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【第46話】
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「とにかく、ボクがいま、お迎えを待っているのは、天国へ行く前にお願いを聞いてほしいからなんだ」
少年は言った。
「お願い?」
高木が訊く。
「そう。最後にもう1度だけ、おかあさんに会わせてもらおうと思って……」
「そうかおまえ、自分の姿を見えるようにしてもらおうとしてるのか。おふくろさんに謝るために」
高木の眼にまたしても涙がにじむ。
「うん。言いつけを守らなかったボクを許してって。ボクはずっとおかあさんが大好きだよって……。でも、あのおじいさんは、なかなかお迎えに来てくれなくて……」
「それでおまえは、じいさんの代わりにだれかが迎えに来るんじゃないかと思って、いままでもそうしてたように、俺にも声をかけたわけなんだな。ううッ……」
ついに高木の眼からは滝の如く涙があふれだした。
涙のあまりの多さに、少年は短パンからハンカチを出すと高木に差し出した。
「それにしても、ひどいじいさんだな。おまえには天国へ行く準備ができてるっていうのに、いまだに迎えに来ねえなんてよ」
受け取ったハンカチで涙を拭いつつ、高木は力いっぱい鼻をかんだ。
「ボクもそう思ったけど、しかたないよ」
「しかたないですむことじゃねえだろう。このままほったらかしにしてたら、おまえのおふくろやおやじのほうが先に天国へ行っちまうじゃねえかよ」
言ってしまってから高木は、失言だったことに気づいた。
「あ、すまん。ちょっと勢いで言ったただけで、その、悪気はないんだ」
「ううん、平気だよ。おじさんの言うとおりさ。このままだと、きっとそうなるよね」
平気と言いながら、少年はがっくりと打ち沈んでしまった。
「康太郎、そんなに気を落とすな。こうなったら俺も男だ。おまえの力になるぜ」
高木はどんと胸を張った。
少年はかしげた首を上げて見上げた。
「ほんと?」
「あァ。おまえの事情を聞いちまったからには、もう乗っちまった船だからな。これも縁ってやつさ」
「でも、どうするの?」
と訊かれても、まったくもっていい案など浮かばない。
「まァ、なんだ。待てど暮らせどそのじいさんが来ないなら、こっちから捜し出せばいいじゃねえか」
苦し紛れに高木は言った。
「捜すって、どうやって?」
またも難問である。
いや、難問どころではない。
天の使いを捜すことなどできるはずもない。
「それはほら、成せばなる、あとは野となれ山となれ、だよ」
これまた苦し紛れであった。
「なんなの、それ。なんだか頼りないな」
「そんなことはねえよ。おまえは大船に乗ったつもりでいればいいんだ」
その自信はどこからくるのか。
「でも、おじさん。おじさんの気持ちはうれしいけど、ボク、やっぱりここで待つことにするよ」
「なに言ってんだ。こどものおまえを、こんなところにほったらかしておくわけにはいかねえよ。俺には大人としての責任ってものがあるんだ」
その大人の責任という認識が、あるのかどうか怪しいものだった。
「あのさ、おじさん。人は死んだら、おとなもこどももないよ」
「おまえねえ、それを言ったら身も皮もねえだろうが」
そこで少年がふと笑う。
「なんだ、なにが可笑しい」
「だって、おじさんのことわざって、まったくなってないから」
「うるせえ。とにかく行くぞ」
高木は背を向けてずんずん歩き出した。
いや、音もなく、すうっと進んでいった。
「行くって、どこへ?」
「そんなの――」
決まってるだろうと言おうとして、高木はぴたりと足を止めた。
するとなにやらきょろきょろと辺りを窺いはじめた。
そこで、いまさら気づくことでもないことに気づき、くるりとふり返った。
「ここはいったい、どこ?」
道に迷っていたことを、すっかり忘れていた高木であった。
