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チャプター【008】

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 大地の揺れはすぐに治まったかに思えた。
 だが、3秒も経たぬうちに今度は、さらに強烈な揺れがきた。
 それは、路上が波形にうねるほどの烈(はげ)しさだった。
 家々の窓ガラスが砕け、壁にはひびが走った。
 鉄の焦げた匂いが辺りに広がっていく。

「おねえちゃん、おねえちゃん!」

 襲いくる恐怖に耐えきれず、妹は泣きだした。

「大丈夫よ、梨花。こんな地震なんて恐くない。すぐに治まるから」

 妹にというより、自分自身に言い聞かせるように蝶子は言った。
 しかし、大地の揺れは治まろうとしない。
 それどころか、地鳴りとともに、通学路のアスファルトが裂け始めた。
 裂けた亀裂は、地表を崩しながら大きな口となって広がっていった。
 家屋や前方を歩いていた大人や子供までもが、叫び声とともに、瞬く間に広がっていく大地の口へと呑みこまれた。
 いまだかつて経験したことのない恐怖。
 その戦慄(せんりつ)に、蝶子は叫び出しそうになる。
 だが、叫びだすわけにはいかなかった。
 妹のほうが、自分よりももっと恐いのだ。
 こんなときに叫び出したりしたなら、妹はきっと、パニックに陥ってしまうだろう。
 ここは姉として、気丈でいなければならない。
 蝶子は、胸の中で膨らむ恐怖に必死で耐えた。
 足をもつれさせながらも、ふたりはどうにか公園の中へと入っていった。
 その公園には、欅の木が数本ある。欅のような大樹ならば、地中深くに太い根を張り巡らしているはずだ。
 ふたりは、一本の欅(けやき)の樹に身をよせた。

「梨花。ここなら安全よ。この樹が、私たちを守ってくれる」

 蝶子は欅の樹に背を預けるようにして根元に坐りこみ、妹を抱きしめた。
 けれども、安全の保障などはどこにもない。
 たとえ樹の根が地中に張り巡らされているとはいえ、6年前に起きた北陸地方の大震災をも遥かに凌ぐ揺れに、耐 えうるかどうかはわかないのだ。
 しかし、いまは信じるしかなかった。
 この大きな欅が私たちを守ってくれるのだと、祈るしかなかった。
 ふたりは瞼を強く閉じて抱きしめ合い、揺れが治まってくれるのを待った。
 大地は、怒り狂ったかのように、それからも揺れつづけた。
 いったい、どれほどの時間、揺れつづけたのだろうか。
 ようやく揺れが治まり、それでも、ふたりは抱きしめ合ったまま動くことができなかった。

「梨花」

 蝶子が妹に声をかけたのは、しばらく経ってからだった。

「大丈夫? どこか怪我してない?」

 蝶子が心配そうに訊くと、

「うん」

 妹はこくりとうなずいた。
 ふたりはゆっくりと立ち上がり、そこで、眼に飛びこんできた光景に息を呑んだ。    

「おねえちゃん――」

 妹はその先の言葉を失い、姉の手を強く握りしめた。
 蝶子も妹の手を握り返しながら、愕然(がくぜん)としていた。
 眼の前お光景の、何もかもが変わり果てていた。
 ふたりが身をよせていた欅の樹から、5メートルほど先の地表が崩れ落ち、そこから幅10メートルはあるであろう亀裂が口を開いていた。
 亀裂の長さはいったいどれほどあるのか。
 大地がそこで真っ二つに分断されてしまったかのように、大きな亀裂は左右にどこまでも伸びていた。
 いままでそこにあった家屋は、すべてその亀裂の底に沈んでしまった。
 その亀裂の先にある家屋も、そのほとんどが倒壊し、あちらこちらで炎と煙が上がっていた。
 遥か前方には、富士見山が見える。
 美しく雄大なはずの、その富士見山の中腹のあたりから、真っ赤な溶岩が噴出し、黒々とした噴煙は空を被いつくさんばかりに広がっていた。

「なんなのよ、これ……」

 その光景を、蝶子はただ茫然と見つめていた。
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