上 下
66 / 84

【第66話】

しおりを挟む
(あの人だけには、かかわりあってほしくないんだよな……)

 秀夫はがっくりとうなだれて、ドアに鍵を挿した。

 ドアを開けると、部屋の中は闇に包まれていた。

「どうぞ」

 玄関の灯りを点け、秀夫はドアを開けた状態で立っている。

「おい、もう中だぞ」

 言われてやっと、部屋の中に入っていった。

「それにしても、なんだ、あいつは」

 高木は驚きやまぬといった口調で言った。

「恐いの見たよー、オバケだよー」

 康太郎は、おののきがまだ消えない。

「だから言ったじゃないですか。部屋に入るまでは、ぜったいに口を閉じていてくださいって。あの人には、蟻の足音さえも聴こえてしまうんですから。まるで地獄に耳があるような人なんです」

 ため息まじりに、秀夫は宙に向かって言った。

「いまさらなんだ。そもそもよ、あんなやつがいるなら先に言っておけっての」
「いや、僕としては、言わずに事なきを得たかったんです。となりに霊が見える人が住んでいるなんて話したら、確実に会わせろってことになったと思いますから」 
「まあな。確かによ、俺たちのことを見えるやつがいるなら、力になってもらいたいからな」
「ですよね、やっぱり。あの人、悪い人ではないんですが、僕はちょっと苦手で。だから、できればかかわりを持ってほしくなかったんです」
「そりゃそうだよな。ありゃバケモンだ。それもオカマなんてよ。あんな霊能者がほかにいるか?」
「恐いよー、バケモンだよー、オカマだよー!」

 康太郎は瞼をきつく瞑った。

「カオルさんは新宿二丁目で働いていたらしいんですが、霊が見えるようになったのはそのころらしいんです。それまでは霊の存在を感じたこともなかったのに、あることがあって、見えるようになったと言ってました」

 秀夫は、あることがあって、を思わせぶりに強調した。

「その、あること、ってのはなんだ」

 すぐに高木は喰いついて、眉根を寄せた。
 康太郎も、興味津々とばかりに秀夫を見つめた。

「それは――」
「それは?」

 高木と康太郎は身を乗り出す。

「それは――」
「うんうん」

 秀夫はたっぷりと間を置く。
 そして言った。

「わかりません」
「なんじゃそりゃ!」

 とたんに高木と康太郎はコケた。

「知らねえなら、気を持たすんじゃねえよ」
「すみません。話が盛り上がるかなと思って」
「っていうか、終わっちまっただろうが。コントやってるんじゃねえっての、まったく。それにしてもよ、カオルって名前はないったいなんだよ」
「新宿二丁目働いているころから、その名前を使っていたらしいです。いまは小さなスナックを経営していて、そこでもその名前を。ちなみに、お店の名も『カオル』です」
「スナック『カオル』ってか。知らずに入ったら、みんな逃げ出すだろうよ。客なんているのか?」
「それが、意外に入っているんです。僕も執拗に誘われたので二度ほど行きましたけど、女性客が多いんですよ」
「ふーん。恐いもの見たさってやつか。マニアな人間てのはいるもんだな。だけどよ、どう見たってありゃあ、岩熊巌太郎ってツラだろうが」
「ハハ、確かにそんな感じです」
「あいつの本名は?」
「僕は知りません。訊かれるのがすごくいやみたいで、『本名は封印したの』なんて言ってましたから」
「そう言われると、尚のこと訊いてみたくなるな」
「僕はよしたほうがいいと思いますよ」

 そう言いながらも秀夫は、真剣に止めようとはしていない。
 内心では秀夫も、カオルがどんな本名なのかを知りたかった。
 それからしばらく、カオルの話題に事欠かさず盛り上がっていると、ドアがノックされてその当人が入ってきた。

「おまたせー」

 現れたカオルの姿を見たとたん、高木と康太郎は絶句し、あるはずない腰を抜かした。
 ふだん見慣れている秀夫や店の客以外、その風体を見て絶句しないものはいないだろう。
 なんと全身をピンクで統一しているのである。
 太い首には淡いピンクのスカーフを巻き、先ほどと同様のピンクのタンクトップには、胸に「I Love me」のプリントがある。
 丸太のような足には、ラメ入りピンクのスパッツがフィットし、いかつい顔に施した化粧も負けてはおらず、シャドウも頬のチックももちろんピンクで、唇にはコーラル・ピンクのリップが艶やかに塗られていた。
 全身ピンクに染まったその中で、太い腕に提げたエルメスのバッグだけが、唯一ピンクではなかった。
 その姿は怪奇怪異であり、そして林家ペーであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...