もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第41話】

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 透、いままでありがとう……。
 あなたに出逢えて、私は幸せでした……。
 あなたと結婚できなくなってしまったけど、でも、またすぐに逢えるわ……。
 あなたは必ず、私を捜しあててくれる……。
 だから、さよならは言わない……。
 ありがとう、透……。
 私はあなたを愛してる……。
 ずっと、ずっと……。
 私は光とともに天へと昇っていく――

『沢尻さん』

 田所久子の声が聴こえてきた。

「はい」

 私は、朝子にもどっていた。

『それでは、そろそろもとの世界にもどりましょう。私がみっつ数えたら、あなたはいい気分で目醒めますよ』

 田所久子がみっつ数えると、朝子はすうっと眼を開いた。

「気分はどうですか?」

 やさしい微笑みの彼女の顔がそこにあった。

「大丈夫?」
「はい、すごく気分がいいです」

 朝子は答えて、トオルに顔を向けた。
 その視線は、愛しい人へと向ける眼差しだった。
 朝子は涙を流している。
 その涙を拭おうともせずに、微笑みを浮かべた。
 トオルの頬にも、涙が伝っている。
 ふたりは見つめ合った。
 そのふたりに、田所久子はただならぬものを感じた。

「あなたたち、いとこ同士ではないのね」

 彼女のその言葉に、朝子は驚きの眼を向けた。

「そんなに驚かなくてもいいのよ。私はいままで、たくさんの方たちを前世の記憶へと導き、その魂にふれ、そして幾つもの奇跡を見てきました。それこそ、とても信じられないこともあったわ」

 そこで田所久子は一息つくように、朝子とトオルを交互に見て、

「魂のきずなの前では、それが起こりえないことであっても、なにも不思議ではないんです。だから、あなたたちの奇跡にも、私は驚かないわ」

 そう言った。
 朝子はそれに答えられず、眼を伏せていた。
 真実を話すことは簡単だった。
 さゆりに話したとおりのことを口にすればいいのだ。
 けれど、自分自身が触れたその真実のリアルさに、どう話していいのか整理がつかない。
 さゆりには客観的に話せたことだが、いまは違う。
 その真実を口にしたとたん、魂の昂りと激情に自分が押し流されてしまうような気がする。
 それでなくとも、胸の中はすでに激情が溢れ返り、出口を求めて暴れているのだ。
 朝子は顔を上げることができなかった。

「いいんですよ、沢尻さん。無理に話す必要はありません」

 察するように田所久子は言った。
 朝子の精神状態を考えてのことだ。
 朝子は顔を上げ、彼女を見る。

「前世を見てきたあなたはいま、整理がつかないはずです。それを訊こうとした私がいけませんでした。あなたたちにどんな奇跡が起きたのか、それは沢尻さんの整理がついたときに聞かせてください」

 田所久子は立ち上がり、

「今日はこれで」

 そう言い、ふたりを玄関まで見送った。

「ありがとうございました」

 玄関に立ち、朝子とトオルが丁寧に頭を下げると、

「あなたたちはきっと、素敵なソウル・メイトだわ」

 田所久子は微笑みの中で送り出してくれた。
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