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【第66話】

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(あの人だけには、かかわりあってほしくないんだよな……)

 秀夫はがっくりとうなだれて、ドアに鍵を挿した。

 ドアを開けると、部屋の中は闇に包まれていた。

「どうぞ」

 玄関の灯りを点け、秀夫はドアを開けた状態で立っている。

「おい、もう中だぞ」

 言われてやっと、部屋の中に入っていった。

「それにしても、なんだ、あいつは」

 高木は驚きやまぬといった口調で言った。

「恐いの見たよー、オバケだよー」

 康太郎は、おののきがまだ消えない。

「だから言ったじゃないですか。部屋に入るまでは、ぜったいに口を閉じていてくださいって。あの人には、蟻の足音さえも聴こえてしまうんですから。まるで地獄に耳があるような人なんです」

 ため息まじりに、秀夫は宙に向かって言った。

「いまさらなんだ。そもそもよ、あんなやつがいるなら先に言っておけっての」
「いや、僕としては、言わずに事なきを得たかったんです。となりに霊が見える人が住んでいるなんて話したら、確実に会わせろってことになったと思いますから」 
「まあな。確かによ、俺たちのことを見えるやつがいるなら、力になってもらいたいからな」
「ですよね、やっぱり。あの人、悪い人ではないんですが、僕はちょっと苦手で。だから、できればかかわりを持ってほしくなかったんです」
「そりゃそうだよな。ありゃバケモンだ。それもオカマなんてよ。あんな霊能者がほかにいるか?」
「恐いよー、バケモンだよー、オカマだよー!」

 康太郎は瞼をきつく瞑った。

「カオルさんは新宿二丁目で働いていたらしいんですが、霊が見えるようになったのはそのころらしいんです。それまでは霊の存在を感じたこともなかったのに、あることがあって、見えるようになったと言ってました」

 秀夫は、あることがあって、を思わせぶりに強調した。

「その、あること、ってのはなんだ」

 すぐに高木は喰いついて、眉根を寄せた。
 康太郎も、興味津々とばかりに秀夫を見つめた。

「それは――」
「それは?」

 高木と康太郎は身を乗り出す。

「それは――」
「うんうん」

 秀夫はたっぷりと間を置く。
 そして言った。

「わかりません」
「なんじゃそりゃ!」

 とたんに高木と康太郎はコケた。

「知らねえなら、気を持たすんじゃねえよ」
「すみません。話が盛り上がるかなと思って」
「っていうか、終わっちまっただろうが。コントやってるんじゃねえっての、まったく。それにしてもよ、カオルって名前はないったいなんだよ」
「新宿二丁目働いているころから、その名前を使っていたらしいです。いまは小さなスナックを経営していて、そこでもその名前を。ちなみに、お店の名も『カオル』です」
「スナック『カオル』ってか。知らずに入ったら、みんな逃げ出すだろうよ。客なんているのか?」
「それが、意外に入っているんです。僕も執拗に誘われたので二度ほど行きましたけど、女性客が多いんですよ」
「ふーん。恐いもの見たさってやつか。マニアな人間てのはいるもんだな。だけどよ、どう見たってありゃあ、岩熊巌太郎ってツラだろうが」
「ハハ、確かにそんな感じです」
「あいつの本名は?」
「僕は知りません。訊かれるのがすごくいやみたいで、『本名は封印したの』なんて言ってましたから」
「そう言われると、尚のこと訊いてみたくなるな」
「僕はよしたほうがいいと思いますよ」

 そう言いながらも秀夫は、真剣に止めようとはしていない。
 内心では秀夫も、カオルがどんな本名なのかを知りたかった。
 それからしばらく、カオルの話題に事欠かさず盛り上がっていると、ドアがノックされてその当人が入ってきた。

「おまたせー」

 現れたカオルの姿を見たとたん、高木と康太郎は絶句し、あるはずない腰を抜かした。
 ふだん見慣れている秀夫や店の客以外、その風体を見て絶句しないものはいないだろう。
 なんと全身をピンクで統一しているのである。
 太い首には淡いピンクのスカーフを巻き、先ほどと同様のピンクのタンクトップには、胸に「I Love me」のプリントがある。
 丸太のような足には、ラメ入りピンクのスパッツがフィットし、いかつい顔に施した化粧も負けてはおらず、シャドウも頬のチックももちろんピンクで、唇にはコーラル・ピンクのリップが艶やかに塗られていた。
 全身ピンクに染まったその中で、太い腕に提げたエルメスのバッグだけが、唯一ピンクではなかった。
 その姿は怪奇怪異であり、そして林家ペーであった。
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