26 / 50
【第26話】
しおりを挟む
「どうしてそんなに、ガウディが好きになったの?」
妙子が訊いた。
「大学に行ってる頃、将来の夢も展望もなかったときに出会ったのが、ヨーロッパ建造物の写真集だったんだ。その中にサグラダ・ファミリアもあって、その圧倒的な美しさにいっぺんに惹かれたんだよ。そのとき、光が差した気がした。これがやりたいって心から思った。だからオレ、大学をやめて建築の専門学校に入ったんだ」
晃一は言った。
「そうだったの。それで、夜にバイトをしてるのね」
「そういうこと。専門学校はあと二年とちょっとだけど、卒業したら、ヨーロッパに行くつもりなんだ。ヨーロッパ各地の建造物を見て回って、最後にサグラダ・ファミリアを観に行こうと思ってる。だから、その資金を貯めてるんだ」
「立派ね、広瀬くん」
「立派とか、そんなんじゃないよ。自分の好きなことをやろうとしてるだけなんだから」
「でも、いくら好きなことだからって、大学やめてまで、自分のみつけた道を進んでいこうなんて、ふつうはできないわよ。すごく勇気のいることだし、簡単なことじゃないと思うわ」
「でも、大学行かずに専門学校行ってるヤツってけっこう多いよ。今は就職するのも難しい世の中だし、みんな不安を抱えてるんだ。だったら、手に職をつけたほうがいいってね」
「ふーん、ちゃんと先のこと考えてるんだ、若者も」
「そりゃあ、先のことはそのときになって考えればいいってヤツのほうが多いけどね。オレはさ、夢を追いかけていきたいし、いまやらないで、あとになって後悔するのってクールじゃないよ。後悔って、やらなかったことにするもんじゃないのかな。なんかそんな気がするんだ」
「やっぱり立派よ、広瀬くん。話を聞いてるだけで元気になってきたもの。パワーをもらったって感じがする。そういう人って、絶対成功するものなのよ」
「そうかな。でも、オレがんばるよ」
最後にふたりは、サグラダ・ファミリアの写っている写真を観た。
「いまでも、作りつづけられてるのよね、この教会」
「完成するまでに三百年以上はかかるって言われていたけど、どうやらあと百年くらいでできるらしいんだ」
「人が受け継いでいくのね」
「オレもそれに携わることができたら、サイコーなんだけど」
「きっと、広瀬くんならできるわ」
「そう思う?」
「ええ、絶対に」
「オレ、がんばるよ」
そう答えた晃一の眼は耀いていた。
ふたりは展示場をあとにし、伊勢丹の裏通りに足を向け、多国籍料理を売りにしている居酒屋に入った。
「今日はつき合ってもらったから、オレが奢るよ」
「ダメよ。そんなお金があるんだったら、貯金しなさい。夢の実現のために」
「そうはいかないよ。給料も入ったばかりだし、オレが奢る」
「私もそうはいかないの。それにほら、この前のパチンコで勝った分、まだ残っているんだから」
「そんなのいいよ」
「よくない」
妙子は晃一を睨む。
「わかった、わかりました。じゃあ奢ってもらいます。頑固だな、先生は」
そこに店員がやってきて、ふたりは生ビールの中ジョッキを頼み、料理を三品ほど注文した。
生ビールはすぐに運ばれてきた。
ふたりは乾杯し、口をつける。
「ふう、美味いね、生ビールは」
晃一は半分近く一気に飲んだ。
「でも、バイト先の店のほうがもっと美味いかな」
「うん、そうかもね――あ、そういえば広瀬くん、まだ未成年じゃない」
「それ、いま言う? オレ、来年二十歳だぜ。せっかくの生ビールが不味くなるようなこと言わないでよ」
「そういうことにはうるさいの。これでも教師だったんだから」
「じゃあ、いま飲んだの、吐き出そうか?」
晃一はジョッキの中に吐き出す真似をした。
「わかったわよ。もう教師と生徒じゃないんだし、今日は楽しく飲みましょ」
ふたりはもう一度乾杯した。
洒落た雰囲気のその店は、若者向けに店内が作られているだけあって、女性客のグループや、カップルが多い。
どの席も若さにあふれ、賑わっている。
そんな中で妙子は、自分だけが浮いてしまっているような、そんな気持ちに、ふと陥ってしまうのだった。
