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【第47話】
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「ちょっと、ちょっと、ちょっとォ。ふたりでいったいなんなのよ。私の存在を忘れてるんじゃないの。まったく失礼なヤツらだねえ」
それまで黙っていたディエルがあいだに入った。
「これは、ディエル。お久しぶりですね」
シャカは涼しい顔でそう言った。
「お久しぶりですね、じゃないわよ。いい? シッダールタ。ここはあなたの出る幕じゃないの。っていうか、だいたいあなたは関係ないでしょ?」
「そうだそうだ。おまえには関係ない」
と、ザイール。
「って、アンタはいいから」
ディエルはそくざにツッコミ、シャカに顔をもどす。
「あのね、シッダールタ」
「だから、その名で呼ぶのはおやめなさい」
「はいはい。じゃあ、シャカ、よく聴いて。透が地獄へ行くのを止めるのは、この私でじゅうぶんなのよ。だからあなたは必要ないの」
「なんだ、ディエル。おまえも止めにきたのか」
「当然じゃないの。透が地獄行きなわけがないでしょ。アンタがやってることは詐欺よ、詐欺」
「あーそうだよ、詐欺で悪かったな。だからってなんだ。オレには出世がかかってんだ。どんな手を使ってでも、透は地獄へ連れて行くぜ」
「一度落ちこぼれたアンタが、出世なんてできるわけがないわよ。バカ」
「バ、バカァ? コノヤロ、落ちこぼれだけじゃあ飽き足らず、その上バカだとォ。もうブチ殺す。ほんとにほんとにブチ殺す」
ザイールの顔は鬼の形相だった。
「フン、返り討ちよ。かかってきなさい」
ディエルはファイティング・ポーズを取り、不敵な笑みを浮かべた。
「喧嘩はよしなさい」
シャカが止めに入る。
だがふたりにやめる気配はない。それどころかふたりは組み合った。
「こらこら、喧嘩なんて、みっともないですよ」
シャカは笑みを浮かべて、ふたりを宥めようとする。だが、
「うるさいわね、ゴータマ・シッダールタは黙ってて」
ディエルに、人の頃の名をフルネームで呼ばれ、シャカは「プチッ」とほんの少しだけキレた。
それでもまだ、引きつりながら笑みを保ち、
「喧嘩はよくありませんから」
尚も仲裁した。
「やかましい。もと人間は引っこんでろ」
ザイールのその罵声には、さすがにシャカも、「ブチブチブチッ」とブチ切れた。
「こら、ええかげんにせんかい! こっちがおとなしくしとったらナメくさりおって、われァ。ふたりとも奥歯ガタガタにしたろか、おォう!」
とつぜんの関西弁で怒声を張り上げた。
その迫力といったら、それはもうすごかった。
なぜに関西弁なのかは謎である。
ともあれ、ディエルとザイールの喧嘩はぴたりと止まった。
「それにしても、シャカ。どうしてアンタ、透の地獄行きを止めにきたのよ。いくらなんでも、仏であるアンタが自ら来るなんて変よ」
ディエルは疑問を口にした。
「仏であるからこそ、ザイールの所業が許せずに来たのですよ」
「なに言ってやがる。オレはいままで、かなりの人間と契約を交わしたが、おまえ一度だって姿を見せたことがあるか? なのにどういうことだよ。この男は特別なのか?」
ザイールがさらに言う。
「だから、どうしたというのです。そんなことはどうでもいいことでしょう。あなたのしようとしていることを考えれば」
と返され、ザイールは口ごもる。
「そういえばそうだわ。問題なのはアンタよ」
とディエルの矛先もザイールに向いた。
「あなたの所業は、赦されることではないのですよ」
シャカが半眼の眼で言った。
「そうよ。アンタのやってることを、ルシフェル様に話したらどうなるかしら。ううん、それよりも、ゼウス様に話したっていいのよ。そうしたら、アンタは用なしで抹消よ」
「ううッ……」
またもザイールは追い詰められた。
今度はふたりがかりだから、たまったものではない。
じっとりと油汗をかきはじめた。
「それがいやなら、彼を地獄へ連れていくのはおやめなさい」
「うううッ……」
「さァ、どうするの?」
「ううううッ……」
ふたりがかりでは、窮鼠猫を咬むこともできない。
「抹消されますよ」
「そうよ、抹消よ」
ふたりににじり寄られ、ザイールはペタンと尻餅をついた。
「わ、わかったよ」
ザイールがついに音を上げたとき、
「待ってください」
まったく話の中に加わることのなかった、透が声を出した。
「彼を責め立てるのはやめてください」
ふり絞るようなその声に、3人は透に顔を向けた。
「だって透、キミは地獄へ行くのよ。わかってるの?」
ディエルが言う。
「はい」
透はうなずく。
「コイツのことだから、『地獄はなかなか快適だ』とかなんとか言ったかもしれないけど、ダメよ。一度地獄へ堕ちたら、そう簡単に出られないのよ」
「わかっています。彼が言うには100年だそうです」
「地獄での100年は、この世での1000年よ。それはもう、キミたちからすれば、気の遠くなるほどの年月なのよ。ほんとにわかってる?」
「はい」
