63 / 84
【第63話】
しおりを挟む
(えッ!)
玲子の言葉に、秀夫の心臓が「ドクン」と大きく胸を打った。
とたんに身体が硬直した。
「そ、それは……。あ、というか、でも、これから僕はちょっと、その……」
またもしどろもどろになった。
「いえ、時間のあるときでかまいません。でも、大切なお話しなので、できれば近いうちに時間をつくってほしいんですけど」
「そそ、そうですか。はい、わかりました。できなくても近いうちに必ず時間をつくります」
カチコチになりながら、秀夫はやっとそう答えた。
「よかった。じゃあ、私はこれで。では、またあした」
さよなら、と会釈をして去っていく玲子の髪を、緩やかな風がなでていく。
風とともに去りぬ――
その言葉を胸の中で呟いて、秀夫は玲子のうしろ姿を見送った。
「きれいな先生だな」
秀夫のかたわらに立つ高木も同様に、玲子の背を見送っている。
「はい。僕は、あれほど美しい人をほかに知りません」
ふたりは、薄闇の中に消えゆく玲子を、うっとりと見つめつづけた。
「あのさ、いつまでそうしてるつもり? 大のおとながデレっとした顔しちゃって。みっともないったらないよ」
康太郎が呆れ顔でふたりを見上げた。
「こどものおまえには、あの美しさがわからねえのさ」
高木はデレっと下がった目尻を、指先で上げた。
「フン。野中先生のほうが、もっときれいだったよ」
「なんだおまえ。やっぱり好きだったんじゃねえか」
「ち、ちがうよ!」
康太郎は怒ったように顔をそむけた。
実体のないその顔が赤くなっている。
「まァ、康太郎がそう言うのもまんざら嘘じゃねえな。なにせ、その野中先生の娘で俺の女房だった佐代子は、ミス・ユニバースなんざ屁でもねえほどのいい女だった。ゆかりを見れば一目瞭然だろ? 美しさは遺伝するんだ」
高木はふと空を仰いだ。
大空はすっかり紺碧に染まり、星々が瞬き始めている。
なんという美しい星空であろうか。
都会では見ることのできない夜空である。
その煌きは何も言わず、ただ静かに見守りつづけている。
それなのに、何かを語りかけているようでもあるのはなぜだろう。
この天空に散りばめられた星々の中に、天国があるのだろうか。
あるとしたなら、それはいったいどの星なのだろう。
それは遥か遠く、生きた人間には行くことのできない最果てにある星なのだろうか。
いや、壮大なこの宇宙そのものが天国なのであり、そして点在するひとつひとつの星が人の魂なのではないだろうか。
そして神々もまた星であり、それだからこそ、古代から人々は星に知恵を授かってきたのだ。
そしてそれは、いつしか神話となった。
(佐代子。君は星になったのかな。もしそうなら、どの星が君なんだろうか。佐代子……。君に、君に会いたいよ)
なんともセンチメンタルになっている自分に気づき、高木は大げさに咳払いをして、秀夫を見やった。
秀夫は魂が抜けたような顔で、闇に落ちた裏門を見つめつづけている。
玲子の姿はもうどこにもないというのに。
「おい」
それに秀夫は答えない。
「なんだよ。魂が抜けて、あの先生のあとをついていっちまったのか? おーい、ヒデー、聴こえるかー、おーい!」
「はいはい、聴こえてますよ。なんですか」
秀夫はうっとうしそうに答えた。
玲子とのひとときの余韻に浸っていたところをじゃまされて、きげんを損ねたらしい。
「なんですかはねえだろ? 黙ってたら、いつまでも突っ立っていそうだから、声をかけたんじゃねえかよ。ま、しかし、あの美しさなら見惚れてもしかたがねえけどな。それよりも、ヒデ。まさかとは思うが、あの先生、おまえに気があるってことはねえよな」
「やや。そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか」
ぜったいにないです、とそくざに秀夫は否定した。
玲子の言葉に、秀夫の心臓が「ドクン」と大きく胸を打った。
とたんに身体が硬直した。
「そ、それは……。あ、というか、でも、これから僕はちょっと、その……」
またもしどろもどろになった。
「いえ、時間のあるときでかまいません。でも、大切なお話しなので、できれば近いうちに時間をつくってほしいんですけど」
「そそ、そうですか。はい、わかりました。できなくても近いうちに必ず時間をつくります」
カチコチになりながら、秀夫はやっとそう答えた。
「よかった。じゃあ、私はこれで。では、またあした」
さよなら、と会釈をして去っていく玲子の髪を、緩やかな風がなでていく。
風とともに去りぬ――
