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チャプター【021】

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 蝶子は暗い闇の中にいた。
 右を見ても左を見ても、そこには闇以外に何もない。
 物音ひとつさえも聴こえない、
 漆黒の闇。
 蝶子はその闇の中を歩いていた。
 そしてすぐに立ち止まり、また歩き出す。

「おかあさーん、おとうさーん」

 心細さに父と母を呼んだ。

「ねえ、どこにいるの。私はここよ」

 蝶子の声は反響することなく闇に吸いこまれていく。
 歩いても歩いても、闇はどこまでもつづいている。

「どうして私は独りぼっちなの? 梨花、どこ? みんなどこにいるの?」

 蝶子は悲しくなった。
 涙があふれてくる。
 蝶子は足を止め、その場に屈みこんでしまった。
 そのとき、背後に気配を感じた。

「なんなの?」

 蝶子は思わず立ち上がり、うしろをふり返った。
 しかし、何も見えない。
 見えないが、確かに何かいる。
 得体の知れない何かが。
 それが近づいてくるのがわかる。
 何も見えないということが、恐怖心を増幅させる。
 蝶子は後ずさった。

「来ないで。来ないでよ」

 それでもそれは、確実に近づいてきている。
 闇の中から、それの手がいまにも伸びてきそうな気がしてならない。
 さらなる闇へと引きずりこむために。
 身体の裡から、ぞわりとする恐怖が這い上がってくる。
 その恐怖に、たまらず蝶子は背を向けて走り出した。
 走れども走れども、闇は、やはりどこまでもつづいている。
 見えない何かは、まるで蝶子のスピードに合わせるかのように追ってきている。

(助けて。だれか、助けて……)

 蝶子は夢中で走った。
 どれだけ走りつづけたのか。
 わからない。
 それどころか、自分がいま走っているのかさえもわからなくなってくる。
 闇の中では、すべての感覚が麻痺してしまうようだった。
 しだいに足が重くなってくる。

(走らなきゃ、走らなきゃ)

 その思いとは裏腹に、足が前へと進まない。

 アア、アアアァ……。

 おぞましい声がすぐうしろで聴こえる。

(いや、来ないで。来ないで)

 蝶子は逃れようと足を前へ出そうとする。
 だが、まるで足首を掴まれているかのように、両足は完全に動かなかった。

(もうだめ……)

 そう諦めかけたとき、蝶子は声を聴いた。
 聞き覚えのある声に、耳をすませた。

 おねえちゃん……。

 それは、消え入るようなかすかな声だったが、確かにそう聴こえた。
 妹の声。
 蝶子はふり返った。
 そこには闇があるばかりで、妹の姿は見えない。

「おねえちゃん……」

 その声は闇の中から聴こえてくる。

「梨花!」

 蝶子は妹の名を呼んだ。

「梨花、おねえちゃんはここよ」

 眼を凝らしてみても、何も見えてはこない。
しばらくの沈黙があって、

「おねえちゃん……」

 またその声が呼んだ。
 すると、声が聴こえた闇の中から、白く丸みの帯びたものが、ぼうっと浮かび上がってきた。
 それは、小さな顔だった。
 朧に浮かぶその顔は、妹の梨花に間違いなかった。
 瞼を閉じた顔は蒼白で、唇までも色を失っている。
 その妹の顔に、蝶子は指先を伸ばした。

「梨花……」

 頬にそっと触れる。
 すると、妹の瞼が開いた。

「おねえちゃん……」

 姉の顔を見つめる。

「なぜ、こんなところにいるの?」

 妹の頬に、蝶子は両手をそえた。

「どうし……」

 妹が何か言っている。
 だが、その声がか細くて、最後まで聞き取れない。

「梨花。なにが言いたいの?」

 蝶子は訊いた。

「どう……、して……、助けて……、くれなかったの?」
「――――」

 妹の言葉に、蝶子は言葉を失った。
 そう、私は妹を助けることができなかった。

「ごめんね、梨花。ほんとにごめんね」

 謝る以外に言葉がみつからない。

「守ってくれるって……、約束したのに……」

 その言葉は、蝶子の胸を抉った。
 そう約束したその直後に妹は――
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