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【第41話】
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「ごめんなさい」
胸の中でふいに少年が言った。
高木は驚いて、抱きしめる腕の力を弱めた。
一瞬、ゆかりへの謝罪の想いを、少年が代わりに言葉へとつないだかのように思えた。
「どうして謝ったりするんだい?」
少年は心が読めるのだろうか。
「だってボク、おじさんが会いにきたゆかりちゃんって子のこと知らないから」
「そんなこと。君が知らないからって、君が悪いわけじゃないよ。だから謝る必要はないんだ」
それに少年は胸の中でうなずく。
「おじさん、もう少しこのままでいていいかな」
「あァ、いいよ」
少年は高木の腰にそっと腕を回した。
すると、少年の肩が小さく震え始めた。
少年は声を押し殺して泣いていた。
いままでずっと、涙をこらえていたのだろうか。
いや、どうしようもない孤独と寂しさに、独り泣きつづけたことは少なくなかっただろう。
きっと、ずっとずっと大きな温もりに包みこまれることを待ち望んでいたのだ。
この小さな身体で、ときには生まれ育った我が家へと漂いゆき、呼べど叫べど答えてくれない父母の姿を、寂しさの中で眺めたことだろう。
そしてまた、住宅地を彷徨っては、自分とおなじ死者の姿をみとめると、お迎えの人だろうかと声をかけていたにちがいない。
この少年はいったいどれほどの日々、この世を彷徨いつづけているのだろうか。
この少年に、いったいどんな罪があるというのだろうか。
それを思うと、なにやら熱く滾った塊のような憤りが、高木の中にこみ上げてきた。
神か仏かは知らないが、こんな幼くいたいけな少年の命を奪っただけでなく、天国へ迎え入れもせずにこの世を彷徨わせているのはどういうことか。
罪などあろうはずもなく死を迎えた少年なのだ。何よりも真っ先に、天の使いをよこすべきではないのか。
不安や恐れも、哀しみや寂しさも、この少年からすべて取り払って、眩いばかりの光に包みこみ、天国へといざなうことが神や仏の役目というものではないのか。
なにが神だ、なにが仏だ、こんちきしょう!
こんなこどもをこの世に彷徨わせて、なにが楽しいってんだ……。
この子は自分の死をしっかりと受けとめているっていうのに、このままほったらかしにするつもりなのか よ……。
これじゃまるで児童虐待じゃねえか!
高木は怒りまくった。
その眼は赤く光り、髪は逆立ち、メデューサの蛇の如くにうねった。
「おじさん、痛いよ」
その声に高木が我に返ると、少年は胸の中で苦しんでいた。
少年を抱く腕に、つい力が入ってしまっていたらしい。
「あ、ごめんよ」
あわてて高木は、少年を腕から解放した。
「大丈夫。でも、ありがと。抱きしめてくれて」
少年は高木の胸から離れると、にこりと笑顔を浮かべた。
そのとき、高木はふと、ある違和感を覚えた。
それは少年を最初に見たときにも感じたことだ。
その少年には、どこか時代のずれたところを感じるのだ。
たとえるならば、セピア色したモノクロ写真のような、一種のノスタルジックを全身に漂わせている。
名門小学校の生徒を思わせるその服装も、よく観察してみれば時代のちがいが見てとれる。
「康太郎くん。またひとつ訊いてもいいかな」
高木はまさかと思いつつも、確かめずにはいられなかった。
少年はこくりとうなずく。
「君は平成何年に生まれたんだい?」
その問いに少年は、わずかに沈黙したあとで、
「おじさんて、変わった人だね。死んでるボクの齢を訊くのも変なのに、生まれた年まで訊くなんて」
そう答えた。
「いや、その、なんていうか。ごめん」
死んだ者に生まれた年を訊くなど禁句というものだろう。
「訊ねておいて謝るなんておかしいよ。自分が口にしたことには責任を持たなくちゃ」
「確かにそうだね。君の言うとおりだ。ハハハ」
聡明な少年の前では、高木は笑ってごまかすしかなかった。
「でも、知りたいなら教えてあげる。ボクが生まれたのは平成じゃなくて、昭和4X年だよ」
「な……」
高木は言葉を失った。
胸の中でふいに少年が言った。
高木は驚いて、抱きしめる腕の力を弱めた。
一瞬、ゆかりへの謝罪の想いを、少年が代わりに言葉へとつないだかのように思えた。
「どうして謝ったりするんだい?」
少年は心が読めるのだろうか。
「だってボク、おじさんが会いにきたゆかりちゃんって子のこと知らないから」
「そんなこと。君が知らないからって、君が悪いわけじゃないよ。だから謝る必要はないんだ」
それに少年は胸の中でうなずく。
「おじさん、もう少しこのままでいていいかな」
「あァ、いいよ」
少年は高木の腰にそっと腕を回した。
すると、少年の肩が小さく震え始めた。
少年は声を押し殺して泣いていた。
いままでずっと、涙をこらえていたのだろうか。
いや、どうしようもない孤独と寂しさに、独り泣きつづけたことは少なくなかっただろう。
きっと、ずっとずっと大きな温もりに包みこまれることを待ち望んでいたのだ。
この小さな身体で、ときには生まれ育った我が家へと漂いゆき、呼べど叫べど答えてくれない父母の姿を、寂しさの中で眺めたことだろう。
そしてまた、住宅地を彷徨っては、自分とおなじ死者の姿をみとめると、お迎えの人だろうかと声をかけていたにちがいない。
この少年はいったいどれほどの日々、この世を彷徨いつづけているのだろうか。
この少年に、いったいどんな罪があるというのだろうか。
それを思うと、なにやら熱く滾った塊のような憤りが、高木の中にこみ上げてきた。
神か仏かは知らないが、こんな幼くいたいけな少年の命を奪っただけでなく、天国へ迎え入れもせずにこの世を彷徨わせているのはどういうことか。
罪などあろうはずもなく死を迎えた少年なのだ。何よりも真っ先に、天の使いをよこすべきではないのか。
不安や恐れも、哀しみや寂しさも、この少年からすべて取り払って、眩いばかりの光に包みこみ、天国へといざなうことが神や仏の役目というものではないのか。
なにが神だ、なにが仏だ、こんちきしょう!
こんなこどもをこの世に彷徨わせて、なにが楽しいってんだ……。
この子は自分の死をしっかりと受けとめているっていうのに、このままほったらかしにするつもりなのか よ……。
これじゃまるで児童虐待じゃねえか!
高木は怒りまくった。
その眼は赤く光り、髪は逆立ち、メデューサの蛇の如くにうねった。
「おじさん、痛いよ」
その声に高木が我に返ると、少年は胸の中で苦しんでいた。
少年を抱く腕に、つい力が入ってしまっていたらしい。
「あ、ごめんよ」
あわてて高木は、少年を腕から解放した。
「大丈夫。でも、ありがと。抱きしめてくれて」
少年は高木の胸から離れると、にこりと笑顔を浮かべた。
そのとき、高木はふと、ある違和感を覚えた。
それは少年を最初に見たときにも感じたことだ。
その少年には、どこか時代のずれたところを感じるのだ。
たとえるならば、セピア色したモノクロ写真のような、一種のノスタルジックを全身に漂わせている。
名門小学校の生徒を思わせるその服装も、よく観察してみれば時代のちがいが見てとれる。
「康太郎くん。またひとつ訊いてもいいかな」
高木はまさかと思いつつも、確かめずにはいられなかった。
少年はこくりとうなずく。
「君は平成何年に生まれたんだい?」
その問いに少年は、わずかに沈黙したあとで、
「おじさんて、変わった人だね。死んでるボクの齢を訊くのも変なのに、生まれた年まで訊くなんて」
そう答えた。
「いや、その、なんていうか。ごめん」
死んだ者に生まれた年を訊くなど禁句というものだろう。
「訊ねておいて謝るなんておかしいよ。自分が口にしたことには責任を持たなくちゃ」
「確かにそうだね。君の言うとおりだ。ハハハ」
聡明な少年の前では、高木は笑ってごまかすしかなかった。
「でも、知りたいなら教えてあげる。ボクが生まれたのは平成じゃなくて、昭和4X年だよ」
「な……」
高木は言葉を失った。
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