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【第51話】

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「どうしたの、ゆかり」

 祖母はアスファルトに膝をついてゆかりの両手を握ると、心配そうに顔を覗きこんだ。

「パパが、死んじゃった、のは、ゆかりが、いけなかった、からなの。ゆかりが、悪い子、だったから、だから、パパは、死んじゃったの……」

 ゆかりはしゃくりあげながら、懸命に自分のあやまちを訴えた。

「なにを言うの、ゆかり。おまえはなにも悪くない。パパは事故で死んだのよ」

 ゆかりは首を強くふる。

「ゆかりが、悪いの。だって、ゆかりは、パパを忘れた、ふりをしてたんだもん。だから、パパは……」

 涙を拭うこともせずに、ゆかりは泣きじゃくる。
 思わず祖母はゆかりを抱きしめた。

「もういいの、ゆかり。もうなにも言わないで。悪いのはおまえじゃないよ。おまえのパパを死なせちゃったのは、おばあちゃんとおじいちゃん。だから自分を責めちゃだめ。いいね」

 そう言う祖母の眼にも、涙があふれた。
 慰めの言葉もなかった。
 深い哀しみと自責に苛まされ、狂おしくなく孫に、どんな慰めの言葉があるというのだろう。
 できることといえば、その身体をしっかりと胸の中で抱きかかえてやり、一緒に泣いてやることくらいだった。
 いや、できることはあったはずだ。
 こうなる前に、父親の高木に会わせてやろうと思えばできたはずなのだ。
 けれどそうしなかったのは、高木が会いに来るのあたり前であって、父親として娘を迎えに来るのが当然なのだとそう思っていたからだった。
 だから、それができない高木を最低な父親だと蔑むばかりで、ゆかりを父親に会わせてやろうなどとは考えもしなかった。
 それどころか、祖父母の自分たちがいれば、それでゆかりは幸せなのだと思っていたほどだった。
 よくよく考えてみれば、父親など必要ないと思っていたことも事実だ。
 喪った母親のぶんも、愛を与えて育てていけば充分にゆかりは幸福になれると。
 実際にゆかりは、自分たちの愛に応えてくれた。
 引き取った当初はさすがに哀しみに暮れてはいたが、それでも少しずつ明るく元気になって、笑顔をみせるようにもなった。
 高木から電話が掛かってこなくなったころも、塞ぎこんだりはしたが泣いたりすることはなく、すぐに元気を取りもどして笑顔を向けてきた。
 それだけに、自分たちでゆかりを幸せにできると信じて疑わなかった。
 でもそれは、あまりにも勝手な思いこみにすぎなかったことを、祖母はいまになって思い知らされた。
 ゆかりが明るく元気に振舞っていたのは、自分たちを心配させまいとしていたからだったのだ。
 けれども、その胸の裡には、どれほどの哀しみと寂しさが渦巻いていたことだろう。その苦しみから逃れるために、ゆかりは父親を忘れようとまでしていたのだ。
 それなのに、その想いを、その苦しみを考えてやろうともしてこなかった。
 それに気づいてやることさえできなかった。
 なんという愚かさだろうか。
 ゆかりを幸せにしようとしながら、その実は、自分たちが孫と暮らせる幸せに溺れていたにすぎなかった。
 そしていま、胸に手をやってみれば、高木が死んだことに哀しみを感じてはいても、これでゆかりとずっと暮らすことができるという思いまでがある。
 なんという情けなさであろうか。ゆかりは、父親を死なせてしまったのは自分なんだ、と自分自身を責めているというのに。
 祖母としてなんとも恥ずかしい。

「ごめんね、ゆかり。ごめんね。おばあちゃんが悪かった。責めるならこのおばあちゃんを責めておくれ」

 祖母は抱きしめる腕に力をこめた。
 ゆかりはその胸の中で、声をあげて泣いている。
 父を待ちつづけながらこらえてきた涙が、抑えこんでいた哀しみと寂しさが、慟哭となってあふれだしていた。
 泣きつづけるゆかりの背を、祖母はやさしくなでた。
 そんなふたりの姿を、園内を歩く人たちが遠巻きに眺めていく。
 ゆかりの哀しみなどだれひとりとして知らず、それぞれが皆、幸せそうに楽しんでいる。
 しばらく泣きつづけたゆかりは落ち着きを取りもどすと、祖母の胸から離れ、指先で瞼を拭った。

「おばあちゃん、泣いたりしてごめんね。でも、もう泣かないからね」

 赤くなった眼で精一杯に笑った。

「ゆかりは強い子だね」

 祖母も目尻にたまった涙を拭うと立ちあがった。

「メリーゴーランドに乗るかい?」

 そう訊く祖母に、ゆかりは首をふった。

「ううん、もう行こう。パパがひとりで寂しがってるから」

 それに祖母は眼でうなずく。

「そうだね。そうしよう」
「ごめんね、おばあちゃん。せっかく連れてきてくれたのに」
「いいんだよ。少しでも、パパのそばにいてあげなくちゃね」

 祖母は微笑みをうかべてゆかりの手を取る。
 ふたりは花やしきを出てタクシーを停めると、病院へともどっていった。
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