9 / 70
チャプター【008】
しおりを挟む
大地の揺れはすぐに治まったかに思えた。
だが、3秒も経たぬうちに今度は、さらに強烈な揺れがきた。
それは、路上が波形にうねるほどの烈(はげ)しさだった。
家々の窓ガラスが砕け、壁にはひびが走った。
鉄の焦げた匂いが辺りに広がっていく。
「おねえちゃん、おねえちゃん!」
襲いくる恐怖に耐えきれず、妹は泣きだした。
「大丈夫よ、梨花。こんな地震なんて恐くない。すぐに治まるから」
妹にというより、自分自身に言い聞かせるように蝶子は言った。
しかし、大地の揺れは治まろうとしない。
それどころか、地鳴りとともに、通学路のアスファルトが裂け始めた。
裂けた亀裂は、地表を崩しながら大きな口となって広がっていった。
家屋や前方を歩いていた大人や子供までもが、叫び声とともに、瞬く間に広がっていく大地の口へと呑みこまれた。
いまだかつて経験したことのない恐怖。
その戦慄(せんりつ)に、蝶子は叫び出しそうになる。
だが、叫びだすわけにはいかなかった。
妹のほうが、自分よりももっと恐いのだ。
こんなときに叫び出したりしたなら、妹はきっと、パニックに陥ってしまうだろう。
ここは姉として、気丈でいなければならない。
蝶子は、胸の中で膨らむ恐怖に必死で耐えた。
足をもつれさせながらも、ふたりはどうにか公園の中へと入っていった。
その公園には、欅の木が数本ある。欅のような大樹ならば、地中深くに太い根を張り巡らしているはずだ。
ふたりは、一本の欅(けやき)の樹に身をよせた。
「梨花。ここなら安全よ。この樹が、私たちを守ってくれる」
蝶子は欅の樹に背を預けるようにして根元に坐りこみ、妹を抱きしめた。
けれども、安全の保障などはどこにもない。
たとえ樹の根が地中に張り巡らされているとはいえ、6年前に起きた北陸地方の大震災をも遥かに凌ぐ揺れに、耐 えうるかどうかはわかないのだ。
しかし、いまは信じるしかなかった。
この大きな欅が私たちを守ってくれるのだと、祈るしかなかった。
ふたりは瞼を強く閉じて抱きしめ合い、揺れが治まってくれるのを待った。
大地は、怒り狂ったかのように、それからも揺れつづけた。
いったい、どれほどの時間、揺れつづけたのだろうか。
ようやく揺れが治まり、それでも、ふたりは抱きしめ合ったまま動くことができなかった。
「梨花」
蝶子が妹に声をかけたのは、しばらく経ってからだった。
「大丈夫? どこか怪我してない?」
蝶子が心配そうに訊くと、
「うん」
妹はこくりとうなずいた。
ふたりはゆっくりと立ち上がり、そこで、眼に飛びこんできた光景に息を呑んだ。
「おねえちゃん――」
妹はその先の言葉を失い、姉の手を強く握りしめた。
蝶子も妹の手を握り返しながら、愕然(がくぜん)としていた。
眼の前お光景の、何もかもが変わり果てていた。
ふたりが身をよせていた欅の樹から、5メートルほど先の地表が崩れ落ち、そこから幅10メートルはあるであろう亀裂が口を開いていた。
亀裂の長さはいったいどれほどあるのか。
大地がそこで真っ二つに分断されてしまったかのように、大きな亀裂は左右にどこまでも伸びていた。
いままでそこにあった家屋は、すべてその亀裂の底に沈んでしまった。
その亀裂の先にある家屋も、そのほとんどが倒壊し、あちらこちらで炎と煙が上がっていた。
遥か前方には、富士見山が見える。
美しく雄大なはずの、その富士見山の中腹のあたりから、真っ赤な溶岩が噴出し、黒々とした噴煙は空を被いつくさんばかりに広がっていた。
「なんなのよ、これ……」
その光景を、蝶子はただ茫然と見つめていた。
だが、3秒も経たぬうちに今度は、さらに強烈な揺れがきた。
それは、路上が波形にうねるほどの烈(はげ)しさだった。
家々の窓ガラスが砕け、壁にはひびが走った。
鉄の焦げた匂いが辺りに広がっていく。
「おねえちゃん、おねえちゃん!」
襲いくる恐怖に耐えきれず、妹は泣きだした。
「大丈夫よ、梨花。こんな地震なんて恐くない。すぐに治まるから」
妹にというより、自分自身に言い聞かせるように蝶子は言った。
しかし、大地の揺れは治まろうとしない。
それどころか、地鳴りとともに、通学路のアスファルトが裂け始めた。
裂けた亀裂は、地表を崩しながら大きな口となって広がっていった。
家屋や前方を歩いていた大人や子供までもが、叫び声とともに、瞬く間に広がっていく大地の口へと呑みこまれた。
いまだかつて経験したことのない恐怖。
その戦慄(せんりつ)に、蝶子は叫び出しそうになる。
だが、叫びだすわけにはいかなかった。
妹のほうが、自分よりももっと恐いのだ。
こんなときに叫び出したりしたなら、妹はきっと、パニックに陥ってしまうだろう。
ここは姉として、気丈でいなければならない。
