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チャプター【029】
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蝶子はもとの部屋にもどされ、その日の夜になった。
部屋の灯りは落とされている。
それでも、青い夜間灯が灯されているため、室内は淡いブルーに染まっている。
夜間灯は、朝まで消えることはない。
監視を怠らないためだ。
蝶子は常に監視されているのだった。
ベッドの中で蝶子は、ブルーがかった天井を見つめていた。
眠ることができなかった。
明日には決断しなければならない。
生か死か、を。
それはまさに、究極の選択だった。
その選択を避けたとしても、待っているのは死だった。
けれど、と蝶子は思う。
それでいい、と。
死への恐怖は微塵も感じず、むしろ生きることに執着することのほうが恐い気がした。
だから蝶子は、選択をするつもりなどなかった。
ただ静かに死を待てばいい。
そう考えていた。
なのになぜか、心の奥底で、ほんとうにそれでいいの?
と囁きかけるもうひとりの自分がいた。
(生きることに、何の意味があるというのよ……)
蝶子は、もうひとりの自分に言い返した。
だが、
ほんとうにそれでいいの?――
もうひとりの自分は、そう問うばかりだった。
それは本能の声なのだろうか。
植草たち科学者が駆けつけてきたあのときのように、本能ではやはり、まだ生きることを望んでいるのだろうか。
なぜ?
そう思ったとき、胸の裡で、ふつふつと沸騰する何かが芽生えているのを感じた。
(これは、いったいなに……)
何が自分の中で芽生えたというのか。蝶子は戸惑った。
だがすぐに、その正体を知った。
蝶子の脳裡に、自分の声とはべつの声が響いたからだ。
『妹さんの復讐を、果たしたくはない?』
聴こえてきたのは、植草の声だった。
あの部屋で、植草の言ったその言葉を聞いたとき、蝶子は胸を揺さぶるほどの昂ぶりを覚えた。
その昂ぶりは、気づかぬうちに胸の裡で復讐という種になり、それがいま芽吹いたのだ。
沸騰する何か。
その正体は復讐心だった。
蝶子は両手を広げ、手のひらと甲を交互に眺めた。
この手は、そしてこの身体は、自分のものであって自分のものではない。
サイエンス・テクノロジーによって創られた肉体。
しかし、この肉体には特殊な能力が備わっているという。
特質能力――
植草は言っていた。
特質能力が発現するとき、眼や身体の一部が燐光を帯びると。
その能力をもってすれば、あの化け物、異形人を倒すことも可能だとも。
蝶子は目醒めてからすでに二度、無意識のうちに特質能力を発現させている。
一度目はあの円筒の中で硬化ガラスに罅(ひび)を入れ、もう一度は今日、市川の言葉に憤りを覚えてスチール製 の机をへこませた。
そのどちらのときも、蝶子の手は蒼白い燐光を帯びていた。
だが、それだけでは特質能力とは言えないだろう。
きっと、もっと何かすごい力を秘めているに違いない。
それはいったい、どんなものなのだろうか。
蝶子は拳を握ってみた。
力をこめてみる。
意識を集中させる。
しばらくのあいだ意識を集中してみたが、両手が光を帯びることはなかった。
どうやらまだ、自分の意思では自由に特質能力を発現させるのは無理らしい。
しかしそれは、いまのままならばだ。
市川の言っていた、異形人や先祖返りを駆除するための対戦闘養成プログラムで一年間の訓練を積めば、自分の意 思でもその能力を発現させることができるに違いない。
あと1年待てばいいのだ。
そうすれば、妹の復讐を果たすことができる。
死を望むのは、そのあとでいい。
蝶子はベッドを出ると、ドアの横のインターフォンを押した。
内線はすぐに出た。
「どうしました?」
事務的な男の声だった。
蝶子は一度眼を閉じ、覚悟を決めると、
「いますぐ、市川さんを呼んでください」
そう言った――
部屋の灯りは落とされている。
それでも、青い夜間灯が灯されているため、室内は淡いブルーに染まっている。
夜間灯は、朝まで消えることはない。
監視を怠らないためだ。
蝶子は常に監視されているのだった。
ベッドの中で蝶子は、ブルーがかった天井を見つめていた。
眠ることができなかった。
明日には決断しなければならない。
生か死か、を。
それはまさに、究極の選択だった。
その選択を避けたとしても、待っているのは死だった。
けれど、と蝶子は思う。
それでいい、と。
死への恐怖は微塵も感じず、むしろ生きることに執着することのほうが恐い気がした。
だから蝶子は、選択をするつもりなどなかった。
ただ静かに死を待てばいい。
そう考えていた。
なのになぜか、心の奥底で、ほんとうにそれでいいの?
と囁きかけるもうひとりの自分がいた。
(生きることに、何の意味があるというのよ……)
蝶子は、もうひとりの自分に言い返した。
だが、
ほんとうにそれでいいの?――
もうひとりの自分は、そう問うばかりだった。
それは本能の声なのだろうか。
植草たち科学者が駆けつけてきたあのときのように、本能ではやはり、まだ生きることを望んでいるのだろうか。
なぜ?
そう思ったとき、胸の裡で、ふつふつと沸騰する何かが芽生えているのを感じた。
(これは、いったいなに……)
何が自分の中で芽生えたというのか。蝶子は戸惑った。
だがすぐに、その正体を知った。
蝶子の脳裡に、自分の声とはべつの声が響いたからだ。
『妹さんの復讐を、果たしたくはない?』
聴こえてきたのは、植草の声だった。
あの部屋で、植草の言ったその言葉を聞いたとき、蝶子は胸を揺さぶるほどの昂ぶりを覚えた。
その昂ぶりは、気づかぬうちに胸の裡で復讐という種になり、それがいま芽吹いたのだ。
沸騰する何か。
その正体は復讐心だった。
蝶子は両手を広げ、手のひらと甲を交互に眺めた。
この手は、そしてこの身体は、自分のものであって自分のものではない。
サイエンス・テクノロジーによって創られた肉体。
しかし、この肉体には特殊な能力が備わっているという。
特質能力――
植草は言っていた。
特質能力が発現するとき、眼や身体の一部が燐光を帯びると。
その能力をもってすれば、あの化け物、異形人を倒すことも可能だとも。
蝶子は目醒めてからすでに二度、無意識のうちに特質能力を発現させている。
一度目はあの円筒の中で硬化ガラスに罅(ひび)を入れ、もう一度は今日、市川の言葉に憤りを覚えてスチール製 の机をへこませた。
そのどちらのときも、蝶子の手は蒼白い燐光を帯びていた。
だが、それだけでは特質能力とは言えないだろう。
きっと、もっと何かすごい力を秘めているに違いない。
それはいったい、どんなものなのだろうか。
蝶子は拳を握ってみた。
力をこめてみる。
意識を集中させる。
しばらくのあいだ意識を集中してみたが、両手が光を帯びることはなかった。
どうやらまだ、自分の意思では自由に特質能力を発現させるのは無理らしい。
しかしそれは、いまのままならばだ。
市川の言っていた、異形人や先祖返りを駆除するための対戦闘養成プログラムで一年間の訓練を積めば、自分の意 思でもその能力を発現させることができるに違いない。
あと1年待てばいいのだ。
そうすれば、妹の復讐を果たすことができる。
死を望むのは、そのあとでいい。
蝶子はベッドを出ると、ドアの横のインターフォンを押した。
内線はすぐに出た。
「どうしました?」
事務的な男の声だった。
蝶子は一度眼を閉じ、覚悟を決めると、
「いますぐ、市川さんを呼んでください」
そう言った――
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