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チャプター【061】

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「その想いが、おまえの胸の中で根を張り、呪縛となって悪夢を見せるようになったのさ。そしてそれは、おまえの復讐心を駆り立てる源になった」

 超を見つめて隼人が言った。

「だったら、なぜ、その呪いが解けたんだ。私は、あいつを斃(たお)していないというのに」

 思わず蝶子は訊いた。

「そうだ。確かにおまえは、あの異形人を斃(たお)してはいない。だがおまえは、復讐の念をこめて、全身全霊であの異形人に向かっていった。限界を越えてまでもな。おまえはあいつと闘ったことで、自分を縛りつけていた呪いの鎖を断ち切っていたのさ。だから、もう悪夢を見ることはないだろう。――と言いたいところだが、そこのところは、俺にも自信がない。だが、家族との幸福だったころの夢を見たということは、いい兆候だって証拠だ」

 隼人はそう話すと、屈託のない笑みを浮かべた。
 その笑顔につられて、蝶子も笑みをこぼしていた。
 なんて、いい笑顔をするのだろう。
 蝶子はそう思い、炎に顔を向けた。
 汚れのない少年のようなその笑顔を眼にしただけで、心が自然に和んでしまう。
 心どころか、消耗した肉体までもが癒されいく。
 これが、この男の魅力なのだ。
 蝶子はそんなことも思い、そしてふいに、懐かしさを覚えた。
 そう、あのころも、この笑顔になんど救われたことだろうか。
 それは、アルファ・ノアで、対戦闘養成プログラムを受けていたころのことだ。
 連日つづく過酷な訓練に、蝶子は根を上げることがなんどもあった。
 そんな蝶子に、隼人はその屈託のない笑顔を浮かべて、そのたびに励ましてくれたのだった。
 あのころは、自分がどうしてこの隼人に心を開いたのかわからなかった。
 それがいま、二年ぶりに隼人と再会し、こうしてその笑顔を眼にしたことで、そのことがよくわかった。

「ありがとう」

 気づくとまた、蝶子は礼を言っていた。その蝶子に、隼人は愕いた顔を見せた。

「すごいな」
「――――」

 意味がわからず、蝶子は隼人を見つめた。

「蝶子が礼を言うなんて愕いたよ。それも、二度も」
「失礼なことを言うな。私だって、礼ぐらい言うさ」
「いや、あのころ、おまえが礼を言ったことなんてなかったじゃないか」
「そんな――」

 そんなことはない、と言いかけて、蝶子は口を噤んだ。
 思い起こせば、確かにそうだった。
 過酷な訓練に立ち向かっていく中で、なんどとなく励まされ、助言をもらいながらも、蝶子は一度として隼人に礼を言ったことがなかった。
 ただいつも、「ああ」とか「うん」程度の言葉を返すだけだった。
 だからといって、感謝していなかったわけではない。隼人の存在が、どれだけ自分を救ってくれていたのかは、じ ゅうぶんにわかっていた。
 だからこそ、隼人にだけは心を開いたのだ。
 だが、心を開いたとは言っても、蝶子の隼人に対する態度は変わることがなかった。
 わかっていながらも、感謝の気持ちを言葉にすることができなかった。
 いま思えば、自分がどれほど失礼な態度をとっていたのかがわかる。

「――すまなかった」

 蝶子は、自分の非礼を心から詫びた。
 その蝶子を、まじまじと隼人が見つめる。

「今度はなんだ。どうしてそんな顔で私を見る」

 蝶子は思わず顔を伏せた。

「感心しているのさ」
「私が、謝罪したことを言ってるのか?」
「ああ、そうだ。この二年、蝶子は過酷な中を生きてきたんだなと思ってな。やっぱりおまえは、いい女になった」
「ばか、茶化すなよ」
「茶化してなんかいない。俺は真面目に言ってるんだ」
「――――」

 蝶子はそれに答えなかった。
 再び、沈黙が落ちた。
 焚火の炎が、吹きこんでくる風に揺れる。
 その炎が、蝶子の瞳の中でも揺れている。
 と、

「私は、必ず復讐は成し遂げる」

 ふいに、蝶子が言った。

「ああ。そうだな」

 隼人は、ぽつりとそう返しただけだった。
 そこでまた沈黙が落ち、蝶子は抱えた膝に額をあずけた。
 瞼を閉じると、闇が蝶子を急速に引きずりこんでいった。
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