蝶子は、胸の中で膨らむ恐怖に必死で耐えた。
足をもつれさせながらも、ふたりはどうにか公園の中へと入っていった。
その公園には、欅の木が数本ある。欅のような大樹ならば、地中深くに太い根を張り巡らしているはずだ。
ふたりは、一本の欅(けやき)の樹に身をよせた。
「梨花。ここなら安全よ。この樹が、私たちを守ってくれる」
蝶子は欅の樹に背を預けるようにして根元に坐りこみ、妹を抱きしめた。
けれども、安全の保障などはどこにもない。
たとえ樹の根が地中に張り巡らされているとはいえ、6年前に起きた北陸地方の大震災をも遥かに凌ぐ揺れに、耐 えうるかどうかはわかないのだ。
しかし、いまは信じるしかなかった。
この大きな欅が私たちを守ってくれるのだと、祈るしかなかった。
ふたりは瞼を強く閉じて抱きしめ合い、揺れが治まってくれるのを待った。
大地は、怒り狂ったかのように、それからも揺れつづけた。
いったい、どれほどの時間、揺れつづけたのだろうか。
ようやく揺れが治まり、それでも、ふたりは抱きしめ合ったまま動くことができなかった。
「梨花」
蝶子が妹に声をかけたのは、しばらく経ってからだった。
「大丈夫? どこか怪我してない?」
蝶子が心配そうに訊くと、
「うん」
妹はこくりとうなずいた。
ふたりはゆっくりと立ち上がり、そこで、眼に飛びこんできた光景に息を呑んだ。
「おねえちゃん――」
妹はその先の言葉を失い、姉の手を強く握りしめた。
蝶子も妹の手を握り返しながら、愕然(がくぜん)としていた。
眼の前お光景の、何もかもが変わり果てていた。
ふたりが身をよせていた欅の樹から、5メートルほど先の地表が崩れ落ち、そこから幅10メートルはあるであろう亀裂が口を開いていた。
亀裂の長さはいったいどれほどあるのか。
大地がそこで真っ二つに分断されてしまったかのように、大きな亀裂は左右にどこまでも伸びていた。
いままでそこにあった家屋は、すべてその亀裂の底に沈んでしまった。
その亀裂の先にある家屋も、そのほとんどが倒壊し、あちらこちらで炎と煙が上がっていた。
遥か前方には、富士見山が見える。
美しく雄大なはずの、その富士見山の中腹のあたりから、真っ赤な溶岩が噴出し、黒々とした噴煙は空を被いつくさんばかりに広がっていた。
「なんなのよ、これ……」
その光景を、蝶子はただ茫然と見つめていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
【完結済み】VRゲームで遊んでいたら、謎の微笑み冒険者に捕獲されましたがイロイロおかしいです。<長編>
BBやっこ
SF
会社に、VRゲーム休があってゲームをしていた私。
自身の店でエンチャント付き魔道具の売れ行きもなかなか好調で。なかなか充実しているゲームライフ。
招待イベで魔術士として、冒険者の仕事を受けていた。『ミッションは王族を守れ』
同僚も招待され、大規模なイベントとなっていた。ランダムで配置された場所で敵を倒すお仕事だったのだが?
電脳神、カプセル。精神を異世界へ送るって映画の話ですか?!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ゴースト
ニタマゴ
SF
ある人は言った「人類に共通の敵ができた時、人類今までにない奇跡を作り上げるでしょう」
そして、それは事実となった。
2027ユーラシア大陸、シベリア北部、後にゴーストと呼ばれるようになった化け物が襲ってきた。
そこから人類が下した決断、人類史上最大で最悪の戦争『ゴーストWar』幕を開けた。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
負けヒロインはくじけない
石田空
ファンタジー
気付けば「私」は、伝奇系ギャルゲー『破滅の恋獄』のルート選択後の負けヒロイン雪消みもざに転生していることに気付いた。
メインヒロインのために主人公とメインヒロイン以外が全員不幸になるメリバエンドに突入し、異形の血による先祖返りたちの暴走によりデッドオアアライブの町と化した地方都市。
そこで異形の血を引いているために、いつ暴走してしまうかわからない恐怖と共に、先祖返りたちと戦うこととなった負けヒロインたち。
陰陽寮より町殲滅のために寄越された陰陽師たち。
異形の血の暴走を止める方法は、陰陽師との契約して人間に戻る道を完全に断つか、陰陽師から体液を分け与えられるかしかない。
みもざは桜子と主従契約を交わし、互いに同じ人を好きだった痛みと、残されてしまった痛みを分かち合っていく。
pixivにて先行公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる