里子の恋愛

星 陽月

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【第24話】

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 センター街を抜けた時、交差点の信号前でタクシーを停めているカップルに、里子はふと眼がいった。
 そのカップルの男に見覚えがあった。
 タクシーの後部ドアが開き、カップルはわずかに会話を交わすと、女性のほうが男の首に腕を廻して口づけをした。
 里子は信号待ちをしながらその光景を眺めていた。
 走り出すタクシーの中から女性が手をふる。
 それを見送った男が歩道に足を踏み入れたそのとき、里子と眼が合った。
 男は初め、記憶をたどるような顔をし、そしてすぐに里子のことを思い出したのか、その顔をゆがめた。

「先輩、青ですよ」

 そう言う佐久間に、「ちょっと用を思い出したから」と里子はそこで別れを告げ、彼は名残り惜しそうに信号を渡っていった。
 里子は改めて男に眼を向けた。
 男は気まずそうにその場に立っている。
 里子は男に近づいていった。

「まずいとこ、見られちゃったな」

 苦い笑みを浮かべるその男は、玲子が彼氏として紹介した、遠藤一馬だった。

「どうみても、玲子じゃなかったわね?」

 皮肉をこめ、軽くジャブを入れるつもりで里子はそう言ったが、

「あァ、見たとおりさ」

 遠藤は開き直ったのか、弁解もしなかった。

「言いわけぐらいしなさいよ」
「する必要はないだろ?」

 悪びれもないその態度に、里子は腹が立ち、

「玲子には、何て言えばいいのかな」

 そんな言い方をした。
 それに遠藤は薄く笑うと、

「見たまま言えばいいだろ」

 里子から眼をそらした。

「強気じゃない」
「あの人は、このぐらいのことで怒ったりしないよ」

 そう言う遠藤の横顔を、里子は睨むように見た。
 玲子のことを、あの人、と呼んだことが気にいらない。

「そんなこと言いながら、ほんとは動揺してるんじゃないの?」
「動揺? どうしてオレが。オタク面白いこと言うね。それより、えっと、野嶋さんだっけ。どう? これから呑みに行かない?」
「私は、玲子の友だちよ、何考えてるのよ」
「別に。友だちを誘って何が悪いの。何もするわけじゃないし。それとも、何かあること期待してる?」
「ふざけないで」

 里子はさらに腹立たしさを覚えた。

「君がそんなタイプだとは思わなかったわ」
「あ、オタクって、年下の男のこと、君、って言っちゃう人なんだ。そういうの、ほんとにいるなんて驚きだな」

 里子は憤りに返す言葉もなく、遠藤を睨みつけると背を向けて歩き出した。

「ちょっと待てよ」

 遠藤が里子の腕を掴んだ。

「何よ。今見たことは、玲子には言わないから、それでいいでしょ」
「ごめん、少しからかっただけだからさ、怒るなよ」
「怒ってなんかないわよ」
「怒ってるじゃないか、そんなキツイ顔して。キレイな顔が台無しだよ」

 単純にも、綺麗と言われて悪い気がせず、里子は落ち着きを取りもどした。
 とはいえ、怒った態度は崩さなかった。

「悪かったよ」

 遠藤は里子と眼を合わせずに、ぼそりと言った。
 その顔には、素直な少年の表情が浮かんでいる。
 里子は、遠藤の誘いに応じて従いていくことにした。
 いや、実際のところ、今度は里子のほうから誘ったのだ。
 なぜなら、遠藤の玲子に対する気持ちを、知っておきたかったからだ。
 それに、先刻の女性のことがやはり気になる。
 スタイルのいい、まだ二十歳くらいの女性だった。
 いや、もっと若かっただろうか。
 女性のほうからキスをするくらいなのだから、その関係は聞かなくてもわかる。
 気になるのは、遠藤があの女性をどう思っているのかだ。
 それをはっきりさせたい。
 玲子の友だちである里子に、遠藤がどこまで話をするかはわからないが、玲子には見せないものを垣間見せるかも知れない。
 もし、玲子を利用するためにつき合ってるのなら、たとえ彼女に恨まれようと、別れさせたほうがいい。
 里子はそう思ったのだった。
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