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【第54話】
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娘にどうしても会いたくて、あとさき考えずに天使から逃げてここまでやってきた高木であったが、すぐ手の届くところに娘がいるのだと思うと、心はなぜか臆してしまうのだった。
「こういうときってのは、心の準備ってもんが必要なんだよ。なんたって、5年ぶりの再会なんだからな」
「ううん。だめだよ、おじさん。こんなときは、どんなに心の準備をしたからって、なんの役にも立ちはしないんだから。さ、行くよ」
聡明な康太郎は、言うや否や垣根の上を浮遊し庭へと入っていった。
「あ、こら、康太郎。勝手に行くな。俺にはどうしたって心の準備が必要なんだよ」
高木が止めるのも聞かず、康太郎は縁側から家の中へと入っていってしまった。
「あーあ、入っていっちまいやがった。まったく、俺の身にもなれってんだ。いやな性格なのは、おまえのほうだろうが」
ブツブツと言いながら、高木はしかたなく垣根を越えて縁側に向かった。
縁側から奥の間の閉められている障子をすり抜けると、座敷にはだれもおらず、静寂の中に立派な祭壇が設置されていた。
「こりゃすげえな」
その立派さに感動を覚えると、高木はふいに厳粛な心持ちになって、掲げられた自分の遺影に手を合わせていた。
「って、どうして自分の遺影に手を合わせてんだよ」
自分に呆れてため息をつく。
祭壇の前に眼を落とせば、白い布団の中で、顔に白布をかけられた遺体があった。
「…………」
言葉もなく、高木は脱力したように力が抜けた。
自分がそこに横たわっているというのは、なんとも複雑な思いだった。
自分が死んだことも、眼の前の遺体が自分自身だということも理解はしているが、だがとても信じられるものではない。
なにせ当の本人は、そこに立っているのである。
「自覚なんて、持てやしねえよ」
何を思ったか高木は、横たわる自分の遺体に霊体となった身体を重ねた。
死んでまだ2日なんだ。生き返れるかもしれねえ……。
その思いに、なんとか肉体にもどろうと試みるが、どうあがいても肉体にもどることはできなかった。
「クソッ、どうあっても、俺は死ななけりゃならねえってのか」
高木は舌打ちをついて、肉体から離れた。
往生際が悪いのもここまでくると、ただの悪あがきであった。
ふと、康太郎の姿がないことに気づいて、閉められている襖をすり抜けて居間に入った。
だが、居間にも人の姿はない。
康太郎は、どこへ行きやがった……。
と、リビングのほうから人の声が洩れ聴こえてきた。
リビングに行ってみると、テーブルを囲んで葬儀社の人と義父母がなにやら話しをしている。
どうやら葬儀についての打ち合わせをしているようだった。
高木はテーブルに近寄っていき、話の内容を聞くわけでもなく、義父母のふたりを見つめた。
5年ぶりに見るふたりである。
その5年の歳月は、ふたりを心なしか老けさせていた。
「お義父さん、お義母さん。おひさしぶりです」
聴こえないことはわかっていながら、高木は声をかけずにはいられなかった。
「いままで、ほんとうにすみません。俺、死んでしまって、また面倒かけて……。お詫びの言葉もありませんけど、ゆかりのこと、これからもどうかお願いします」
どれほど詫びても足りはしないが、その想いをこめて高木はふたりに向かって深々と頭を下げた。
ふたりに対しての想いはたくさんある。
その言葉を連ねれば、1週間あっても足りないだろう。
だがそれも、いまとなっては伝えることはできない。
それを思うと歯痒くてしかたがないが、それでも、いまの自分にできることといえば、感謝することだけだった。
とはいえ、それもやはり、どれだけ感謝しても感謝しきれるものでもない。
だが高木には、感謝感謝にまた感謝、ただそれしかなかった。
その想いが届くことを願って。
胸が熱くなり、こみ上げる涙をこらえて高木は鼻をすすった。
リビングを見回すが、そこにも康太郎はいなかった。
そしてゆかりの姿も。
と、そこで思いあたって、高木は廊下に出ると2階へと上がっていった。
