62 / 70
チャプター【061】
しおりを挟む
「その想いが、おまえの胸の中で根を張り、呪縛となって悪夢を見せるようになったのさ。そしてそれは、おまえの復讐心を駆り立てる源になった」
超を見つめて隼人が言った。
「だったら、なぜ、その呪いが解けたんだ。私は、あいつを斃(たお)していないというのに」
思わず蝶子は訊いた。
「そうだ。確かにおまえは、あの異形人を斃(たお)してはいない。だがおまえは、復讐の念をこめて、全身全霊であの異形人に向かっていった。限界を越えてまでもな。おまえはあいつと闘ったことで、自分を縛りつけていた呪いの鎖を断ち切っていたのさ。だから、もう悪夢を見ることはないだろう。――と言いたいところだが、そこのところは、俺にも自信がない。だが、家族との幸福だったころの夢を見たということは、いい兆候だって証拠だ」
隼人はそう話すと、屈託のない笑みを浮かべた。
その笑顔につられて、蝶子も笑みをこぼしていた。
なんて、いい笑顔をするのだろう。
蝶子はそう思い、炎に顔を向けた。
汚れのない少年のようなその笑顔を眼にしただけで、心が自然に和んでしまう。
心どころか、消耗した肉体までもが癒されいく。
これが、この男の魅力なのだ。
蝶子はそんなことも思い、そしてふいに、懐かしさを覚えた。
そう、あのころも、この笑顔になんど救われたことだろうか。
それは、アルファ・ノアで、対戦闘養成プログラムを受けていたころのことだ。
連日つづく過酷な訓練に、蝶子は根を上げることがなんどもあった。
そんな蝶子に、隼人はその屈託のない笑顔を浮かべて、そのたびに励ましてくれたのだった。
あのころは、自分がどうしてこの隼人に心を開いたのかわからなかった。
それがいま、二年ぶりに隼人と再会し、こうしてその笑顔を眼にしたことで、そのことがよくわかった。
「ありがとう」
気づくとまた、蝶子は礼を言っていた。その蝶子に、隼人は愕いた顔を見せた。
「すごいな」
「――――」
意味がわからず、蝶子は隼人を見つめた。
「蝶子が礼を言うなんて愕いたよ。それも、二度も」
「失礼なことを言うな。私だって、礼ぐらい言うさ」
「いや、あのころ、おまえが礼を言ったことなんてなかったじゃないか」
「そんな――」
そんなことはない、と言いかけて、蝶子は口を噤んだ。
思い起こせば、確かにそうだった。
過酷な訓練に立ち向かっていく中で、なんどとなく励まされ、助言をもらいながらも、蝶子は一度として隼人に礼を言ったことがなかった。
ただいつも、「ああ」とか「うん」程度の言葉を返すだけだった。
だからといって、感謝していなかったわけではない。隼人の存在が、どれだけ自分を救ってくれていたのかは、じ ゅうぶんにわかっていた。
だからこそ、隼人にだけは心を開いたのだ。
だが、心を開いたとは言っても、蝶子の隼人に対する態度は変わることがなかった。
わかっていながらも、感謝の気持ちを言葉にすることができなかった。
いま思えば、自分がどれほど失礼な態度をとっていたのかがわかる。
「――すまなかった」
蝶子は、自分の非礼を心から詫びた。
その蝶子を、まじまじと隼人が見つめる。
「今度はなんだ。どうしてそんな顔で私を見る」
蝶子は思わず顔を伏せた。
「感心しているのさ」
「私が、謝罪したことを言ってるのか?」
「ああ、そうだ。この二年、蝶子は過酷な中を生きてきたんだなと思ってな。やっぱりおまえは、いい女になった」
「ばか、茶化すなよ」
「茶化してなんかいない。俺は真面目に言ってるんだ」
「――――」
蝶子はそれに答えなかった。
再び、沈黙が落ちた。
焚火の炎が、吹きこんでくる風に揺れる。
その炎が、蝶子の瞳の中でも揺れている。
と、
「私は、必ず復讐は成し遂げる」
ふいに、蝶子が言った。
「ああ。そうだな」
隼人は、ぽつりとそう返しただけだった。
そこでまた沈黙が落ち、蝶子は抱えた膝に額をあずけた。
瞼を閉じると、闇が蝶子を急速に引きずりこんでいった。
超を見つめて隼人が言った。
「だったら、なぜ、その呪いが解けたんだ。私は、あいつを斃(たお)していないというのに」
思わず蝶子は訊いた。
「そうだ。確かにおまえは、あの異形人を斃(たお)してはいない。だがおまえは、復讐の念をこめて、全身全霊であの異形人に向かっていった。限界を越えてまでもな。おまえはあいつと闘ったことで、自分を縛りつけていた呪いの鎖を断ち切っていたのさ。だから、もう悪夢を見ることはないだろう。――と言いたいところだが、そこのところは、俺にも自信がない。だが、家族との幸福だったころの夢を見たということは、いい兆候だって証拠だ」
隼人はそう話すと、屈託のない笑みを浮かべた。
その笑顔につられて、蝶子も笑みをこぼしていた。
なんて、いい笑顔をするのだろう。
蝶子はそう思い、炎に顔を向けた。
汚れのない少年のようなその笑顔を眼にしただけで、心が自然に和んでしまう。
心どころか、消耗した肉体までもが癒されいく。
これが、この男の魅力なのだ。
蝶子はそんなことも思い、そしてふいに、懐かしさを覚えた。
そう、あのころも、この笑顔になんど救われたことだろうか。
それは、アルファ・ノアで、対戦闘養成プログラムを受けていたころのことだ。
連日つづく過酷な訓練に、蝶子は根を上げることがなんどもあった。
そんな蝶子に、隼人はその屈託のない笑顔を浮かべて、そのたびに励ましてくれたのだった。
あのころは、自分がどうしてこの隼人に心を開いたのかわからなかった。
それがいま、二年ぶりに隼人と再会し、こうしてその笑顔を眼にしたことで、そのことがよくわかった。
「ありがとう」
気づくとまた、蝶子は礼を言っていた。その蝶子に、隼人は愕いた顔を見せた。
「すごいな」
「――――」
意味がわからず、蝶子は隼人を見つめた。
「蝶子が礼を言うなんて愕いたよ。それも、二度も」
「失礼なことを言うな。私だって、礼ぐらい言うさ」
「いや、あのころ、おまえが礼を言ったことなんてなかったじゃないか」
「そんな――」
そんなことはない、と言いかけて、蝶子は口を噤んだ。
思い起こせば、確かにそうだった。
過酷な訓練に立ち向かっていく中で、なんどとなく励まされ、助言をもらいながらも、蝶子は一度として隼人に礼を言ったことがなかった。
ただいつも、「ああ」とか「うん」程度の言葉を返すだけだった。
だからといって、感謝していなかったわけではない。隼人の存在が、どれだけ自分を救ってくれていたのかは、じ ゅうぶんにわかっていた。
だからこそ、隼人にだけは心を開いたのだ。
だが、心を開いたとは言っても、蝶子の隼人に対する態度は変わることがなかった。
わかっていながらも、感謝の気持ちを言葉にすることができなかった。
いま思えば、自分がどれほど失礼な態度をとっていたのかがわかる。
「――すまなかった」
蝶子は、自分の非礼を心から詫びた。
その蝶子を、まじまじと隼人が見つめる。
「今度はなんだ。どうしてそんな顔で私を見る」
蝶子は思わず顔を伏せた。
「感心しているのさ」
「私が、謝罪したことを言ってるのか?」
「ああ、そうだ。この二年、蝶子は過酷な中を生きてきたんだなと思ってな。やっぱりおまえは、いい女になった」
「ばか、茶化すなよ」
「茶化してなんかいない。俺は真面目に言ってるんだ」
「――――」
蝶子はそれに答えなかった。
再び、沈黙が落ちた。
焚火の炎が、吹きこんでくる風に揺れる。
その炎が、蝶子の瞳の中でも揺れている。
と、
「私は、必ず復讐は成し遂げる」
ふいに、蝶子が言った。
「ああ。そうだな」
隼人は、ぽつりとそう返しただけだった。
そこでまた沈黙が落ち、蝶子は抱えた膝に額をあずけた。
瞼を閉じると、闇が蝶子を急速に引きずりこんでいった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
グラディア(旧作)
壱元
SF
ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。
恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも…
※本作は連載終了しました。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる