もう一度、君に逢いたい

星 陽月

文字の大きさ
上 下
48 / 53

【第47話】

しおりを挟む
「ちょっと、ちょっと、ちょっとォ。ふたりでいったいなんなのよ。私の存在を忘れてるんじゃないの。まったく失礼なヤツらだねえ」

 それまで黙っていたディエルがあいだに入った。

「これは、ディエル。お久しぶりですね」

 シャカは涼しい顔でそう言った。

「お久しぶりですね、じゃないわよ。いい? シッダールタ。ここはあなたの出る幕じゃないの。っていうか、だいたいあなたは関係ないでしょ?」
「そうだそうだ。おまえには関係ない」

 と、ザイール。

「って、アンタはいいから」

 ディエルはそくざにツッコミ、シャカに顔をもどす。

「あのね、シッダールタ」
「だから、その名で呼ぶのはおやめなさい」
「はいはい。じゃあ、シャカ、よく聴いて。透が地獄へ行くのを止めるのは、この私でじゅうぶんなのよ。だからあなたは必要ないの」
「なんだ、ディエル。おまえも止めにきたのか」
「当然じゃないの。透が地獄行きなわけがないでしょ。アンタがやってることは詐欺よ、詐欺」
「あーそうだよ、詐欺で悪かったな。だからってなんだ。オレには出世がかかってんだ。どんな手を使ってでも、透は地獄へ連れて行くぜ」
「一度落ちこぼれたアンタが、出世なんてできるわけがないわよ。バカ」
「バ、バカァ? コノヤロ、落ちこぼれだけじゃあ飽き足らず、その上バカだとォ。もうブチ殺す。ほんとにほんとにブチ殺す」

 ザイールの顔は鬼の形相だった。

「フン、返り討ちよ。かかってきなさい」

 ディエルはファイティング・ポーズを取り、不敵な笑みを浮かべた。

「喧嘩はよしなさい」

 シャカが止めに入る。
 だがふたりにやめる気配はない。それどころかふたりは組み合った。

「こらこら、喧嘩なんて、みっともないですよ」

 シャカは笑みを浮かべて、ふたりを宥めようとする。だが、

「うるさいわね、ゴータマ・シッダールタは黙ってて」

 ディエルに、人の頃の名をフルネームで呼ばれ、シャカは「プチッ」とほんの少しだけキレた。
 それでもまだ、引きつりながら笑みを保ち、

「喧嘩はよくありませんから」

 尚も仲裁した。

「やかましい。もと人間は引っこんでろ」

 ザイールのその罵声には、さすがにシャカも、「ブチブチブチッ」とブチ切れた。

「こら、ええかげんにせんかい! こっちがおとなしくしとったらナメくさりおって、われァ。ふたりとも奥歯ガタガタにしたろか、おォう!」

 とつぜんの関西弁で怒声を張り上げた。
 その迫力といったら、それはもうすごかった。
 なぜに関西弁なのかは謎である。
 ともあれ、ディエルとザイールの喧嘩はぴたりと止まった。

「それにしても、シャカ。どうしてアンタ、透の地獄行きを止めにきたのよ。いくらなんでも、仏であるアンタが自ら来るなんて変よ」

 ディエルは疑問を口にした。

「仏であるからこそ、ザイールの所業が許せずに来たのですよ」
「なに言ってやがる。オレはいままで、かなりの人間と契約を交わしたが、おまえ一度だって姿を見せたことがあるか? なのにどういうことだよ。この男は特別なのか?」

 ザイールがさらに言う。

「だから、どうしたというのです。そんなことはどうでもいいことでしょう。あなたのしようとしていることを考えれば」

 と返され、ザイールは口ごもる。

「そういえばそうだわ。問題なのはアンタよ」

 とディエルの矛先もザイールに向いた。

「あなたの所業は、赦されることではないのですよ」

 シャカが半眼の眼で言った。

「そうよ。アンタのやってることを、ルシフェル様に話したらどうなるかしら。ううん、それよりも、ゼウス様に話したっていいのよ。そうしたら、アンタは用なしで抹消よ」
「ううッ……」

 またもザイールは追い詰められた。
 今度はふたりがかりだから、たまったものではない。
 じっとりと油汗をかきはじめた。

「それがいやなら、彼を地獄へ連れていくのはおやめなさい」
「うううッ……」
「さァ、どうするの?」
「ううううッ……」

 ふたりがかりでは、窮鼠猫を咬むこともできない。

「抹消されますよ」
「そうよ、抹消よ」

 ふたりににじり寄られ、ザイールはペタンと尻餅をついた。

「わ、わかったよ」

 ザイールがついに音を上げたとき、

「待ってください」

 まったく話の中に加わることのなかった、透が声を出した。

「彼を責め立てるのはやめてください」

 ふり絞るようなその声に、3人は透に顔を向けた。

「だって透、キミは地獄へ行くのよ。わかってるの?」

 ディエルが言う。

「はい」

 透はうなずく。

「コイツのことだから、『地獄はなかなか快適だ』とかなんとか言ったかもしれないけど、ダメよ。一度地獄へ堕ちたら、そう簡単に出られないのよ」
「わかっています。彼が言うには100年だそうです」
「地獄での100年は、この世での1000年よ。それはもう、キミたちからすれば、気の遠くなるほどの年月なのよ。ほんとにわかってる?」
「はい」
「そのあいだ、律子の魂には出逢うことはできないのよ?」
「はい……」
「それでもいいってわけ」

 それに透はわずかに黙し、そして、

「はい」

 答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...