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【第69話】
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高木と康太郎は、一時撤退とばかりに身を退いた。
しかし今度は白旗を揚げたりしない。
ふいに高木は、康太郎に目配せをした。
すると康太郎は、
「恐いよー、おっかないよー、虐待されるよー」
またもや声をあげて泣き出した。
それがウソ泣きなのは言うまでもないが、それはあたかも、そうするように前もって打ち合わせでもしていたかのようだった。
そうとは知らないカオルは、おろおろしながら自分までが泣きそうな顔をした。
「わかったわ。言うわよ。アタシの本名。だから、ほんとにもう泣かないで」
子供に泣かれることがとっても弱いカオルであった。
「おお、男はそうでなくちゃ困る」
高木はしてやったりと康太郎の頭をなでた。
康太郎はすでに泣くのをやめて、けろりとしている。
「だれが男よ。可憐な乙女をつかまえて、失礼じゃないの」
「可憐な乙女とは、これまた聞き捨てならねえが、まあいい。そんなことより、早く本名を聞かせてもらおうか」
「もう、そんなに急かさなくたって、わかってるわよ。でも、その前に約束して。絶対に笑わないって。そして口にもしないって」
「ああ、誓う。天命に誓って絶対に笑わねえし、口にもしない。約束だ。そうだな、ふたりとも」
秀夫と康太郎は、口をそろえて「イエッサー!」と答えた。
「フン、なにが『イエッサー』よ。人の気も知らないで。ヒデちゃんもヒデちゃんよ。まったく調子がいいったらありゃしない。あとで憶えておきなさいよ」
カオルは口許でブツブツと言った。
「ん? なんか言ったか?」
「え? ううん、なんでもないわ。こっちの話」
「なんでもいいが、早く言えっての」
「はいはい、わかりました」
カオルは姿勢を正し、ひとつ咳払いをした。
「アタシの本名はね――」
三人は「ふむふむ」とうなずきながらカオルを見据える。
「――みなみふぃふぁ、さふふぉよ」
「なんだそれ。なに言ってるのかさっぱりわからねえよ。おい康太郎。もう一度泣け」
とたんに康太郎は泣き顔になる。
「あー、わかったから、ちゃんと言うわよ」
「よし。じゃあ言え。さっさと吐いちまえ」
カオルはそこで一呼吸おく。
そして、
「アタシの本名は、南島、三郎よ――やだ、はずかぴィ!」
両手で顔を被ってうつむいた。
一瞬、その場がシーンと静まり返った。
笑われるに決まってる、そう思ったが笑いが起きない。
いまだかつて、本名を名乗って笑われなかったことはないというのに。
カオルは顔を上げて、指の隙間から三人を見た。
三人はポカンとして口を開けたまま固まっている。
だがしだいにそれぞれの顔がゆがみ始めた。
と、つぎの瞬間、
だーはっはっはっはっ!!!
やはり、三人ともに大爆笑であった。
「み、南島、三郎って、北島三郎の北が南になっただけじゃねえか。それって、シャレか冗談か? がーはははは。苦しくって息が――死ぬ、死ぬる。いや、もう死んでるー!」
高木と康太郎は、宙に浮かびながら悶絶寸前だった。
「そ、そんな、もう死んでるー、なんて笑わせないでないでくださいよ、高木さん。それにしても、南島さぶ――いや、だめ、考えただけで、僕はほんとうに死にます。どあーははははッ」
秀夫は部屋の柱に頭を打ち据えながら、笑いを必死に耐えようとしていた。
「アンタたちー、笑ったはねえ。口にしたわねえ」
おどろおどろしい声でカオルはぬうっと立ち上がり、全身の筋肉という筋肉を盛り上がらせた。
見開かれた眼には、炎がメラメラと燃え上がっていた。
三人はそんなことはおかまいなしに笑い転げている。
そんな三人を血祭りにあげるかと思いきや、とつぜんカオルは空気の抜けたバルーンのように萎えしぼんで、ぺたりと坐りこんでしまった。
しかし今度は白旗を揚げたりしない。
ふいに高木は、康太郎に目配せをした。
すると康太郎は、
「恐いよー、おっかないよー、虐待されるよー」
またもや声をあげて泣き出した。
それがウソ泣きなのは言うまでもないが、それはあたかも、そうするように前もって打ち合わせでもしていたかのようだった。
そうとは知らないカオルは、おろおろしながら自分までが泣きそうな顔をした。
「わかったわ。言うわよ。アタシの本名。だから、ほんとにもう泣かないで」
子供に泣かれることがとっても弱いカオルであった。
「おお、男はそうでなくちゃ困る」
高木はしてやったりと康太郎の頭をなでた。
康太郎はすでに泣くのをやめて、けろりとしている。
「だれが男よ。可憐な乙女をつかまえて、失礼じゃないの」
「可憐な乙女とは、これまた聞き捨てならねえが、まあいい。そんなことより、早く本名を聞かせてもらおうか」
「もう、そんなに急かさなくたって、わかってるわよ。でも、その前に約束して。絶対に笑わないって。そして口にもしないって」
「ああ、誓う。天命に誓って絶対に笑わねえし、口にもしない。約束だ。そうだな、ふたりとも」
秀夫と康太郎は、口をそろえて「イエッサー!」と答えた。
「フン、なにが『イエッサー』よ。人の気も知らないで。ヒデちゃんもヒデちゃんよ。まったく調子がいいったらありゃしない。あとで憶えておきなさいよ」
カオルは口許でブツブツと言った。
「ん? なんか言ったか?」
「え? ううん、なんでもないわ。こっちの話」
「なんでもいいが、早く言えっての」
「はいはい、わかりました」
カオルは姿勢を正し、ひとつ咳払いをした。
「アタシの本名はね――」
三人は「ふむふむ」とうなずきながらカオルを見据える。
「――みなみふぃふぁ、さふふぉよ」
「なんだそれ。なに言ってるのかさっぱりわからねえよ。おい康太郎。もう一度泣け」
とたんに康太郎は泣き顔になる。
「あー、わかったから、ちゃんと言うわよ」
「よし。じゃあ言え。さっさと吐いちまえ」
カオルはそこで一呼吸おく。
そして、
「アタシの本名は、南島、三郎よ――やだ、はずかぴィ!」
両手で顔を被ってうつむいた。
一瞬、その場がシーンと静まり返った。
笑われるに決まってる、そう思ったが笑いが起きない。
いまだかつて、本名を名乗って笑われなかったことはないというのに。
カオルは顔を上げて、指の隙間から三人を見た。
三人はポカンとして口を開けたまま固まっている。
だがしだいにそれぞれの顔がゆがみ始めた。
と、つぎの瞬間、
だーはっはっはっはっ!!!
やはり、三人ともに大爆笑であった。
「み、南島、三郎って、北島三郎の北が南になっただけじゃねえか。それって、シャレか冗談か? がーはははは。苦しくって息が――死ぬ、死ぬる。いや、もう死んでるー!」
高木と康太郎は、宙に浮かびながら悶絶寸前だった。
「そ、そんな、もう死んでるー、なんて笑わせないでないでくださいよ、高木さん。それにしても、南島さぶ――いや、だめ、考えただけで、僕はほんとうに死にます。どあーははははッ」
秀夫は部屋の柱に頭を打ち据えながら、笑いを必死に耐えようとしていた。
「アンタたちー、笑ったはねえ。口にしたわねえ」
おどろおどろしい声でカオルはぬうっと立ち上がり、全身の筋肉という筋肉を盛り上がらせた。
見開かれた眼には、炎がメラメラと燃え上がっていた。
三人はそんなことはおかまいなしに笑い転げている。
そんな三人を血祭りにあげるかと思いきや、とつぜんカオルは空気の抜けたバルーンのように萎えしぼんで、ぺたりと坐りこんでしまった。
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