24 / 69
【第24話】
しおりを挟む
センター街を抜けた時、交差点の信号前でタクシーを停めているカップルに、里子はふと眼がいった。
そのカップルの男に見覚えがあった。
タクシーの後部ドアが開き、カップルはわずかに会話を交わすと、女性のほうが男の首に腕を廻して口づけをした。
里子は信号待ちをしながらその光景を眺めていた。
走り出すタクシーの中から女性が手をふる。
それを見送った男が歩道に足を踏み入れたそのとき、里子と眼が合った。
男は初め、記憶をたどるような顔をし、そしてすぐに里子のことを思い出したのか、その顔をゆがめた。
「先輩、青ですよ」
そう言う佐久間に、「ちょっと用を思い出したから」と里子はそこで別れを告げ、彼は名残り惜しそうに信号を渡っていった。
里子は改めて男に眼を向けた。
男は気まずそうにその場に立っている。
里子は男に近づいていった。
「まずいとこ、見られちゃったな」
苦い笑みを浮かべるその男は、玲子が彼氏として紹介した、遠藤一馬だった。
「どうみても、玲子じゃなかったわね?」
皮肉をこめ、軽くジャブを入れるつもりで里子はそう言ったが、
「あァ、見たとおりさ」
遠藤は開き直ったのか、弁解もしなかった。
「言いわけぐらいしなさいよ」
「する必要はないだろ?」
悪びれもないその態度に、里子は腹が立ち、
「玲子には、何て言えばいいのかな」
そんな言い方をした。
それに遠藤は薄く笑うと、
「見たまま言えばいいだろ」
里子から眼をそらした。
「強気じゃない」
「あの人は、このぐらいのことで怒ったりしないよ」
そう言う遠藤の横顔を、里子は睨むように見た。
玲子のことを、あの人、と呼んだことが気にいらない。
「そんなこと言いながら、ほんとは動揺してるんじゃないの?」
「動揺? どうしてオレが。オタク面白いこと言うね。それより、えっと、野嶋さんだっけ。どう? これから呑みに行かない?」
「私は、玲子の友だちよ、何考えてるのよ」
「別に。友だちを誘って何が悪いの。何もするわけじゃないし。それとも、何かあること期待してる?」
「ふざけないで」
里子はさらに腹立たしさを覚えた。
「君がそんなタイプだとは思わなかったわ」
「あ、オタクって、年下の男のこと、君、って言っちゃう人なんだ。そういうの、ほんとにいるなんて驚きだな」
里子は憤りに返す言葉もなく、遠藤を睨みつけると背を向けて歩き出した。
「ちょっと待てよ」
遠藤が里子の腕を掴んだ。
「何よ。今見たことは、玲子には言わないから、それでいいでしょ」
「ごめん、少しからかっただけだからさ、怒るなよ」
「怒ってなんかないわよ」
「怒ってるじゃないか、そんなキツイ顔して。キレイな顔が台無しだよ」
単純にも、綺麗と言われて悪い気がせず、里子は落ち着きを取りもどした。
とはいえ、怒った態度は崩さなかった。
「悪かったよ」
遠藤は里子と眼を合わせずに、ぼそりと言った。
その顔には、素直な少年の表情が浮かんでいる。
里子は、遠藤の誘いに応じて従いていくことにした。
いや、実際のところ、今度は里子のほうから誘ったのだ。
なぜなら、遠藤の玲子に対する気持ちを、知っておきたかったからだ。
それに、先刻の女性のことがやはり気になる。
スタイルのいい、まだ二十歳くらいの女性だった。
いや、もっと若かっただろうか。
女性のほうからキスをするくらいなのだから、その関係は聞かなくてもわかる。
気になるのは、遠藤があの女性をどう思っているのかだ。
それをはっきりさせたい。
玲子の友だちである里子に、遠藤がどこまで話をするかはわからないが、玲子には見せないものを垣間見せるかも知れない。
もし、玲子を利用するためにつき合ってるのなら、たとえ彼女に恨まれようと、別れさせたほうがいい。
