玲子が訊く。
「私はウリセンなんてやってないわよ。私はね、小学三年生のときに目醒めたの。その頃、近くに棲んでた大学生にね、学校の帰り道に車で待ち伏せられて、それで車の中でイタズラされたの。私、そのとき感じちゃったのよ。子供ながらに幸せを感じたわ」
「それって、トラウマになったりするんじゃない?」
「まさか。その大学生のお陰で、私は目醒めることができたのよ。感謝してるわ。もし会えたら、心から尽くしちゃうのに。私の初恋の人」
モモコは恋焦がれる乙女のように、眼を馳せていた。
そんなモモコを見ていて、「私なんかよりずっと女らしい」と里子は思った。
次第に店内は混み始め、その異様ともいえる独特の空気に、里子と玲子は逃げるように「ボニータ」をあとにした。
「さすがに、あの雰囲気の中、女ふたりではいられないわね」
ビルを出たところで玲子が言った。
「いつもは出版社の人たちと一緒だし、それに、銀座で呑んでた男たちが、クラブの女のコを連れてきたりするから気にならないんだけど、今日はまさにゲイの世界だったもんね。初めての里子には、刺激が強すぎた?」
「うん、恐いぐらい」
里子は、ふう、と息をついた。
「でも、あの人たちって、愛のために生きてるって感じがするわよね」
「そうね。あのエネルギーはどこからくるのって感じだし、私から見ても、すごく女を感じるのよ。何か負けてられないわ」
「何よ、里子。もう新しい男を見つけようなんて考えてるの? あ、あのウリセンの彼が気にいっちゃったりして。チラチラ見てたし」
「違うわよ。あれはただの好奇心で見てただけ」
「そうよね。男と寝る男なんて、いくらノンケでも、冗談じゃないわよ。考えただけでゾッとするわ」
玲子の言葉にうなずきながら、里子は、倉田のことを考えた直そうと思った。
あのときは、あまりにもとつぜんのことに動揺し、そして感情的になってしまって別れを宣告してしまったのだ。
それは確かに、理由も言わずに結婚を白紙にもどされたことには、憤りを感じている。
だがやはり、その原因になったのは、里子が結婚式を延期すると言ったことにあるのだし、倉田を好きだという気持ちには変わらないのだから、意地を張ることはないのだ。
倉田への想いを揺れることなくしっかり持てば、遠藤への不確かな想いも消えるだろう。
そうすれば、玲子に対してのうしろめたさもなくなる。
あの日のことも笑って話せるだろう。
そう思い、だが、ひとつだけ不安が残る。
別れると言っておきながら、結婚式の延期をやめたときのように別れることもやめるなどと言ったら、倉田はどう思うだろう。
身勝手で優柔不断な行為に、愛想を尽かすのではないか。
そんな想いが生じる。
けれど、たとえそう思われようと、このまま倉田との縁を断ち切ってしまうことだけは避けたい。
このままじゃ、哀しすぎる……。
里子はそう思った。
「里子、どうする? もう一軒行こうか」
六本木交差点までくると、玲子が言った。
「今日はこれで帰るわ。何か疲れちゃった。それに明日も仕事だし」
「そうね。里子も思ったより落ち込んでないようだから、お開きにしますか」
「ありがと、玲子」
「何よ、とつぜん」
「だって、心配してくれたじゃない」
「何言ってんの。私たちは腐れ縁でしょ」
「そうね。うん、腐れ縁」
ふたりは笑うと、それぞれタクシーを拾った。
六本木の街並みは、まだまだこれからといった感じで若者たちが賑わっていた。
モモコのその説明を興味津々に聞いていた里子は、
「彼はどうかな。七割のほう? それとも三割?」
そう訊いた。
「そうね」
モモコは青年をチラッと見やる。
「あのコの眼は、ゲイになる眼をしてる。でも、まだ目醒めてないわね。好きになれる男が現れれば、変わるんじゃないかしら。だけど、あのコの場合は、男のまま男を愛する、ホモ・セクシャルかな」
「ふーん。女の私から見れば、普通の男のコに見えるけど。モモちゃんは、どうだったの? ウリセン経験あり?」
玲子が訊く。
「私はウリセンなんてやってないわよ。私はね、小学三年生のときに目醒めたの。その頃、近くに棲んでた大学生にね、学校の帰り道に車で待ち伏せられて、それで車の中でイタズラされたの。私、そのとき感じちゃったのよ。子供ながらに幸せを感じたわ」
「それって、トラウマになったりするんじゃない?」
「まさか。その大学生のお陰で、私は目醒めることができたのよ。感謝してるわ。もし会えたら、心から尽くしちゃうのに。私の初恋の人」
モモコは恋焦がれる乙女のように、眼を馳せていた。
そんなモモコを見ていて、「私なんかよりずっと女らしい」と里子は思った。
次第に店内は混み始め、その異様ともいえる独特の空気に、里子と玲子は逃げるように「ボニータ」をあとにした。
「さすがに、あの雰囲気の中、女ふたりではいられないわね」
ビルを出たところで玲子が言った。
「いつもは出版社の人たちと一緒だし、それに、銀座で呑んでた男たちが、クラブの女のコを連れてきたりするから気にならないんだけど、今日はまさにゲイの世界だったもんね。初めての里子には、刺激が強すぎた?」
「うん、恐いぐらい」
里子は、ふう、と息をついた。
「でも、あの人たちって、愛のために生きてるって感じがするわよね」
「そうね。あのエネルギーはどこからくるのって感じだし、私から見ても、すごく女を感じるのよ。何か負けてられないわ」
「何よ、里子。もう新しい男を見つけようなんて考えてるの? あ、あのウリセンの彼が気にいっちゃったりして。チラチラ見てたし」
「違うわよ。あれはただの好奇心で見てただけ」
「そうよね。男と寝る男なんて、いくらノンケでも、冗談じゃないわよ。考えただけでゾッとするわ」
玲子の言葉にうなずきながら、里子は、倉田のことを考えた直そうと思った。
あのときは、あまりにもとつぜんのことに動揺し、そして感情的になってしまって別れを宣告してしまったのだ。
それは確かに、理由も言わずに結婚を白紙にもどされたことには、憤りを感じている。
だがやはり、その原因になったのは、里子が結婚式を延期すると言ったことにあるのだし、倉田を好きだという気持ちには変わらないのだから、意地を張ることはないのだ。
倉田への想いを揺れることなくしっかり持てば、遠藤への不確かな想いも消えるだろう。
そうすれば、玲子に対してのうしろめたさもなくなる。
あの日のことも笑って話せるだろう。
そう思い、だが、ひとつだけ不安が残る。
別れると言っておきながら、結婚式の延期をやめたときのように別れることもやめるなどと言ったら、倉田はどう思うだろう。
身勝手で優柔不断な行為に、愛想を尽かすのではないか。
そんな想いが生じる。
けれど、たとえそう思われようと、このまま倉田との縁を断ち切ってしまうことだけは避けたい。
このままじゃ、哀しすぎる……。
里子はそう思った。
「里子、どうする? もう一軒行こうか」
六本木交差点までくると、玲子が言った。
「今日はこれで帰るわ。何か疲れちゃった。それに明日も仕事だし」
「そうね。里子も思ったより落ち込んでないようだから、お開きにしますか」
「ありがと、玲子」
「何よ、とつぜん」
「だって、心配してくれたじゃない」
「何言ってんの。私たちは腐れ縁でしょ」
「そうね。うん、腐れ縁」
ふたりは笑うと、それぞれタクシーを拾った。
六本木の街並みは、まだまだこれからといった感じで若者たちが賑わっていた。
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