2階の部屋はふたつあり、高木はまず手前の部屋のドアを顔だけすり抜けさせて覗きこみ、だれもいないことを 確認すると、奥の部屋の前に立った。
「こういうときってのは、心の準備ってもんが必要なんだよ。なんたって、5年ぶりの再会なんだからな」
「ううん。だめだよ、おじさん。こんなときは、どんなに心の準備をしたからって、なんの役にも立ちはしないんだから。さ、行くよ」
聡明な康太郎は、言うや否や垣根の上を浮遊し庭へと入っていった。
「あ、こら、康太郎。勝手に行くな。俺にはどうしたって心の準備が必要なんだよ」
高木が止めるのも聞かず、康太郎は縁側から家の中へと入っていってしまった。
「あーあ、入っていっちまいやがった。まったく、俺の身にもなれってんだ。いやな性格なのは、おまえのほうだろうが」
ブツブツと言いながら、高木はしかたなく垣根を越えて縁側に向かった。
縁側から奥の間の閉められている障子をすり抜けると、座敷にはだれもおらず、静寂の中に立派な祭壇が設置されていた。
「こりゃすげえな」
その立派さに感動を覚えると、高木はふいに厳粛な心持ちになって、掲げられた自分の遺影に手を合わせていた。
「って、どうして自分の遺影に手を合わせてんだよ」
自分に呆れてため息をつく。
祭壇の前に眼を落とせば、白い布団の中で、顔に白布をかけられた遺体があった。
「…………」
言葉もなく、高木は脱力したように力が抜けた。
自分がそこに横たわっているというのは、なんとも複雑な思いだった。
自分が死んだことも、眼の前の遺体が自分自身だということも理解はしているが、だがとても信じられるものではない。
なにせ当の本人は、そこに立っているのである。
「自覚なんて、持てやしねえよ」
何を思ったか高木は、横たわる自分の遺体に霊体となった身体を重ねた。
死んでまだ2日なんだ。生き返れるかもしれねえ……。
その思いに、なんとか肉体にもどろうと試みるが、どうあがいても肉体にもどることはできなかった。
「クソッ、どうあっても、俺は死ななけりゃならねえってのか」
高木は舌打ちをついて、肉体から離れた。
往生際が悪いのもここまでくると、ただの悪あがきであった。
ふと、康太郎の姿がないことに気づいて、閉められている襖をすり抜けて居間に入った。
だが、居間にも人の姿はない。
康太郎は、どこへ行きやがった……。
と、リビングのほうから人の声が洩れ聴こえてきた。
リビングに行ってみると、テーブルを囲んで葬儀社の人と義父母がなにやら話しをしている。
どうやら葬儀についての打ち合わせをしているようだった。
高木はテーブルに近寄っていき、話の内容を聞くわけでもなく、義父母のふたりを見つめた。
5年ぶりに見るふたりである。
その5年の歳月は、ふたりを心なしか老けさせていた。
「お義父さん、お義母さん。おひさしぶりです」
聴こえないことはわかっていながら、高木は声をかけずにはいられなかった。
「いままで、ほんとうにすみません。俺、死んでしまって、また面倒かけて……。お詫びの言葉もありませんけど、ゆかりのこと、これからもどうかお願いします」
どれほど詫びても足りはしないが、その想いをこめて高木はふたりに向かって深々と頭を下げた。
ふたりに対しての想いはたくさんある。
その言葉を連ねれば、1週間あっても足りないだろう。
だがそれも、いまとなっては伝えることはできない。
それを思うと歯痒くてしかたがないが、それでも、いまの自分にできることといえば、感謝することだけだった。
とはいえ、それもやはり、どれだけ感謝しても感謝しきれるものでもない。
だが高木には、感謝感謝にまた感謝、ただそれしかなかった。
その想いが届くことを願って。
胸が熱くなり、こみ上げる涙をこらえて高木は鼻をすすった。
リビングを見回すが、そこにも康太郎はいなかった。
そしてゆかりの姿も。
と、そこで思いあたって、高木は廊下に出ると2階へと上がっていった。
2階の部屋はふたつあり、高木はまず手前の部屋のドアを顔だけすり抜けさせて覗きこみ、だれもいないことを 確認すると、奥の部屋の前に立った。
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