「まったく、どこが大船なんだか」
少年は呆れ顔でため息をつくと、がっくしと肩を落としたのは言うまでもなかった。
少年は言った。
「お願い?」
高木が訊く。
「そう。最後にもう1度だけ、おかあさんに会わせてもらおうと思って……」
「そうかおまえ、自分の姿を見えるようにしてもらおうとしてるのか。おふくろさんに謝るために」
高木の眼にまたしても涙がにじむ。
「うん。言いつけを守らなかったボクを許してって。ボクはずっとおかあさんが大好きだよって……。でも、あのおじいさんは、なかなかお迎えに来てくれなくて……」
「それでおまえは、じいさんの代わりにだれかが迎えに来るんじゃないかと思って、いままでもそうしてたように、俺にも声をかけたわけなんだな。ううッ……」
ついに高木の眼からは滝の如く涙があふれだした。
涙のあまりの多さに、少年は短パンからハンカチを出すと高木に差し出した。
「それにしても、ひどいじいさんだな。おまえには天国へ行く準備ができてるっていうのに、いまだに迎えに来ねえなんてよ」
受け取ったハンカチで涙を拭いつつ、高木は力いっぱい鼻をかんだ。
「ボクもそう思ったけど、しかたないよ」
「しかたないですむことじゃねえだろう。このままほったらかしにしてたら、おまえのおふくろやおやじのほうが先に天国へ行っちまうじゃねえかよ」
言ってしまってから高木は、失言だったことに気づいた。
「あ、すまん。ちょっと勢いで言ったただけで、その、悪気はないんだ」
「ううん、平気だよ。おじさんの言うとおりさ。このままだと、きっとそうなるよね」
平気と言いながら、少年はがっくりと打ち沈んでしまった。
「康太郎、そんなに気を落とすな。こうなったら俺も男だ。おまえの力になるぜ」
高木はどんと胸を張った。
少年はかしげた首を上げて見上げた。
「ほんと?」
「あァ。おまえの事情を聞いちまったからには、もう乗っちまった船だからな。これも縁ってやつさ」
「でも、どうするの?」
と訊かれても、まったくもっていい案など浮かばない。
「まァ、なんだ。待てど暮らせどそのじいさんが来ないなら、こっちから捜し出せばいいじゃねえか」
苦し紛れに高木は言った。
「捜すって、どうやって?」
またも難問である。
いや、難問どころではない。
天の使いを捜すことなどできるはずもない。
「それはほら、成せばなる、あとは野となれ山となれ、だよ」
これまた苦し紛れであった。
「なんなの、それ。なんだか頼りないな」
「そんなことはねえよ。おまえは大船に乗ったつもりでいればいいんだ」
その自信はどこからくるのか。
「でも、おじさん。おじさんの気持ちはうれしいけど、ボク、やっぱりここで待つことにするよ」
「なに言ってんだ。こどものおまえを、こんなところにほったらかしておくわけにはいかねえよ。俺には大人としての責任ってものがあるんだ」
その大人の責任という認識が、あるのかどうか怪しいものだった。
「あのさ、おじさん。人は死んだら、おとなもこどももないよ」
「おまえねえ、それを言ったら身も皮もねえだろうが」
そこで少年がふと笑う。
「なんだ、なにが可笑しい」
「だって、おじさんのことわざって、まったくなってないから」
「うるせえ。とにかく行くぞ」
高木は背を向けてずんずん歩き出した。
いや、音もなく、すうっと進んでいった。
「行くって、どこへ?」
「そんなの――」
決まってるだろうと言おうとして、高木はぴたりと足を止めた。
するとなにやらきょろきょろと辺りを窺いはじめた。
そこで、いまさら気づくことでもないことに気づき、くるりとふり返った。
「ここはいったい、どこ?」
道に迷っていたことを、すっかり忘れていた高木であった。
「まったく、どこが大船なんだか」
少年は呆れ顔でため息をつくと、がっくしと肩を落としたのは言うまでもなかった。
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