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【第44話】
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「ボクはここにいるよ、みんな気づいてよ」
ボクは、なんどそう叫んだかわからない。
だけど、だれもボクに気づいてはくれなかった。
ものすごく寂しくて哀しくて、どうしようもなかった。
そんなとき、ボクのことを見つめている人がいることに気がついたんだ。
ボクが眼を向けると、その人はやさしい笑顔を浮かべて近づいてきた。
その人は、ボクの知らないおじいさんだった。
そこにいる人たちは、みんな黒い服装をしているのに、そのおじいさんだけは真っ白な服を着てた。
「やあ、康太郎くん」
おじいさんはボクのことを知っているらしかった。
ボクはほんとに、そのおじさんのことを知らないんだけど、なんだかすごく安心したんだ。
だからボクは訊いた。
「おじいさんは、だれ? 神様なの?」
って。
するとおじいさんは笑顔のまま首をふって、
「違うよ。私は神様にたのまれて、君を迎えにきたんだ」
そう言ったんだ。
「ボクを迎えに?」
「あァ。君を天国に連れていくためにね。だから、なにも心配しなくてもいいんだよ。さあ」
そう言っておじいさんは、手を差し伸べてきた。
ボクはその手に自分の手を差し出そうとして、でも途中で引っこめてしまったんだ。
「どうしたんだい?」
おじいさんは怒ったりせずに、やさしくそう訊いてきた。
だからボクは、ウソをついちゃいけないと思って、
「ボク、天国には行けないよ」
そう答えたんだ。
だって、そのときボクは、ほんとうにそう思っていたから。
するとおじいさんは、
「おや、それは困った」
ほんとに困った顔をしてた。
「そうかい、君は天国へは行きたくないのか。それはしかたがないな。でも、もしよかったら、どうして天国に行きたくないのか、そのわけを教えてくれるかい?」
「うん……」
ボクはそこで少し考えたけど、やっぱり正直に話したほうがいいと思った。
だからボクは言ったんだ。
僕が死んで悲しんでるおかあさんをおいて、天国へは行けないって。
そうしたら、
「君の気持ちはよくわかるよ。君が言うように、おかあさんは君を喪って、いまはとっても悲しんでる。でもね、康太郎くん。君がこのままおかあさんのそばにいたら、おかあさんはいつまでも悲しい想いをしなければならないんだよ。君はそれでもいいのかい?」
おじいさんは屈みこんで、ボクの眼をまっすぐに見てそう言ったんだ。
ボクはその意味がよくわからなかった。
「ボクがおかあさんのそばにいたら、どうしておかあさんはずっと哀しい想いをするの?」
だからそう訊いた。
「それはね、君が天国に行って幸せに暮らせることを、おかあさんが望んでいるからさ。だから君がこのままでいたら、おかあさんは悲しいばかりなんだよ。だからね、康太郎くん。おかあさんが大好きで大切に想うなら、おかあさんを苦しみから解放してあげなければならない。それには、君が天国へ行くのがいちばんなんだ」
そんなこと言われてもボクにわからない。
だからボクは考えた。
もしかすると、このおじいさんは、ボクを天国に早く連れていきたいから、こんなことを言っているんじゃないかって。
そしてもっとよく考えてみた。
ボクはそのおじいさんのことを知らないわけだから、ほんとうに神様にたのまれてボクを迎えにきたのかはわからないって。
もしそうだったら信用はできないし、もしかしたら、そのおじいさんは死神っていうやつで、ボクの魂を奪いにきたのかもしれないしね。
それともうひとつ。
ボクはおかあさんに、「知らない人にはついていっちゃだめよ」って言われていたし。
それでボクは言ったよ。
おじいさんが、ほんとうに神様にたのまれてボクを迎えにきたんだったら、証拠を見せてって。
おじいさんはまた困った顔をして、
「証拠といってもね……。いやはや、これはまた困った。なるほど。君は私を信用していないんだね。そうか、君はとても賢い。君の考えは正しいよ。知らない人をかんたんに信じちゃいけないからね。だったら、いい方法を考えたんだけど、聞いてくれるかい?」
そう言ったんだ。ボクはそれにうなずいた。
「よし、じゃあいいかい。いい方法というのはね、君自身が、おかあさんのそばから離れてもいいと思えるようになって、天国へ行ってもいいって気持ちになったら、また迎えに来ようと思うんだ。どうかな?」
ボクがそれにもうなずくと、おじいさんは笑顔にもどって、
「いい子だね、君は。それじゃ、また来るとするよ」
ボクに背を向けると、すっと消えちゃったんだ。
「――するとおまえ、お迎えがきたってのに、自分からそれを断ったってわけか」
少年のこれまでの経緯を、初めのうちは号泣の中で聞いていた高木であったが、最後はただ唖然としていた。
ボクは、なんどそう叫んだかわからない。
だけど、だれもボクに気づいてはくれなかった。
ものすごく寂しくて哀しくて、どうしようもなかった。
そんなとき、ボクのことを見つめている人がいることに気がついたんだ。
ボクが眼を向けると、その人はやさしい笑顔を浮かべて近づいてきた。
その人は、ボクの知らないおじいさんだった。
そこにいる人たちは、みんな黒い服装をしているのに、そのおじいさんだけは真っ白な服を着てた。
「やあ、康太郎くん」
おじいさんはボクのことを知っているらしかった。
ボクはほんとに、そのおじさんのことを知らないんだけど、なんだかすごく安心したんだ。
だからボクは訊いた。
「おじいさんは、だれ? 神様なの?」
って。
するとおじいさんは笑顔のまま首をふって、
「違うよ。私は神様にたのまれて、君を迎えにきたんだ」
そう言ったんだ。
「ボクを迎えに?」
「あァ。君を天国に連れていくためにね。だから、なにも心配しなくてもいいんだよ。さあ」
そう言っておじいさんは、手を差し伸べてきた。
ボクはその手に自分の手を差し出そうとして、でも途中で引っこめてしまったんだ。
「どうしたんだい?」
おじいさんは怒ったりせずに、やさしくそう訊いてきた。
だからボクは、ウソをついちゃいけないと思って、
「ボク、天国には行けないよ」
そう答えたんだ。
だって、そのときボクは、ほんとうにそう思っていたから。
するとおじいさんは、
「おや、それは困った」
ほんとに困った顔をしてた。
「そうかい、君は天国へは行きたくないのか。それはしかたがないな。でも、もしよかったら、どうして天国に行きたくないのか、そのわけを教えてくれるかい?」
「うん……」
ボクはそこで少し考えたけど、やっぱり正直に話したほうがいいと思った。
だからボクは言ったんだ。
僕が死んで悲しんでるおかあさんをおいて、天国へは行けないって。
そうしたら、
「君の気持ちはよくわかるよ。君が言うように、おかあさんは君を喪って、いまはとっても悲しんでる。でもね、康太郎くん。君がこのままおかあさんのそばにいたら、おかあさんはいつまでも悲しい想いをしなければならないんだよ。君はそれでもいいのかい?」
おじいさんは屈みこんで、ボクの眼をまっすぐに見てそう言ったんだ。
ボクはその意味がよくわからなかった。
「ボクがおかあさんのそばにいたら、どうしておかあさんはずっと哀しい想いをするの?」
だからそう訊いた。
「それはね、君が天国に行って幸せに暮らせることを、おかあさんが望んでいるからさ。だから君がこのままでいたら、おかあさんは悲しいばかりなんだよ。だからね、康太郎くん。おかあさんが大好きで大切に想うなら、おかあさんを苦しみから解放してあげなければならない。それには、君が天国へ行くのがいちばんなんだ」
そんなこと言われてもボクにわからない。
だからボクは考えた。
もしかすると、このおじいさんは、ボクを天国に早く連れていきたいから、こんなことを言っているんじゃないかって。
そしてもっとよく考えてみた。
ボクはそのおじいさんのことを知らないわけだから、ほんとうに神様にたのまれてボクを迎えにきたのかはわからないって。
もしそうだったら信用はできないし、もしかしたら、そのおじいさんは死神っていうやつで、ボクの魂を奪いにきたのかもしれないしね。
それともうひとつ。
ボクはおかあさんに、「知らない人にはついていっちゃだめよ」って言われていたし。
それでボクは言ったよ。
おじいさんが、ほんとうに神様にたのまれてボクを迎えにきたんだったら、証拠を見せてって。
おじいさんはまた困った顔をして、
「証拠といってもね……。いやはや、これはまた困った。なるほど。君は私を信用していないんだね。そうか、君はとても賢い。君の考えは正しいよ。知らない人をかんたんに信じちゃいけないからね。だったら、いい方法を考えたんだけど、聞いてくれるかい?」
そう言ったんだ。ボクはそれにうなずいた。
「よし、じゃあいいかい。いい方法というのはね、君自身が、おかあさんのそばから離れてもいいと思えるようになって、天国へ行ってもいいって気持ちになったら、また迎えに来ようと思うんだ。どうかな?」
ボクがそれにもうなずくと、おじいさんは笑顔にもどって、
「いい子だね、君は。それじゃ、また来るとするよ」
ボクに背を向けると、すっと消えちゃったんだ。
「――するとおまえ、お迎えがきたってのに、自分からそれを断ったってわけか」
少年のこれまでの経緯を、初めのうちは号泣の中で聞いていた高木であったが、最後はただ唖然としていた。
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