「そのあいだ、律子の魂には出逢うことはできないのよ?」
「はい……」
「それでもいいってわけ」
それに透はわずかに黙し、そして、
「はい」
答えた。
それまで黙っていたディエルがあいだに入った。
「これは、ディエル。お久しぶりですね」
シャカは涼しい顔でそう言った。
「お久しぶりですね、じゃないわよ。いい? シッダールタ。ここはあなたの出る幕じゃないの。っていうか、だいたいあなたは関係ないでしょ?」
「そうだそうだ。おまえには関係ない」
と、ザイール。
「って、アンタはいいから」
ディエルはそくざにツッコミ、シャカに顔をもどす。
「あのね、シッダールタ」
「だから、その名で呼ぶのはおやめなさい」
「はいはい。じゃあ、シャカ、よく聴いて。透が地獄へ行くのを止めるのは、この私でじゅうぶんなのよ。だからあなたは必要ないの」
「なんだ、ディエル。おまえも止めにきたのか」
「当然じゃないの。透が地獄行きなわけがないでしょ。アンタがやってることは詐欺よ、詐欺」
「あーそうだよ、詐欺で悪かったな。だからってなんだ。オレには出世がかかってんだ。どんな手を使ってでも、透は地獄へ連れて行くぜ」
「一度落ちこぼれたアンタが、出世なんてできるわけがないわよ。バカ」
「バ、バカァ? コノヤロ、落ちこぼれだけじゃあ飽き足らず、その上バカだとォ。もうブチ殺す。ほんとにほんとにブチ殺す」
ザイールの顔は鬼の形相だった。
「フン、返り討ちよ。かかってきなさい」
ディエルはファイティング・ポーズを取り、不敵な笑みを浮かべた。
「喧嘩はよしなさい」
シャカが止めに入る。
だがふたりにやめる気配はない。それどころかふたりは組み合った。
「こらこら、喧嘩なんて、みっともないですよ」
シャカは笑みを浮かべて、ふたりを宥めようとする。だが、
「うるさいわね、ゴータマ・シッダールタは黙ってて」
ディエルに、人の頃の名をフルネームで呼ばれ、シャカは「プチッ」とほんの少しだけキレた。
それでもまだ、引きつりながら笑みを保ち、
「喧嘩はよくありませんから」
尚も仲裁した。
「やかましい。もと人間は引っこんでろ」
ザイールのその罵声には、さすがにシャカも、「ブチブチブチッ」とブチ切れた。
「こら、ええかげんにせんかい! こっちがおとなしくしとったらナメくさりおって、われァ。ふたりとも奥歯ガタガタにしたろか、おォう!」
とつぜんの関西弁で怒声を張り上げた。
その迫力といったら、それはもうすごかった。
なぜに関西弁なのかは謎である。
ともあれ、ディエルとザイールの喧嘩はぴたりと止まった。
「それにしても、シャカ。どうしてアンタ、透の地獄行きを止めにきたのよ。いくらなんでも、仏であるアンタが自ら来るなんて変よ」
ディエルは疑問を口にした。
「仏であるからこそ、ザイールの所業が許せずに来たのですよ」
「なに言ってやがる。オレはいままで、かなりの人間と契約を交わしたが、おまえ一度だって姿を見せたことがあるか? なのにどういうことだよ。この男は特別なのか?」
ザイールがさらに言う。
「だから、どうしたというのです。そんなことはどうでもいいことでしょう。あなたのしようとしていることを考えれば」
と返され、ザイールは口ごもる。
「そういえばそうだわ。問題なのはアンタよ」
とディエルの矛先もザイールに向いた。
「あなたの所業は、赦されることではないのですよ」
シャカが半眼の眼で言った。
「そうよ。アンタのやってることを、ルシフェル様に話したらどうなるかしら。ううん、それよりも、ゼウス様に話したっていいのよ。そうしたら、アンタは用なしで抹消よ」
「ううッ……」
またもザイールは追い詰められた。
今度はふたりがかりだから、たまったものではない。
じっとりと油汗をかきはじめた。
「それがいやなら、彼を地獄へ連れていくのはおやめなさい」
「うううッ……」
「さァ、どうするの?」
「ううううッ……」
ふたりがかりでは、窮鼠猫を咬むこともできない。
「抹消されますよ」
「そうよ、抹消よ」
ふたりににじり寄られ、ザイールはペタンと尻餅をついた。
「わ、わかったよ」
ザイールがついに音を上げたとき、
「待ってください」
まったく話の中に加わることのなかった、透が声を出した。
「彼を責め立てるのはやめてください」
ふり絞るようなその声に、3人は透に顔を向けた。
「だって透、キミは地獄へ行くのよ。わかってるの?」
ディエルが言う。
「はい」
透はうなずく。
「コイツのことだから、『地獄はなかなか快適だ』とかなんとか言ったかもしれないけど、ダメよ。一度地獄へ堕ちたら、そう簡単に出られないのよ」
「わかっています。彼が言うには100年だそうです」
「地獄での100年は、この世での1000年よ。それはもう、キミたちからすれば、気の遠くなるほどの年月なのよ。ほんとにわかってる?」
「はい」
「そのあいだ、律子の魂には出逢うことはできないのよ?」
「はい……」
「それでもいいってわけ」
それに透はわずかに黙し、そして、
「はい」
答えた。
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