上 下
70 / 84

「第70話」

しおりを挟む

「どうせアタシなんて、世界一の笑いものよ……」

 いいのよ、いいのよ、とカオルは人差し指で畳をグリグリとやった。
 その指先はものの見事にめりこんでいった。
 それを見かねてか、康太郎がカオルの肩にそっと手を置く。

「カオルおねえさん、ごめんね。もう笑わないから、許して」

 カオルは瞳を潤ませて、康太郎を見つめた。

「ボクちゃんて、やさしいのね。アタシのことおねえさんって言ってくれるなんて」
「だって、人のほんとうの姿は、心にあるんじゃないか。カオルおねえさんが男だって関係ないよ。自分が女だって思っているなら、心はきれいな女の人さ。だから、おねえさんだよ」

 いままで爆笑していたとは思えないほどの変わりようで、康太郎はカオルをやさしくなだめた。

「ああ、なんて聡明でいい子なのかしら。それなのにどうしてあなたは……、なぜなの。なぜに神様は、こんなにいい子の命を奪ってしまったの? もう、ひどい、ひどすぎる!」

 いよいよカオルは泣き出した。
 ぐわっ、と下瞼が盛り上がったかと思うと、あふれる涙がナイアガラの滝のようにどどどどっと放水した。
 康太郎がハンカチを差し出す。
 それは高木が、これでもかというほどに洟をかんだハンカチだ。
 それを受け取ろうとし、だが、ハンカチはカオルの手をすり抜けてしまった。

「あら――そうね、しかたがないことね。でもありがとう。あなたのハンカチは、涙で濡れたアタシの心を拭ってくれたわ」

 カオルは涙の中で微笑みをうかべると、エルメスのバッグから取り出したピンクのハンカチで涙を拭い、とてつもない音を立てて洟をかんだ。
 その顔はマスカラが落ちて、パンダになっていた。

「カオルおねえさん。自己紹介が遅れたけど、ボクは倉本康太郎です。どうぞよろしく」

 康太郎は礼儀正しく名を名乗った。

「まあ、挨拶もきちんとできて、えらいわ。利発そうなその顔をみても、あなたはきっと、いいところのおぼっちゃまなのね」
「ケッ、調子のいいやつだぜ。欺されるなよ。良くも悪くも頭の回転だけは速い、クソ生意気なガキなんだからよ」

 高木が吐き棄てるように言った。
 どうやら、康太郎がよく思われるのが面白くないらしい。

「そう言う、アンタはどうなのさ。霊のくせに、威勢がいいだけじゃないのよ」

 カオルは高木を睨む。

「お、言ってくれるじゃねえか。この、林家ペーが。いやもとい。南島三郎が」
「うぐぐぐ、よくも言ったわねえ。林家ペーはまだ許せても、本名を口にすることだけは許さないわよ!」

 林家ペーは許せるのかよ! 
 と、ここはツッコんでほしいところである。

「おうおう、なんだ。やるってのか」

 ふたりは勢いよく立ち上がる。
 バトルの勃発だ。

「あー、はいはい。そこまで」

 成り行きを見守っていた秀夫だったが、ここは自分の出番だとばかりに止めに入った。
 とはいえ高木の姿は見えないので、実際にはカオルだけを制する形であった。

「もう、やめてください。どうしてそう高木さんは、もめる方向へと持っていくんですか。カオルさんもカオルさんで、すぐに熱くなりすぎなんですよ」
「だって、こいつが――」
「だって、この人が――」

 高木とカオルが同時に不満を口にしようとするのを、「いいかげんにしないか、ふたりとも!」と秀夫が教師の顔になって一喝した。
 とたんにふたりはシュンとした。

「とにかく、高木さん。今度はあなたが、自己紹介する番ですよ」
「ああ、そうだな」

 言われて高木は気持ちを改める。

「俺は高木、高木正哉」
「そう。マサさんね。わかったわ。じゃ、これで自己紹介がすんだってことね」

 なんだかんだでやっと名乗り合うことができて、ようやく高木と康太郎の、のっぴきならない事情が語られることとなった。
 まずは康太郎から話し始め、カオルは聞いているあいだずっと扇のまなこからナイアガラの滝を溢れさせつづけて、高木の話しに耳を傾けているときには、ついに鼻からも放水したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...