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チャプター【027】
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「私の面倒って、どういうことですか?」
蝶子は思わず訊いた。
「あなたは、別の施設に移ることになったの」
「別の施設へ?」
「ええ。あなたはもう、その身体に十分馴染んでいるわ。だから、もう次へと進むときなのよ。そのためには、まずあなたに、選択をしてもらわなければならないの」
「――――」
蝶子は黙って、植草の顔を見つめた。
その蝶子の眼を見つめ返し、
「ここは率直に言うわね――桜木さん。あなたに、この世界を救ってほしいの」
植草はそう言った。
その言葉に、蝶子は狼狽した。
「こんなこと、さすがに驚くわよね。あなたにはほんとうに、当惑させる話ばかりしてしまっているわ。でもいまは、そんなことを言ってはいられないのよ。いまやこの世界は、混沌としてしまっている。前にも話したように、外の世界はあなたの妹さんの命を奪った異形人や先祖返りが蔓延(はびこ)っているの。もうどれほどの人間が犠牲になったことかわからないわ。この現象は、全世界に起こっているのよ。だれかがそれを止めなければ、このままでは人類が滅亡してしまう恐れまであるの」
「だからって、そんな……」
世界を救うなんて大それたことが、できるわけがない。
「そうね。そんなことができるわけがないって、そう思うのも当然の反応だわ。けれど、いまのあなたには、それができる能力が備わっているの。その能力を発揮すれば、妹さんの命を奪った、あの異形人を倒すことも可能なのよ」
植草は、そこでわずかな間を置くと、
「蝶子さん。妹さんの復讐を、果たしたくはない?」
そう訊いた。
蝶子は、そう聞いたとたん、衝撃を受けたように身動きができなくなってしまった。
この私が、妹の復讐を果たす――
それは、衝撃以外の何ものでもなかった。
あの部屋で目醒めてからいままで、妹のことを考えないときはなかった。
毎夜のごとく見る悪夢に、蝶子はうなされ、脅え、それでも、妹を喰らい、命を奪ったあの犬の化け物への憎悪は日ごと募っていった。
だが、どれほど憎悪が増していこうとも、復讐をするなどという考えは想像もできなかった。
それがいま気づけば、その復讐という言葉に、蝶子の胸は昂ぶりを覚えている。
蝶子は植草から机へと視線を落とした。
身体が小刻みに震えている。
それを抑えようと、蝶子は拳を握り締めた。
「でもね、蝶子さん。それをあなたに、強制はしないわ。決めるのはあなただから。けれど、選択肢はふたつしかないの――」
そこで植草は言葉を切り、口を噤んでしまった。
そして瞼を閉じた。
話を継ぐことが辛いといった表情だった。
それを察したとでもいうように、
「その先の話は、僕が……」
植草の肩に手を置き、市川が言った。
植草はわずかに沈黙すると、すっと立ち上がり、蝶子に言葉をかけることなく部屋を出ていってしまった。
蝶子は、とつぜんのことにわけがわからず、植草の出ていったドアを見つめていた。
「気になさらなくていいですよ」
その声に顔を向けると、市川はすでに椅子に坐っていた。
つり上がった眼を細めている。
「被験者に情を移すとは、親にでもなったつもりなのでしょうか。まったく、科学者というのは……。話すのが辛くなるなら、初めから僕に任せておけばいいのですよ」
独り言のように市川は言った。
笑みを浮かべているのか、そうではないのかがわからない。
まるで、薄い笑みを浮かべた仮面を被っているかのようにさえ見える。
捉えどころのない男だった。
「さて、それでは本題に入りましょう。桜木さん――いや、蝶子さん。そう呼ばせてもらってもかまいませんか?」
市川の表情は、まったく変わらない。
だが、細いその眼だけは笑っていなかった。
蝶子は、断る理由もないのでうなずいた。
「そうですか。ならば改めて、蝶子さん。あなたには、ふたつの選択肢からひとつを選択してもらわなければなりません。まずひとつの選択肢としましては、我が組織、アルファ・ノアとの契約を交わしていただくことになります。その契約とは、これからの生涯、あなたのその肉体はアルファ・ノアの所有物になるというものです。そして、それからの1年間は、異形人及び先祖返りを駆除するための対戦闘養成プログラムに入り、訓練を積んでいただきます」
「待ってください。所有物になるって、どういうことですか」
思わず蝶子は訊いた。
「その言葉のどおり、あなたがアルファ・ノアの所有物になる。ただそれだけのことです」
