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【第12話】

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 歩道橋の階段で頭を打って、それから俺はどうなったんだ?……。

 高木は記憶をたどってみるが、その部分はまったくの空白だった。
 というよりほんの一瞬が過ぎたとしか思えなかった。
 
 まさか、俺……。

 その思いに高木は首をふった。
 いまになってやっと自分の身に起こった現状を理解し、だが、それをすぐに否定した。

 ハハ、まさかだよな……。
 そんな馬鹿なことが、あってたまるかよ……。

 だが、どんなに否定したくても、眼の前には治療台の上に横たわる自分の姿がある。
 それが何よりも現実を物語っていた。
 それでもそれを、高木は受け入れられなかった。

 いや、違う……。
 やっぱりこれは夢だ……。
 そうに決まってる……。

 そう言い聞かせるしかなかった。
 と、そのとき、

「人は死んでも、死んだとは思えないものですよ」

 すぐ横で声がした。

「わ! なんだよ!」

 高木は驚いて、身を引いた。
 そこには、手をうしろで組んだ小柄な老人が立っていた。

「じいさん、驚かすなよ。寿命が縮まるじゃねえか」
「おや、これはまた可笑しなことを。あなたにはもう寿命などないのに。冗談だとしたら笑えません」
「笑わせるつもりなんてねえよ。そんなことよりじいさん、あんただれだよ」

 老人はそれに答えず、眼の前の光景を眺めている。
 白髪で、額や目尻に深いしわが刻まれたその容貌をみると、80歳はゆうに越えているだろう。

「あ、そうか、わかった。じいさん、あんたこれから、冥途へ行くところなんだな」

 それにも老人は答えない。

「なんだよ、耳が遠いのか? 人は死んでも耳が遠いのかね。ま、そんなことはどうでもいいが、俺をじいさんと一緒にしないでくれよ。俺はまだまだ死んだりはしない。百歩ゆずって、これが夢じゃないとしても、俺の心電図を見てみろよ。『ピコーン、ピコーン』と波打ってるじゃねえか。ってことは俺はまだ生きてる。どうだ、参ったか」

 勝ち誇ったように高木が言うと、老人は片腕をゆっくりと上げて心電図を指で示した。
 高木は改めて心電図に眼をやる。
 すると、それまで弱いながらもなんとか波打っていた心電図が、「ピー」という音とともに直線となった。

「な、なな!」

 高木は絶句した。

「これであなたは、正式に死んだというわけです」

 老人は横目で高木を見上げた。

「って、ちょっと待て。なんだよそれ。ど、どうして、俺が死ななきゃならないんだよ。だって俺は、歩道橋の階段で足を踏み外しただけだぜ。それくらいで死ぬかよ。俺はこう見えても、悪運だけは強いんだ。16のときにバイクで事故って、アスファルトに頭を打ちつけても死ななかったし、32のときにはビルの3階から落ちても死んだりしなかった。それに犬に噛まれたときだって――あ、犬に噛まれたくらいじゃ死にはしないか。っていうか、俺は不死身の男って言われてるんだよ。その俺が、歩道橋の階段から落ちたくらいでよ――」
「死んだのですよ。階段から落ちたくらいでね」

 高木が言うのをさえぎり、老人が言った。

「悪運もこれまで、ということです。というより、それが寿命というものですよ。今日あなたが死ぬことは、定められていたことなのですからね」

 老人の口調は淡々としている。

「なんだよ、定められていたって。俺は納得がいかねえよ、そんなこと」
「納得しようがしまいが関係ありません。宿命(さだめ)ですから」
「だから、その宿命(さだめ)っていうのはなんだって訊いてるんだ。ちゃんと説明しろよ」
「定めは、宿命(さだめ)です。他に言いようがありません。それに、死んだことに説明などあるものですか」
「なんだよそれ。クソ、どうにも納得がいかねえ」

 高木は腕を組み、口許でなにやらブツブツと言い出し、

「そうか、わかったぞ。ってことは……」

 と、治療室を見回し始めた。
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