上 下
5 / 44

【第5話】

しおりを挟む
「キャン」

 という声とともにチロは弾き飛び、立ち上がると部屋の隅にそろそろと移動し、身体を小刻みに震わせながら脅えた眼で僕を見つめました。
 その姿が更に僕の怒りを刺激し、

「お前は何てことをしたんだ!」

 震えるチロを鷲づかみにすると、布団の上の糞と尿に何度も顔を押しつけました。
 そうしているうちに、僕の中で怒りを越えたものが芽生えたのです。
 それはまさに残虐的な悦びでした。
 無抵抗な弱きチロを責めるその行為は、快感ともいえるものだったのです。
 気づくとチロの首を絞めるようにして片手で持ち上げ、そのときの僕は殺意さえ覚え、実際にゆっくりと、手に力を加えていったのです。
 チロは激しく前脚と後脚をばたつかせて抗いました。
 しだいにチロの動きが弱まり始め、僕はその光景を、言いようのない悦びの中で眺めていたのです。
 僕は笑っていたのかも知れません。
 そんな自分に僕はハッとし、手の力を抜くとチロを床に下ろしました。
 僕は信じられない思いで手のひらを見つめ、自分の中に残虐なもうひとりの自分がいることに気づいたのです。
 それと同時に、その残虐的な行為が、いままで感じたことのない悦びと快感を呼ぶことを覚えてしまったのです。
 僕は自分自身に恐れをいだきました。
 ふと、チロが心配になって眼をやると、チロはまた、部屋の片隅で震えていました。
 僕は自分の犯した愚かさを悔いて、チロを呼びました。
 けれどチロは、脅えた眼で僕を見つめたまま近寄ってこようとはせず、それでも、僕がもう一度優しく呼びかけると、チロはやっと僕のもとへゆっくりと近寄ってきました。

「ごめんな、チロ」

 僕はチロを抱き上げ、頭を撫でてやりましたが、豹変した僕から受けた残虐な行為の恐怖が消えないのか、チロは腕の中で震えつづけていました。
 そんなチロを撫でつづけていると、胸が詰まって涙が溢れ、僕は泣きながら自分を責めました。
 そのときの僕には、怒りの衝動の中で現れたもうひとりの自分に戸惑うばかりで、そうなってしまったのは、や はり僕に流れている血のせいだと思うしかありませんでした。
 その血とは、僕を産んでくれた母から受け継いだ血です。
 そう、僕はあなたのほんとうの息子ではありません。
 こんなことを改めて書くことではないのですが、この手紙を書く上で、あなたに言えなかった僕の思いを曝け出すには、あなたの姉であり僕の実の母、川村小枝のことを書かなければなりません。
 僕を産んだ小枝は三姉妹の長女で、僕の実の父と結婚する以前、蚊に刺されたことがもとで失明してしまったのでした。
 もともと我儘で起伏の激しい性格だった小枝は、光を失ったことで尚一層それがひどくなり、手を焼いた祖母は、所帯を持たせれば変わるだろうと見合いを勧め、その見合い相手と結婚させました。
 結婚相手の名は石坂明彦といい、川村家の婿養子となりました。
 それが僕の実の父です。
 明彦は、結婚する5年前に交通事故で片脚を失っていて、障害を持ったふたりの新婚生活は、決してごく普通の 生活さえ望めないものだったでしょう。
 それでも明彦は、自分が不自由でありながらも妻の眼となって支え、そんな夫の優しさに応えるように、小枝もできる限りのことで尽くし、ふたりにとっては幸福な新婚生活を送ったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

『母親』ってなんだろう?

おかる
大衆娯楽
両親が離婚してから、家で一緒に住み始めた自称『母親』の行動で、母親について分からなくなった人間の話し。 ※内容としては暗いです。不愉快になることもあるので苦手な方はご注意ください。 全5話投稿予約済みです。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...