里子はそう思ったのだった。
そのカップルの男に見覚えがあった。
タクシーの後部ドアが開き、カップルはわずかに会話を交わすと、女性のほうが男の首に腕を廻して口づけをした。
里子は信号待ちをしながらその光景を眺めていた。
走り出すタクシーの中から女性が手をふる。
それを見送った男が歩道に足を踏み入れたそのとき、里子と眼が合った。
男は初め、記憶をたどるような顔をし、そしてすぐに里子のことを思い出したのか、その顔をゆがめた。
「先輩、青ですよ」
そう言う佐久間に、「ちょっと用を思い出したから」と里子はそこで別れを告げ、彼は名残り惜しそうに信号を渡っていった。
里子は改めて男に眼を向けた。
男は気まずそうにその場に立っている。
里子は男に近づいていった。
「まずいとこ、見られちゃったな」
苦い笑みを浮かべるその男は、玲子が彼氏として紹介した、遠藤一馬だった。
「どうみても、玲子じゃなかったわね?」
皮肉をこめ、軽くジャブを入れるつもりで里子はそう言ったが、
「あァ、見たとおりさ」
遠藤は開き直ったのか、弁解もしなかった。
「言いわけぐらいしなさいよ」
「する必要はないだろ?」
悪びれもないその態度に、里子は腹が立ち、
「玲子には、何て言えばいいのかな」
そんな言い方をした。
それに遠藤は薄く笑うと、
「見たまま言えばいいだろ」
里子から眼をそらした。
「強気じゃない」
「あの人は、このぐらいのことで怒ったりしないよ」
そう言う遠藤の横顔を、里子は睨むように見た。
玲子のことを、あの人、と呼んだことが気にいらない。
「そんなこと言いながら、ほんとは動揺してるんじゃないの?」
「動揺? どうしてオレが。オタク面白いこと言うね。それより、えっと、野嶋さんだっけ。どう? これから呑みに行かない?」
「私は、玲子の友だちよ、何考えてるのよ」
「別に。友だちを誘って何が悪いの。何もするわけじゃないし。それとも、何かあること期待してる?」
「ふざけないで」
里子はさらに腹立たしさを覚えた。
「君がそんなタイプだとは思わなかったわ」
「あ、オタクって、年下の男のこと、君、って言っちゃう人なんだ。そういうの、ほんとにいるなんて驚きだな」
里子は憤りに返す言葉もなく、遠藤を睨みつけると背を向けて歩き出した。
「ちょっと待てよ」
遠藤が里子の腕を掴んだ。
「何よ。今見たことは、玲子には言わないから、それでいいでしょ」
「ごめん、少しからかっただけだからさ、怒るなよ」
「怒ってなんかないわよ」
「怒ってるじゃないか、そんなキツイ顔して。キレイな顔が台無しだよ」
単純にも、綺麗と言われて悪い気がせず、里子は落ち着きを取りもどした。
とはいえ、怒った態度は崩さなかった。
「悪かったよ」
遠藤は里子と眼を合わせずに、ぼそりと言った。
その顔には、素直な少年の表情が浮かんでいる。
里子は、遠藤の誘いに応じて従いていくことにした。
いや、実際のところ、今度は里子のほうから誘ったのだ。
なぜなら、遠藤の玲子に対する気持ちを、知っておきたかったからだ。
それに、先刻の女性のことがやはり気になる。
スタイルのいい、まだ二十歳くらいの女性だった。
いや、もっと若かっただろうか。
女性のほうからキスをするくらいなのだから、その関係は聞かなくてもわかる。
気になるのは、遠藤があの女性をどう思っているのかだ。
それをはっきりさせたい。
玲子の友だちである里子に、遠藤がどこまで話をするかはわからないが、玲子には見せないものを垣間見せるかも知れない。
もし、玲子を利用するためにつき合ってるのなら、たとえ彼女に恨まれようと、別れさせたほうがいい。
里子はそう思ったのだった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる