上 下
41 / 84

【第41話】

しおりを挟む
「ごめんなさい」

 胸の中でふいに少年が言った。
 高木は驚いて、抱きしめる腕の力を弱めた。
 一瞬、ゆかりへの謝罪の想いを、少年が代わりに言葉へとつないだかのように思えた。

「どうして謝ったりするんだい?」

 少年は心が読めるのだろうか。

「だってボク、おじさんが会いにきたゆかりちゃんって子のこと知らないから」
「そんなこと。君が知らないからって、君が悪いわけじゃないよ。だから謝る必要はないんだ」

 それに少年は胸の中でうなずく。

「おじさん、もう少しこのままでいていいかな」
「あァ、いいよ」

 少年は高木の腰にそっと腕を回した。
 すると、少年の肩が小さく震え始めた。
 少年は声を押し殺して泣いていた。
 いままでずっと、涙をこらえていたのだろうか。
 いや、どうしようもない孤独と寂しさに、独り泣きつづけたことは少なくなかっただろう。 
 きっと、ずっとずっと大きな温もりに包みこまれることを待ち望んでいたのだ。
 この小さな身体で、ときには生まれ育った我が家へと漂いゆき、呼べど叫べど答えてくれない父母の姿を、寂しさの中で眺めたことだろう。
 そしてまた、住宅地を彷徨っては、自分とおなじ死者の姿をみとめると、お迎えの人だろうかと声をかけていたにちがいない。
 この少年はいったいどれほどの日々、この世を彷徨いつづけているのだろうか。
 この少年に、いったいどんな罪があるというのだろうか。
 それを思うと、なにやら熱く滾った塊のような憤りが、高木の中にこみ上げてきた。
 神か仏かは知らないが、こんな幼くいたいけな少年の命を奪っただけでなく、天国へ迎え入れもせずにこの世を彷徨わせているのはどういうことか。
 罪などあろうはずもなく死を迎えた少年なのだ。何よりも真っ先に、天の使いをよこすべきではないのか。
 不安や恐れも、哀しみや寂しさも、この少年からすべて取り払って、眩いばかりの光に包みこみ、天国へといざなうことが神や仏の役目というものではないのか。

 なにが神だ、なにが仏だ、こんちきしょう! 
 こんなこどもをこの世に彷徨わせて、なにが楽しいってんだ……。
 この子は自分の死をしっかりと受けとめているっていうのに、このままほったらかしにするつもりなのか よ……。
 これじゃまるで児童虐待じゃねえか!

 高木は怒りまくった。
 その眼は赤く光り、髪は逆立ち、メデューサの蛇の如くにうねった。

「おじさん、痛いよ」

 その声に高木が我に返ると、少年は胸の中で苦しんでいた。
 少年を抱く腕に、つい力が入ってしまっていたらしい。

「あ、ごめんよ」

 あわてて高木は、少年を腕から解放した。

「大丈夫。でも、ありがと。抱きしめてくれて」

 少年は高木の胸から離れると、にこりと笑顔を浮かべた。
 そのとき、高木はふと、ある違和感を覚えた。
 それは少年を最初に見たときにも感じたことだ。
 その少年には、どこか時代のずれたところを感じるのだ。
 たとえるならば、セピア色したモノクロ写真のような、一種のノスタルジックを全身に漂わせている。
 名門小学校の生徒を思わせるその服装も、よく観察してみれば時代のちがいが見てとれる。

「康太郎くん。またひとつ訊いてもいいかな」

 高木はまさかと思いつつも、確かめずにはいられなかった。
 少年はこくりとうなずく。

「君は平成何年に生まれたんだい?」

 その問いに少年は、わずかに沈黙したあとで、

「おじさんて、変わった人だね。死んでるボクの齢を訊くのも変なのに、生まれた年まで訊くなんて」

 そう答えた。

「いや、その、なんていうか。ごめん」

 死んだ者に生まれた年を訊くなど禁句というものだろう。

「訊ねておいて謝るなんておかしいよ。自分が口にしたことには責任を持たなくちゃ」
「確かにそうだね。君の言うとおりだ。ハハハ」

 聡明な少年の前では、高木は笑ってごまかすしかなかった。

「でも、知りたいなら教えてあげる。ボクが生まれたのは平成じゃなくて、昭和4X年だよ」
「な……」

 高木は言葉を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました

五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」 あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて 絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。 あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには 「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!? 江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、 あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との ちょっとほっこりするハートフルストーリー。

奇怪な街にアリアX

結局は俗物( ◠‿◠ )
キャラ文芸
研究者・白兎によって生み出された半人造人間・アレイドと、3人の下僕を連れた鬼一族に嫁いだ女・彼岸が殺伐とした都市オウルシティで依頼人や復讐のためにあれこれする話。 章構成があまり定まってない。 暴力・流血・触法表現。  不定期更新。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

処理中です...