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【第59話】

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 高木は驚いて、うしろからゆかりの顔を覗きこんだ。
 気づいてくれたのか、そう思った。

『そうだよ。パパだ、パパだよ』

 けれど、その声にゆかりは応えない。
 ゆかりは寝言で、父を呼んだのだった。

 そうか……。

 高木は落胆を覚えながら、ゆかりの頬にかかる髪を指先ですくい上げた。
 そして頬に触れようとし、だが、その指先はゆかりの肌をすり抜けてしまった。

 おい、どうなってるんだ……。

 高木を包みこんでいた光のベールは、ふいに消えてしまっていた。

 まだ消えないでくれ!
 高木はまた精神を集中させた。

 もう一度、もう一度だけでいいから――

 切実なその想いも虚しく、高木の身体はもう、光のベールに包まれることはなかった。
 それはほんの刹那なことだった。
 だがそれでも、それはとても幸福な一瞬であった。
 その余韻を噛み締めながら高木は思った。
 天国になんて行かなくてよかった、と。
 もしあのとき、あのまま天国へ行っていたとしたら、この幸福を味わうことはなかっただろう。
 その刹那な幸福のために、これで浮浪魂となってこの世を彷徨うこととなっても恨み言など言うまい。
 摂理を甘んじて受け入れよう。

 あとは、ゆかりに俺の想いを伝えられればそれでいい……。

 高木はゆかりから離れると、勉強机の上にある目覚まし時計に眼を向けた。
 時刻は3時を過ぎたところだった。

 もう、こんな時間か……。
 
 康太郎に声をかけようとし、だが、部屋には彼の姿がなかった。

 アイツ、またどこに行きやがった……。

 捜しにいこうとして、高木はもう一度ゆかりに顔を向けた。

「ゆかり。またすぐに来るからな」

 愛する娘を切ない眼差しで見つめると、ドアをすり抜けて部屋を出た。
 一階に下りてリビングに行ってみると、テーブルには義母ひとりが、一段落ついたというようにお茶を啜っていた。
 通夜までにはまだ時間があるのだろう。
 その義母のとなりに、なぜか康太郎がちょこんと坐っていた。

「康太郎、どうしてそんなところにいるんだ」
「ふたりの邪魔をしちゃいけないと思って」
「気をつかってくれたのか。やさしいんだな」

 康太郎はにっこりと笑った。

「あのな、連れていってほしいところがもうひとつあるんだよ」
「もうひとつ?」
「あァ。小学校にな」
「小学校?」
「そうだ。だからもう行くぞ」
「うん……」

 なぜか康太郎は思いつめたように義母の横顔を見つめると、高木のあとをついていった。
 野中家をあとにし、

「小学校に、どんな用事?」

 康太郎は疑問を口にした。

「俺の声が聴こえるやつがいるって話したろ。そいつに会いに行くのさ」

 秀夫のアパートまでの道を完全に忘れた高木は、小学校に行けば彼に会えるだろうと考えたのだった。
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