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チャプター【043】

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 荒涼とした世界。
 黒雲がその世界を閉ざしている。
 地上は薄闇に呑みこまれ、頭上高くに風が咆哮している。
 そんな中に、それは、空を被った黒雲を貫かんとしているかのように聳(そびえ)え立っている。
 高さ666メートルを誇る巨塔、スカイ・ポール・タワー。
 世界一高いと言われた自立式電波塔であり、あの大震災でほとんどの建造物が崩壊する中、唯一耐え抜いたタワーだ。
 その聳え立つタワーを、蝶子は見上げている。
 強風がコートの裾を翻し、だが、その風を物ともせずに蝶子は立ちつくしている。
 時おり閃く雷光が、蝶子の姿を浮かび上がらせていた。
 ようやく、ここまでたどり着いた。
 蝶子は、そんな思いだった。
 ここに来るまで、2年の月日が流れている。
 これまで、多くの異形人と先祖返りを駆除してきた。
 それもこれも、妹の命を奪った、あの犬の異形人を捜し出すためものだった。
 復讐を果たすための旅だったとも言える。
 そしてついに、その旅も終わる。
 いま、犬の異形人のいるこの場所に立ったのだから。
 タワーを見上げる蝶子の眼が険しい。
 その瞳は、すでに蒼白き光を帯びていた。
 見上げる先に、展望台が見える。
 その展望台には、第1、第2、第3の展望台があった。
 その第3展望台の中から、淡い灯りがこぼれている。
 
 そこか!――
 
 蝶子は拳を握りしめた。
 犬の異形人がそこにいると確信したとたんに、それまでにない怒りが身体の奥底からこみ上げた。
 それは螺旋を描いて湧き上がり、全身へと広がっていく。
 身体中の血が滾り、ふつふつと沸騰するのかのようだった。

「ついに見つけたぞ。犬男!」

 蝶子はそう吐き棄てると、足を一歩踏み出した。
 と、そのときだった。
 蝶子の後方から、天空を飛来してくるものがあった。
 それは、真っ直ぐにタワーへ飛んでいくと、灯りのこぼれている展望台の周囲を旋回しはじめた。
 鳥――いや、鳥にしては大きすぎる。
 この薄闇の中、かなり上空を飛んでいるために、その全貌は明らかではないが、その大きさからすれば翼竜に違い なかった。

  キィエッ!

 翼竜は、奇声のような啼き声をあげると、第3展望台を2、3度旋回し、その頭上部へと下り立った。
 蝶子は視線を正面へと移し、地を蹴った。
 走る。
 瓦礫やコンクリートの塊の上を跳び越えていき、タワーの真下に立った。
 そこから見上げるタワーは、天を貫く巨大な鉄の柱だった。
 そのタワーの心柱の内部には避難階段があり、展望台へとつづいている。
 だが蝶子は、躊躇することなく、タワーを包むように組まれた鉄骨を登りはじめた。
 傾斜のある太く丸い鉄骨を、蹴りながら上へと向かう。
 常人離れした蝶子の筋力がなければ、とても真似のできない芸当だった。
 とはいえ、第1展望台までは高さ400メートルはある。
 その高さを、並外れた筋力があるとはいえ、果たして登り切れるものだろうか。
 しかし、蝶子は重力などものともせずに、まるで宙を舞うかのごとく遥か上方へと向かっていく。
 100メートル、200メートル、そして300メートルを越えようとしたそのとき、突如として突風が襲った。
 蝶子がバランスを崩した。
 その高さから落下したなら、たとえ蝶子であってもひとたまりもない。
 そう思った瞬間、蝶子が足を踏み外した。
 身体が宙に投げ出される。思わず蝶子は、踏み外した鉄骨に右手を伸ばす。
 だが、鉄骨が太いために、掴むことができずに手が滑る。
 蝶子の身体が落下していく。
 しかし、蝶子の身体は宙に止まっていた。
 宙に浮いているのか。
 いや、そうではない。
 蝶子の身体は、鉄骨に右腕を伸ばし、ぶら下がった状態になっていた。
 いったい、どういうことなのか。鉄骨を摑むことは、できなかったはずである。 
 その手許を見てみると、蝶子は鉄骨を掴んでいるわけではなかった。
 右手が、蒼白き光を帯びている。
 その右手が磁気を発生させ、その磁力で鉄骨に吸着しているのだった。
 蝶子は身体を翻し、鉄骨の上に立った。
 ひとつ息を吐く。

「危なかった。さすがに、この高さを登るのは骨が折れるね」

 そう言ったときにはもうすでに、蝶子は鉄骨を蹴って上へと向かっていた。
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