もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【最終章①】

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 沢尻朝子は両手いっぱいの買い物袋を手に、雨の中の歩道を走り、書店の軒下に駆けこんだ。

「なによもう、予報では今日は降らないって言ってたじゃない」

 買い物の帰り道、突然雨にみまわれたのだ。
 路上を叩く雨は、雨宿りをする朝子の足元をも濡らさんばかりの勢いだ。
 そこへひとりの男が、やはり傘を差さずに軒下へと入ってきた。
 朝子は気にせず立っていると、男はちらりちらりと視線を向けてくる。

 なによ、こんなシチュエーションで声をかけたりしないでよね……。
 映画やドラマじゃないんだから、私は願い下げよ……。

 朝子は声をかけられるのを避け、軒下から離れて書店の中へ入った。
 ふり返ると男は、やみそうもないことを悟ったのか、雨の中へと走り出していった。
 朝子はほっとして、店内を見渡した。
 書店の中は、朝子と同じで雨に突然降られ、髪や肩を濡らしている客が多かった。
 とはいえ、朝子のように両手いっぱいの買い物袋を手にしているものはいない。
 それでも朝子は、心が落ち着くのがわかった。
 書店に来るとなぜなのか心が落ち着く。
 店内を見回しながら買い物袋の重さに辟易し、持ち直そうとしたそのとき、わずかに床に落ちていた雨のしずくに足を滑らせた。
 朝子はバランスを崩した拍子に買い物袋を落とし、うしろにいた人にぶつかった。

「ごめんなさい」

 慌てて謝罪して、買い物袋から飛び出したものを拾い集めた。

「大変でしたね、とつぜん降ってきて」

 そう言って、ドッグ・フードが覗く買い物袋を拾い上げた男が言った。
 男は笑顔を浮かべて、買い物袋を差し出す。
 胸にネーム・プレートがあるところをみると、どうやら書店の店員のようだ。
 朝子と同じ大学生といったところだろうか。
 年齢は朝子よりもひとつかふたつ上のようだ。
 名前を見ると、川島徹とあった。

「あ、すみません」

 買い物袋を受け取り、笑みを浮かべて朝子は礼を言った。

「かっているのって、なんですか?」

 店員――川島徹が唐突にそう訊いた。
 朝子は訝しむように徹を見た。
 どうして買ったもののことなど訊いたりするのか、そう思った。
 徹はすぐにそれを察して、

「やだな、勘違いしないでください。買い物のことを訊いたんじゃなくて、ペットはなにを飼っているのかなと思ったから」

 そう言った。

「あ、やだ。そうか、そうですよね、ごめんなさい。私、なにを勘違いしてるんだろう」

 朝子は赤面しながら笑った。

「犬ですか、それとも猫ですか。っていうか、ドッグ・フードだから犬ですよね」

 ドッグ・フードの入っている買い物袋を、徹は指差した。

「あ、はい。ゴールデン・リトリバーなんです。名前はリック」
「リック、ですか。いい名前だな。僕も、犬を飼うならゴールデン・リトリバーがいいって思ってるんですよ」
「じゃあ、あなたは……」
「はい、僕は猫です。名前はサラっていいます。サラは黒猫です」
「えー、可愛いんでしょうね」
「それはとっても。よく爪でひっかかれますけど。サラの眼は、左右の色が違うんです。左がブルーで右がグリーン」

 そう言うと、徹はジーンズのポケットからスマートフォンを取りだしディスプレイを見せた。

「あー、かわいい。私も猫が欲しいんですよね」
「え? ほんとですか。うれしいな。猫を飼ってる人って少ないから。あ、そうだ、よかったら、珈琲でもどうです? ここには珈琲が飲めるんですよ。ほら、あそこ」

 徹の示すほうへ眼をやると、そこには5人ほどが坐れる小さなカウンターがあり、すでにひとりの客が買ったばかりの本を手に珈琲を飲んでいた。

「僕も休憩になるから、おごりますよ。雨もすぐにはやまないと思うし」

 朝子は少しだけ思案して、うなずいた。
 徹はカウンターに朝子を連れていくとレジに向かい、そこにいる店長に休憩に入ることを告げて、カウンターにもどった。
 珈琲は別の店員が持ってきてくれた。
 ふたりはお互いのペットの写メを見せ合いながら、夢中になって語り合った。
 そのふたりを見つめる者がいる。
 その者の手には弓と1本の矢がある。
 いままさにその矢を射ようと弓を引く。
 弓を引く腕はプルプルと震え、ここぞとばかりにその者は眼を見開き、矢を放った。
 矢は見事に命中した。
 黒い帽子を被り、黒いコートを着たその者の背には、すごーく薄汚れた――いやいや、それはそれは美しい純白の 大きな翼があった。
 その者――ザイール、またの名を大天使ミカエルが放った矢は、愛の矢だった。
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