妙子が訊いた。
「大学に行ってる頃、将来の夢も展望もなかったときに出会ったのが、ヨーロッパ建造物の写真集だったんだ。その中にサグラダ・ファミリアもあって、その圧倒的な美しさにいっぺんに惹かれたんだよ。そのとき、光が差した気がした。これがやりたいって心から思った。だからオレ、大学をやめて建築の専門学校に入ったんだ」
晃一は言った。
「そうだったの。それで、夜にバイトをしてるのね」
「そういうこと。専門学校はあと二年とちょっとだけど、卒業したら、ヨーロッパに行くつもりなんだ。ヨーロッパ各地の建造物を見て回って、最後にサグラダ・ファミリアを観に行こうと思ってる。だから、その資金を貯めてるんだ」
「立派ね、広瀬くん」
「立派とか、そんなんじゃないよ。自分の好きなことをやろうとしてるだけなんだから」
「でも、いくら好きなことだからって、大学やめてまで、自分のみつけた道を進んでいこうなんて、ふつうはできないわよ。すごく勇気のいることだし、簡単なことじゃないと思うわ」
「でも、大学行かずに専門学校行ってるヤツってけっこう多いよ。今は就職するのも難しい世の中だし、みんな不安を抱えてるんだ。だったら、手に職をつけたほうがいいってね」
「ふーん、ちゃんと先のこと考えてるんだ、若者も」
「そりゃあ、先のことはそのときになって考えればいいってヤツのほうが多いけどね。オレはさ、夢を追いかけていきたいし、いまやらないで、あとになって後悔するのってクールじゃないよ。後悔って、やらなかったことにするもんじゃないのかな。なんかそんな気がするんだ」
「やっぱり立派よ、広瀬くん。話を聞いてるだけで元気になってきたもの。パワーをもらったって感じがする。そういう人って、絶対成功するものなのよ」
「そうかな。でも、オレがんばるよ」
最後にふたりは、サグラダ・ファミリアの写っている写真を観た。
「いまでも、作りつづけられてるのよね、この教会」
「完成するまでに三百年以上はかかるって言われていたけど、どうやらあと百年くらいでできるらしいんだ」
「人が受け継いでいくのね」
「オレもそれに携わることができたら、サイコーなんだけど」
「きっと、広瀬くんならできるわ」
「そう思う?」
「ええ、絶対に」
「オレ、がんばるよ」
そう答えた晃一の眼は耀いていた。
ふたりは展示場をあとにし、伊勢丹の裏通りに足を向け、多国籍料理を売りにしている居酒屋に入った。
「今日はつき合ってもらったから、オレが奢るよ」
「ダメよ。そんなお金があるんだったら、貯金しなさい。夢の実現のために」
「そうはいかないよ。給料も入ったばかりだし、オレが奢る」
「私もそうはいかないの。それにほら、この前のパチンコで勝った分、まだ残っているんだから」
「そんなのいいよ」
「よくない」
妙子は晃一を睨む。
「わかった、わかりました。じゃあ奢ってもらいます。頑固だな、先生は」
そこに店員がやってきて、ふたりは生ビールの中ジョッキを頼み、料理を三品ほど注文した。
生ビールはすぐに運ばれてきた。
ふたりは乾杯し、口をつける。
「ふう、美味いね、生ビールは」
晃一は半分近く一気に飲んだ。
「でも、バイト先の店のほうがもっと美味いかな」
「うん、そうかもね――あ、そういえば広瀬くん、まだ未成年じゃない」
「それ、いま言う? オレ、来年二十歳だぜ。せっかくの生ビールが不味くなるようなこと言わないでよ」
「そういうことにはうるさいの。これでも教師だったんだから」
「じゃあ、いま飲んだの、吐き出そうか?」
晃一はジョッキの中に吐き出す真似をした。
「わかったわよ。もう教師と生徒じゃないんだし、今日は楽しく飲みましょ」
ふたりはもう一度乾杯した。
洒落た雰囲気のその店は、若者向けに店内が作られているだけあって、女性客のグループや、カップルが多い。
どの席も若さにあふれ、賑わっている。
そんな中で妙子は、自分だけが浮いてしまっているような、そんな気持ちに、ふと陥ってしまうのだった。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる