12 / 84
【第12話】
しおりを挟む
歩道橋の階段で頭を打って、それから俺はどうなったんだ?……。
高木は記憶をたどってみるが、その部分はまったくの空白だった。
というよりほんの一瞬が過ぎたとしか思えなかった。
まさか、俺……。
その思いに高木は首をふった。
いまになってやっと自分の身に起こった現状を理解し、だが、それをすぐに否定した。
ハハ、まさかだよな……。
そんな馬鹿なことが、あってたまるかよ……。
だが、どんなに否定したくても、眼の前には治療台の上に横たわる自分の姿がある。
それが何よりも現実を物語っていた。
それでもそれを、高木は受け入れられなかった。
いや、違う……。
やっぱりこれは夢だ……。
そうに決まってる……。
そう言い聞かせるしかなかった。
と、そのとき、
「人は死んでも、死んだとは思えないものですよ」
すぐ横で声がした。
「わ! なんだよ!」
高木は驚いて、身を引いた。
そこには、手をうしろで組んだ小柄な老人が立っていた。
「じいさん、驚かすなよ。寿命が縮まるじゃねえか」
「おや、これはまた可笑しなことを。あなたにはもう寿命などないのに。冗談だとしたら笑えません」
「笑わせるつもりなんてねえよ。そんなことよりじいさん、あんただれだよ」
老人はそれに答えず、眼の前の光景を眺めている。
白髪で、額や目尻に深いしわが刻まれたその容貌をみると、80歳はゆうに越えているだろう。
「あ、そうか、わかった。じいさん、あんたこれから、冥途へ行くところなんだな」
それにも老人は答えない。
「なんだよ、耳が遠いのか? 人は死んでも耳が遠いのかね。ま、そんなことはどうでもいいが、俺をじいさんと一緒にしないでくれよ。俺はまだまだ死んだりはしない。百歩ゆずって、これが夢じゃないとしても、俺の心電図を見てみろよ。『ピコーン、ピコーン』と波打ってるじゃねえか。ってことは俺はまだ生きてる。どうだ、参ったか」
勝ち誇ったように高木が言うと、老人は片腕をゆっくりと上げて心電図を指で示した。
高木は改めて心電図に眼をやる。
すると、それまで弱いながらもなんとか波打っていた心電図が、「ピー」という音とともに直線となった。
「な、なな!」
高木は絶句した。
「これであなたは、正式に死んだというわけです」
老人は横目で高木を見上げた。
「って、ちょっと待て。なんだよそれ。ど、どうして、俺が死ななきゃならないんだよ。だって俺は、歩道橋の階段で足を踏み外しただけだぜ。それくらいで死ぬかよ。俺はこう見えても、悪運だけは強いんだ。16のときにバイクで事故って、アスファルトに頭を打ちつけても死ななかったし、32のときにはビルの3階から落ちても死んだりしなかった。それに犬に噛まれたときだって――あ、犬に噛まれたくらいじゃ死にはしないか。っていうか、俺は不死身の男って言われてるんだよ。その俺が、歩道橋の階段から落ちたくらいでよ――」
「死んだのですよ。階段から落ちたくらいでね」
高木が言うのをさえぎり、老人が言った。
「悪運もこれまで、ということです。というより、それが寿命というものですよ。今日あなたが死ぬことは、定められていたことなのですからね」
老人の口調は淡々としている。
「なんだよ、定められていたって。俺は納得がいかねえよ、そんなこと」
「納得しようがしまいが関係ありません。宿命(さだめ)ですから」
「だから、その宿命(さだめ)っていうのはなんだって訊いてるんだ。ちゃんと説明しろよ」
「定めは、宿命(さだめ)です。他に言いようがありません。それに、死んだことに説明などあるものですか」
「なんだよそれ。クソ、どうにも納得がいかねえ」
高木は腕を組み、口許でなにやらブツブツと言い出し、
「そうか、わかったぞ。ってことは……」
と、治療室を見回し始めた。
高木は記憶をたどってみるが、その部分はまったくの空白だった。
というよりほんの一瞬が過ぎたとしか思えなかった。
まさか、俺……。
その思いに高木は首をふった。
いまになってやっと自分の身に起こった現状を理解し、だが、それをすぐに否定した。
ハハ、まさかだよな……。
そんな馬鹿なことが、あってたまるかよ……。
だが、どんなに否定したくても、眼の前には治療台の上に横たわる自分の姿がある。
それが何よりも現実を物語っていた。
それでもそれを、高木は受け入れられなかった。
いや、違う……。
やっぱりこれは夢だ……。
そうに決まってる……。
そう言い聞かせるしかなかった。
と、そのとき、
「人は死んでも、死んだとは思えないものですよ」
すぐ横で声がした。
「わ! なんだよ!」
高木は驚いて、身を引いた。
そこには、手をうしろで組んだ小柄な老人が立っていた。
「じいさん、驚かすなよ。寿命が縮まるじゃねえか」
「おや、これはまた可笑しなことを。あなたにはもう寿命などないのに。冗談だとしたら笑えません」
「笑わせるつもりなんてねえよ。そんなことよりじいさん、あんただれだよ」
老人はそれに答えず、眼の前の光景を眺めている。
白髪で、額や目尻に深いしわが刻まれたその容貌をみると、80歳はゆうに越えているだろう。
「あ、そうか、わかった。じいさん、あんたこれから、冥途へ行くところなんだな」
それにも老人は答えない。
「なんだよ、耳が遠いのか? 人は死んでも耳が遠いのかね。ま、そんなことはどうでもいいが、俺をじいさんと一緒にしないでくれよ。俺はまだまだ死んだりはしない。百歩ゆずって、これが夢じゃないとしても、俺の心電図を見てみろよ。『ピコーン、ピコーン』と波打ってるじゃねえか。ってことは俺はまだ生きてる。どうだ、参ったか」
勝ち誇ったように高木が言うと、老人は片腕をゆっくりと上げて心電図を指で示した。
高木は改めて心電図に眼をやる。
すると、それまで弱いながらもなんとか波打っていた心電図が、「ピー」という音とともに直線となった。
「な、なな!」
高木は絶句した。
「これであなたは、正式に死んだというわけです」
老人は横目で高木を見上げた。
「って、ちょっと待て。なんだよそれ。ど、どうして、俺が死ななきゃならないんだよ。だって俺は、歩道橋の階段で足を踏み外しただけだぜ。それくらいで死ぬかよ。俺はこう見えても、悪運だけは強いんだ。16のときにバイクで事故って、アスファルトに頭を打ちつけても死ななかったし、32のときにはビルの3階から落ちても死んだりしなかった。それに犬に噛まれたときだって――あ、犬に噛まれたくらいじゃ死にはしないか。っていうか、俺は不死身の男って言われてるんだよ。その俺が、歩道橋の階段から落ちたくらいでよ――」
「死んだのですよ。階段から落ちたくらいでね」
高木が言うのをさえぎり、老人が言った。
「悪運もこれまで、ということです。というより、それが寿命というものですよ。今日あなたが死ぬことは、定められていたことなのですからね」
老人の口調は淡々としている。
「なんだよ、定められていたって。俺は納得がいかねえよ、そんなこと」
「納得しようがしまいが関係ありません。宿命(さだめ)ですから」
「だから、その宿命(さだめ)っていうのはなんだって訊いてるんだ。ちゃんと説明しろよ」
「定めは、宿命(さだめ)です。他に言いようがありません。それに、死んだことに説明などあるものですか」
「なんだよそれ。クソ、どうにも納得がいかねえ」
高木は腕を組み、口許でなにやらブツブツと言い出し、
「そうか、わかったぞ。ってことは……」
と、治療室を見回し始めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
もののけ学園 ~天狗隠しのJK~
坂本 光陽
キャラ文芸
女子高生の小津野亜湖は、幼い頃に天狗隠し(神隠し)にあったことがある。そのせいもあり、友人を含む女子高生連続失踪事件は天狗の仕業なのでは、考えていた。
そんな時、転校生,天音翔がやってきて、事態は予想もつかない急展開を見せ始める。
天音は一体、何者なのか? 天狗隠し事件の真相は? 真犯人は一体、誰なのか?
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
クレイジー・マッドは転生しない
葉咲透織
キャラ文芸
「転校先ではオタクだと馬鹿にされず、青春を送りたい!」高校生の匡は、心機一転、髪をピンクに染める。当然生活指導室送りになるが、助けてくれたのは美少女。彼女は目を輝かせて言う。
「それで、明日川くんは、どこの異世界からいらっしゃいましたの?」
と。
本気で異世界転生を信じている美少女に振り回されるスクールライフが始まる。
※ブログ、エブリスタにてすでに完結しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる