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チャプター【024】
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「眼を醒ましたのね」
白衣の女性が言った。
蝶子は身体を起こそうとした。
「起き上がらなくていいわ」
女性は起き上がろうとする蝶子を手で制して、ベッドの横の心音と脳波を測定する機械に眼をやった。
モニターが動いてないことに気づく。
「あら、外してしまったらだめじゃないの」
女性はすぐに、外れたコードを蝶子の額と胸につけ、
「あなたはまだ、いまの身体に慣れていないの。だから、この点滴は、あなたに必要なのよ」
点滴の針を左腕の手首に射した。
そして胸のポケットからペンライトを取ると、蝶子の左右の眼に光をあてた。
「瞳孔が開いているし、顔色も良くないわね。やっぱり、点滴を外したせいよ。すごく頭が痛むでしょ?」
蝶子は、こくりとうなずいた。
「やっぱり。でも、これですぐに、頭痛は治まるはずよ。そうすれば気分も良くなるわ」
女性の言うとおり、頭痛はすぐに和らぎはじめた。
「私の顔、憶えているかしら」
蝶子は女性の顔を見つめ、そしてまた、こくりとうなずいた。
朧な記憶の中の女性の顔は、この女性だった。
「そう。憶えていてくれて、光栄だわ。あなた、お名前は?」
「桜木、蝶子です」
「蝶子さんね。私は植草邦子。よろしくね。どうやら、言語もしっかりしているし、いい兆候よ」
女性――植草邦子は、やさしい微笑を浮かべた。
それで蝶子は、幾分気持ちが和んで、
「あの、ここはどこですか?」
そう訊いた。
「ここは、アルファ・ノアの施設よ。あなたがいたラボとは別の場所にあるの」
「アルファ・ノア……」
「そう。桜木さんは、ノア・コーポレーションという製薬会社のこと、知っているかしら」
「はい。大きい会社だということは知っています」
「アルファ・ノアは、そのノア・コーポレーションが、サイエンス・テクノロジーの研究開発をするために発足した機関なの。まあ、機関というより研究所と言ったほうがいいかしら。けれど、あの大震災でノア・コーポレーションは崩壊してしまって、いまはこのアルファ・ノアだけが現存しているのよ。独立した組織となってね。地下500メートルにあるこの施設は、いまの世界にあって、いちばん安全な場所と言えるわ。だから、あなたはなにも心配しなくていいの」
「先生が、私を助けてくれたんですね」
「ああ、ごめんなさい。まだ言ってなかったけれど、私は医師ではないの。だから、先生とかじゃないのよ。私はね、このアルファ・ノアの科学者のひとり。それに、厳密に言えば、助けたというのも少し違うわ」
「どういうことですか?……」
「こんなことを言うのは心苦しいんだけれど、あなたは意識もしかっりしているし、どうせ話さなければならないことだから、はっきり言うわね」
そこで植草は真顔になった。
「あなたをラボに運んだときには、もうすでに心肺停止状態だったの。そのまま甦生させるのは、とても無理だったわ」
蝶子は植草から視線を外し、
「私、死んだんですか……」
瞼を閉じて、ぽつりとそう言った。
「そう。医学的に言えば、あなたは一度死んだの。でも、気を落とすことはないわ。あなたは、こうして生まれ変わったのだから。いまは生きていることを実感して。そして早く、その身体に慣れることね」
「――――」
身体に慣れるとはどういうことだろうか。
そのとき、あの幾つもの円筒の中に入っていた人間の肉体のことを、蝶子は思い出した。
まさか、私の身体は――
蝶子は半身を起こした。
白衣の女性が言った。
蝶子は身体を起こそうとした。
「起き上がらなくていいわ」
女性は起き上がろうとする蝶子を手で制して、ベッドの横の心音と脳波を測定する機械に眼をやった。
モニターが動いてないことに気づく。
「あら、外してしまったらだめじゃないの」
女性はすぐに、外れたコードを蝶子の額と胸につけ、
「あなたはまだ、いまの身体に慣れていないの。だから、この点滴は、あなたに必要なのよ」
点滴の針を左腕の手首に射した。
そして胸のポケットからペンライトを取ると、蝶子の左右の眼に光をあてた。
「瞳孔が開いているし、顔色も良くないわね。やっぱり、点滴を外したせいよ。すごく頭が痛むでしょ?」
蝶子は、こくりとうなずいた。
「やっぱり。でも、これですぐに、頭痛は治まるはずよ。そうすれば気分も良くなるわ」
女性の言うとおり、頭痛はすぐに和らぎはじめた。
「私の顔、憶えているかしら」
蝶子は女性の顔を見つめ、そしてまた、こくりとうなずいた。
朧な記憶の中の女性の顔は、この女性だった。
「そう。憶えていてくれて、光栄だわ。あなた、お名前は?」
「桜木、蝶子です」
「蝶子さんね。私は植草邦子。よろしくね。どうやら、言語もしっかりしているし、いい兆候よ」
女性――植草邦子は、やさしい微笑を浮かべた。
それで蝶子は、幾分気持ちが和んで、
「あの、ここはどこですか?」
そう訊いた。
「ここは、アルファ・ノアの施設よ。あなたがいたラボとは別の場所にあるの」
「アルファ・ノア……」
「そう。桜木さんは、ノア・コーポレーションという製薬会社のこと、知っているかしら」
「はい。大きい会社だということは知っています」
「アルファ・ノアは、そのノア・コーポレーションが、サイエンス・テクノロジーの研究開発をするために発足した機関なの。まあ、機関というより研究所と言ったほうがいいかしら。けれど、あの大震災でノア・コーポレーションは崩壊してしまって、いまはこのアルファ・ノアだけが現存しているのよ。独立した組織となってね。地下500メートルにあるこの施設は、いまの世界にあって、いちばん安全な場所と言えるわ。だから、あなたはなにも心配しなくていいの」
「先生が、私を助けてくれたんですね」
「ああ、ごめんなさい。まだ言ってなかったけれど、私は医師ではないの。だから、先生とかじゃないのよ。私はね、このアルファ・ノアの科学者のひとり。それに、厳密に言えば、助けたというのも少し違うわ」
「どういうことですか?……」
「こんなことを言うのは心苦しいんだけれど、あなたは意識もしかっりしているし、どうせ話さなければならないことだから、はっきり言うわね」
そこで植草は真顔になった。
「あなたをラボに運んだときには、もうすでに心肺停止状態だったの。そのまま甦生させるのは、とても無理だったわ」
蝶子は植草から視線を外し、
「私、死んだんですか……」
瞼を閉じて、ぽつりとそう言った。
「そう。医学的に言えば、あなたは一度死んだの。でも、気を落とすことはないわ。あなたは、こうして生まれ変わったのだから。いまは生きていることを実感して。そして早く、その身体に慣れることね」
「――――」
身体に慣れるとはどういうことだろうか。
そのとき、あの幾つもの円筒の中に入っていた人間の肉体のことを、蝶子は思い出した。
まさか、私の身体は――
蝶子は半身を起こした。
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