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チャプター【017】

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 一瞬にして、静けさが包みこむ。
 2頭は息を潜ませ、蝶子の動きを窺っているのだろう。
 ともにいつも行動しているに違いない。
 それだけ、狩りに長けている。侮れば、確実にやられる。
 蝶子は、銃口を階下と階上に向けたまま、慎重に2階へと上がっていった。
 2階に上がり、左右に眼をやる。
 部屋のドアが三つあった。
 気配を探りながら足を忍ばせ、蝶子はドアが壊れた中央の部屋へと入っていった。
 黒毛の姿はない。
 そこはオフィスのフロアだった。
 書類が床を埋め尽くし、デスクやイス、そして電話やパソコンなどが散乱していた。
 窓際の床が大きく崩れ落ちていて、穴が開いている。
 黒毛は、どうやら一階の壁を蹴って、その穴から2階へと上がってきたらしい。
 その穴へゆっくりと近づいていき、下を覗く。
 1階にいるはずの茶毛の姿も見当たらない。
 2頭は、どこに身を隠しているのか。
 あれほど放っていた殺気さえ、見事に消している。
 相手がただならぬ者と見て殺気を消しているのだろうが、そんな真似のできる先祖返りはいままでにいなかった。

(なかなかやるね……)

 そう思った、そのときだった。
 左隣のオフィスを隔てる壁が、とつぜん粉砕した。
 その粉砕する壁から、大きな黒い影が飛び出してきた。

  グォアッ!

 黒毛のサーベル・タイガーだった。
 左隣のオフィスに、身を隠していたらしい。
 黒毛は、牙を剥き出して蝶子に飛び掛かった。
 蝶子は、瞬時に銃を向けようとしたが間に合わず、左腕を咬まれていた。
 そのまま、蝶子と黒毛は、崩れ落ちた穴から1階へと落ちていった。

「ぐはッ!」

 黒毛の下敷きになる形で、蝶子は1階の床に叩きつけられた。

「ごるるう……」

 黒毛の牙が、コートどころかアーマー・スーツをも貫いて、蝶子の左腕に食いこんでいく。

「くッ……」

 その痛みに、左手の銃を落とした。

「ずいぶん、舐めた真似をしてくれるじゃないか……」

 蝶子はもう一方の銃を黒毛の胸に持っていき、銃口を当てた。

「けど、その代償は高くつくよ」

 トリガーを絞った。

  1発、
  2発、
  3発――

 右腕を咬んでいた牙の力が緩んだ。
 すぐに蝶子は腕を抜き、身体を反転させて黒毛から離れた。
 その蝶子を追おうとして、黒毛が身体の向きを変えた。

「心臓を撃ち抜いたっていうのに、タフなやつだね」

 銃口を向ける。
 黒毛は蝶子に牙を剥いたが、その眼光に力はなく、

「ごう……」

 ぐらりと身体を揺らすと倒れこみ、そのまま動かなくなった。
 黒毛は絶命していた。
 と、そこへ、茶毛のサーベル・タイガーが姿を見せた。
 すぐさま蝶子は、その茶毛に銃を向けた。

「ごるる……」

 唸りながら、茶毛は蝶子を上目づかいに睨んでいる。

「おまえは行きな。それとも、そいつのあとを追うかい?」

 茶毛は、蝶子の左腕に眼をやった。
 だらりと垂れた左腕は、流れる血が指先へと伝い、床へと滴り落ちている。
 傷の深さを測っているのか。
 蝶子は身構えた。
 しかし、茶毛は襲ってこようとはせず、倒れている黒毛に貌を向けると、近づいていった。
 その黒毛の貌を舐めはじめた。

「くう……」

 そして、慈しむように頬ずりをした。
 その姿が、とても悲しげに見えた。
 その2頭は親子であったのかもしれない。
 または兄弟か、つがいであったのかもしれない。
 蝶子は、銃を持つ手を下した。
 すると、そのとき、

「なに?――」

 頬ずりをしていた茶毛の貌が、とつぜん黒毛の貌にめりこんでいった。
 2頭の貌と貌が、融合していく。
 正確に言うなら、死んでいるはずの黒毛が、生きている茶毛を取りこもうとしているのだった。
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