もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第48話】

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「ちょっと透、よく考えて。コイツはキミを騙(だま)して契約を交わしたの。そんな契約は破棄すべきよ」

 ディエルが言った。

「サラ、あ、いや、ディエルさん。あなたの気持ちはとてもうれしい。ですが私は、彼と契約をしたのではありません。約束をしたのです。律子に逢わせてくれるのであれば、地獄でもどこへでも行くと。そして彼は、その約束を果たしてくれました。だから今度は、私が約束を果たすのです。確かに彼は、私をだましたかもしれません。とはいえそれで、私は律子の生まれ変わった朝子さんに出逢うことができたのです。それはほんのわずかなあいだではありましたが、私には幸せなひとときでした。彼はその幸せな夢を、私に観させてくれたのです。私とて、地獄へ行くことを望んでいるわけではありません。地獄での100年は、律子の魂に逢うことができないのですから。それはとても辛いことです。それでも、彼が観させてくれた夢は、その100年にも匹敵することなのです。だから私は、地獄へ行くことを悔やみはしません」
「透……」

 ディエルは言葉もなく、透を見つめた。

「それでいいのです」

 透はそこで瞼を閉じ、ひとつ息を吐いた。

「良きかな……」

 その顔はとても穏やかだった。
 そのままゆっくりとうな垂れると、ぴくりとも動かなくなった。
 透は息をするのをやめていた。
 3人はその透を見つめている。

「78年という歳月は、長かったのか短かったのか……。れでも私には幸せな人生でした」

 透が言った。
 彼はベッドの横に立ち、自分の亡骸を見ていた。
 そして3人に眼を向けた。
 ザイール、ディエル、シャカは、並んで透を見ている。
 皆、美しい光に包まれて、きらきらと耀いている。
 その光がひときわ耀いて、3人の背後に人影が現れた。
 またまた、だれかがやってきたのだ。
 3人は、その人影にひれ伏した。

「ゼウス様」

 ザイールが言った。

「ザイール、久ぶりであった。またの名をミカエル。元気であったか」
「はい」

 ザイールはこうべを垂れる。

「ゼウス様におかれましては、ごきげん麗しく」
「なに、気を使うことはない」
「ゼウス様」

 ディエルが言った。

「おお、ディエル。またの名を、ミューズ。そちは変わらず美しい」
「もったいないお言葉、感激至極でございます」
「ゼウス様」

 シャカが言った。

「おう、シャカか。人であったところのシッダールタよ。そちの美しさもミューズとまったく引けを取らん。今度また、そなたの説法をゆっくりと聴いてみたものよ。そちの説法は聴いているだけで心地よく心を癒す」
「はい、恐縮至極にございます」
「さあさあ、そんなに畏まることはない。皆、立て」

 ゼウスの言葉に、3人は立ち上がった。

「して、この者か」

 ゼウスは透へと顔を向けた。

「はい、この者にてございます」

 ザイールが答えた。

「そうか。見込みのほどは、どうであった」
「はい、この者であれば、『二の者』として適任かと」

 ディエルが言った。

「うむ。して、シャカ。人であったところのそなたから見て、どうである」

 ゼウスがシャカに訊く。

「はい、この者ならば、『一の者』との融合あって、新たなる『始』となり得ましょう」

 シャカが答えた。

「そうか、そうか。うむ、うむ」

 ゼウスはことの外うれしそうに、なんどもうなずいた。
 その会話をポカンとして聴いていた透は、

「あの、お話中のところ、たいへん恐縮なのですが……」

 と、ほんとうに恐縮しながら声をかけた。

「なんです?」

 ディエルが訊く。

「いや、あの、私は地獄へ行くというのに、ゼウス様までがいらっしゃられて、なんとも大袈裟というか、その……、それに、私のことを『二の者』として適任だとか、『一の者』と融合があってどうとか、いったいなんのお話かと」
「いま、そのお話をしようとしていたところですよ」

 シャカが言った。

「あなたは、『二の者』としての適任者として認められたのです」
「私は、地獄へ行くのではないのですか?」
「あなたは地獄へなど行きません。あなたの身に起きたことは、すべてがテストだったのです」
「テスト……。それはどういうことですか」

 透には意味がわからない。

「ザイールがあなたの前に現れたところからの一連の出来事は、あなたを試すためのものだったのです」
「試す……」
「そうです」
「要するに、いままでことは、すべてが茶番だったということですか」
「そう言われてしまうと身も蓋もありませんが、ある意味ではそうかもしれません。とはいえ、あなたが彼女とすごした5日間は、まぎれもない真実です」
「あれほどザイールさんを責め立てていたのも、芝居だったというわけですか」
「そうです」
「なるほど……」

 透は深いため息をついた。
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