「それだけのこと? そんな人権を無視したことが、許されるわけがないわ!」
蝶子は言い放った。
蝶子は思わず訊いた。
「あなたは、別の施設に移ることになったの」
「別の施設へ?」
「ええ。あなたはもう、その身体に十分馴染んでいるわ。だから、もう次へと進むときなのよ。そのためには、まずあなたに、選択をしてもらわなければならないの」
「――――」
蝶子は黙って、植草の顔を見つめた。
その蝶子の眼を見つめ返し、
「ここは率直に言うわね――桜木さん。あなたに、この世界を救ってほしいの」
植草はそう言った。
その言葉に、蝶子は狼狽した。
「こんなこと、さすがに驚くわよね。あなたにはほんとうに、当惑させる話ばかりしてしまっているわ。でもいまは、そんなことを言ってはいられないのよ。いまやこの世界は、混沌としてしまっている。前にも話したように、外の世界はあなたの妹さんの命を奪った異形人や先祖返りが蔓延(はびこ)っているの。もうどれほどの人間が犠牲になったことかわからないわ。この現象は、全世界に起こっているのよ。だれかがそれを止めなければ、このままでは人類が滅亡してしまう恐れまであるの」
「だからって、そんな……」
世界を救うなんて大それたことが、できるわけがない。
「そうね。そんなことができるわけがないって、そう思うのも当然の反応だわ。けれど、いまのあなたには、それができる能力が備わっているの。その能力を発揮すれば、妹さんの命を奪った、あの異形人を倒すことも可能なのよ」
植草は、そこでわずかな間を置くと、
「蝶子さん。妹さんの復讐を、果たしたくはない?」
そう訊いた。
蝶子は、そう聞いたとたん、衝撃を受けたように身動きができなくなってしまった。
この私が、妹の復讐を果たす――
それは、衝撃以外の何ものでもなかった。
あの部屋で目醒めてからいままで、妹のことを考えないときはなかった。
毎夜のごとく見る悪夢に、蝶子はうなされ、脅え、それでも、妹を喰らい、命を奪ったあの犬の化け物への憎悪は日ごと募っていった。
だが、どれほど憎悪が増していこうとも、復讐をするなどという考えは想像もできなかった。
それがいま気づけば、その復讐という言葉に、蝶子の胸は昂ぶりを覚えている。
蝶子は植草から机へと視線を落とした。
身体が小刻みに震えている。
それを抑えようと、蝶子は拳を握り締めた。
「でもね、蝶子さん。それをあなたに、強制はしないわ。決めるのはあなただから。けれど、選択肢はふたつしかないの――」
そこで植草は言葉を切り、口を噤んでしまった。
そして瞼を閉じた。
話を継ぐことが辛いといった表情だった。
それを察したとでもいうように、
「その先の話は、僕が……」
植草の肩に手を置き、市川が言った。
植草はわずかに沈黙すると、すっと立ち上がり、蝶子に言葉をかけることなく部屋を出ていってしまった。
蝶子は、とつぜんのことにわけがわからず、植草の出ていったドアを見つめていた。
「気になさらなくていいですよ」
その声に顔を向けると、市川はすでに椅子に坐っていた。
つり上がった眼を細めている。
「被験者に情を移すとは、親にでもなったつもりなのでしょうか。まったく、科学者というのは……。話すのが辛くなるなら、初めから僕に任せておけばいいのですよ」
独り言のように市川は言った。
笑みを浮かべているのか、そうではないのかがわからない。
まるで、薄い笑みを浮かべた仮面を被っているかのようにさえ見える。
捉えどころのない男だった。
「さて、それでは本題に入りましょう。桜木さん――いや、蝶子さん。そう呼ばせてもらってもかまいませんか?」
市川の表情は、まったく変わらない。
だが、細いその眼だけは笑っていなかった。
蝶子は、断る理由もないのでうなずいた。
「そうですか。ならば改めて、蝶子さん。あなたには、ふたつの選択肢からひとつを選択してもらわなければなりません。まずひとつの選択肢としましては、我が組織、アルファ・ノアとの契約を交わしていただくことになります。その契約とは、これからの生涯、あなたのその肉体はアルファ・ノアの所有物になるというものです。そして、それからの1年間は、異形人及び先祖返りを駆除するための対戦闘養成プログラムに入り、訓練を積んでいただきます」
「待ってください。所有物になるって、どういうことですか」
思わず蝶子は訊いた。
「その言葉のどおり、あなたがアルファ・ノアの所有物になる。ただそれだけのことです」
「それだけのこと? そんな人権を無視したことが、許されるわけがないわ!」
蝶子は言い放った。
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