その言葉を胸の中で呟いて、秀夫は玲子のうしろ姿を見送った。
「きれいな先生だな」
秀夫のかたわらに立つ高木も同様に、玲子の背を見送っている。
「はい。僕は、あれほど美しい人をほかに知りません」
ふたりは、薄闇の中に消えゆく玲子を、うっとりと見つめつづけた。
「あのさ、いつまでそうしてるつもり? 大のおとながデレっとした顔しちゃって。みっともないったらないよ」
康太郎が呆れ顔でふたりを見上げた。
「こどものおまえには、あの美しさがわからねえのさ」
高木はデレっと下がった目尻を、指先で上げた。
「フン。野中先生のほうが、もっときれいだったよ」
「なんだおまえ。やっぱり好きだったんじゃねえか」
「ち、ちがうよ!」
康太郎は怒ったように顔をそむけた。
実体のないその顔が赤くなっている。
「まァ、康太郎がそう言うのもまんざら嘘じゃねえな。なにせ、その野中先生の娘で俺の女房だった佐代子は、ミス・ユニバースなんざ屁でもねえほどのいい女だった。ゆかりを見れば一目瞭然だろ? 美しさは遺伝するんだ」
高木はふと空を仰いだ。
大空はすっかり紺碧に染まり、星々が瞬き始めている。
なんという美しい星空であろうか。
都会では見ることのできない夜空である。
その煌きは何も言わず、ただ静かに見守りつづけている。
それなのに、何かを語りかけているようでもあるのはなぜだろう。
この天空に散りばめられた星々の中に、天国があるのだろうか。
あるとしたなら、それはいったいどの星なのだろう。
それは遥か遠く、生きた人間には行くことのできない最果てにある星なのだろうか。
いや、壮大なこの宇宙そのものが天国なのであり、そして点在するひとつひとつの星が人の魂なのではないだろうか。
そして神々もまた星であり、それだからこそ、古代から人々は星に知恵を授かってきたのだ。
そしてそれは、いつしか神話となった。
(佐代子。君は星になったのかな。もしそうなら、どの星が君なんだろうか。佐代子……。君に、君に会いたいよ)
なんともセンチメンタルになっている自分に気づき、高木は大げさに咳払いをして、秀夫を見やった。
秀夫は魂が抜けたような顔で、闇に落ちた裏門を見つめつづけている。
玲子の姿はもうどこにもないというのに。
「おい」
それに秀夫は答えない。
「なんだよ。魂が抜けて、あの先生のあとをついていっちまったのか? おーい、ヒデー、聴こえるかー、おーい!」
「はいはい、聴こえてますよ。なんですか」
秀夫はうっとうしそうに答えた。
玲子とのひとときの余韻に浸っていたところをじゃまされて、きげんを損ねたらしい。
「なんですかはねえだろ? 黙ってたら、いつまでも突っ立っていそうだから、声をかけたんじゃねえかよ。ま、しかし、あの美しさなら見惚れてもしかたがねえけどな。それよりも、ヒデ。まさかとは思うが、あの先生、おまえに気があるってことはねえよな」
「やや。そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか」
ぜったいにないです、とそくざに秀夫は否定した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」
あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて
絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。
あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには
「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!?
江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、
あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との
ちょっとほっこりするハートフルストーリー。
死が二人を分かつまで
KAI
キャラ文芸
最強の武術家と呼ばれる男がいた。
男の名前は芥川 月(あくたがわ げつ)殺人術の空術を扱う武人。
ひょんなことから、少女をひとり助け出したが、それが思いもよらない方向へと彼の人生を狂わせる!
日本の・・・・・・世界の『武』とはなにか・・・・・・
その目で確かめよ!!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる