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【第38話】
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話し方までが、さゆりによく似ている。
いや、だが違う。
似ているのはさゆりのほうだ。
この人と出会ったことで、さゆりが変わったのだ。
前世や魂の生まれ変わりに興味を持ちはじめる以前、彼女はこんな口調ではなかった。
熱しやすく冷めやすいさゆりが、人が変わったようにどっぷりとハマりきっているのは、ある意味、目覚めたといっていいのかもしれない。
「人の人生は一度きりではないんですよ」
田所久子は話しをつづける。
「というよりも、魂の人生は、と言ったほうがいいでしょうね。人は輪廻をくり返しています。
それは永遠とも言えるでしょう。生を受け、その度に新しい人生が待っています。けれど人は、前世で生きた記憶を忘れてしまっていますよね。それは、新しい人生を歩んでいく上で、一度すべてをリセットしてしまったほうがいいからだと思います。それに、産まれてきたばかりの乳児の脳では、前世の記憶を蓄えておくことができないのです。世界には、前世の記憶を憶えている子供たちがいますけれど、それでも、おとなになっていく過程でその記憶は失われていってしまいます。そうなるのはきっと、様々な知識を取り入れなければならない新たな環境の中では、前世の記憶は不要になるからでしょう。人生を歩みながら、不要な記憶を忘れていくのと同じことです。とはいえ、不要となり、忘れ去られてしまった前世の記憶は、魂に刻み込まれているのです。ですから、それを退行睡眠によって深層意識に入っていき、魂にコンタクトするのです。わかりますか?」
「あ、はい……」
朝子にはちんぷんかんぷんだった。
「何事も論より証拠。ではさっそく、前世の記憶の旅へと行くことに致しましょうか」
朝子はただただ、うなずくしかなかった。
「いとこさんの君はどうする? そばで見ていてもいいのよ」
トオルもそれにうなずいた。
ふたりは隣の部屋に通された。
その部屋はそれほど広くはなく、簡易ベッドが右側の壁よりに置かれ、一人掛けのソファと補助用の丸いソファがあり、左側の壁にはサイド・ボードが並んでいた。
「では、ベッドへ横になってください」
言われるまま、朝子はベッドに横になり、トオルは一人掛けのソファに坐った。
田所久子は補助用のソファをベッドに寄せ、そこへ腰を下ろした。
「それでは、眼を閉じて心と身体をリラックスさせてください」
朝子は心なしか緊張しながらも、言われるままにする。
「さあ、緊張がほぐれて、身体が楽になっていきます。そして、少しずつ、身体が温かいものに包まれていきます」
朝子はしだいに、暖かいものに包まれていくのを感じた。
トオルは、ドキドキしながら朝子を見守った。
「あなたはいま、草原の中に立っています。とても爽やかな風が吹いてきて、あなたはとっても気持ちがいい」
朝子はうなずく。その顔は穏やかだ。
「すごく解放された気分になって、どこへでも飛んでいけそうな気がします。あなたは鳥です。さあ、飛び立ちましょう」
朝子は鳥になって、大空を飛んだ。
「気分はどうですか?」
「とてもいいです」
朝子は微笑んでいる。
「それでは、これで旅へと向かう準備ができました。前方に煌びやかな光が見えます。どうですか?」
「はい、見えます」
「では、その光の中へ入っていきましょう。なにも恐くはありません。私があなたをナビゲートします」
その声に導かれて、朝子は光の中に入っていった。そしてすぐに、視界がひらけた。
『あなたはいま、だれですか?』
田所久子の声が聴こえる。
「藤村、律子です」
朝子が答える。
その名を耳にして、トオルは身を乗り出した。
思わずその名を呼びそうになるのをなんとか踏みとどまった。
『いま、どこにいますか?』
「学校の教室です」
朝子――律子は中学校の教室にいた。
正確には、律子は朝子の眼の前にいた。
彼女はブレザーの制服を着ている。
その律子が自分自身なのだということが朝子にはわかった。
いや、だが違う。
似ているのはさゆりのほうだ。
この人と出会ったことで、さゆりが変わったのだ。
前世や魂の生まれ変わりに興味を持ちはじめる以前、彼女はこんな口調ではなかった。
熱しやすく冷めやすいさゆりが、人が変わったようにどっぷりとハマりきっているのは、ある意味、目覚めたといっていいのかもしれない。
「人の人生は一度きりではないんですよ」
田所久子は話しをつづける。
「というよりも、魂の人生は、と言ったほうがいいでしょうね。人は輪廻をくり返しています。
それは永遠とも言えるでしょう。生を受け、その度に新しい人生が待っています。けれど人は、前世で生きた記憶を忘れてしまっていますよね。それは、新しい人生を歩んでいく上で、一度すべてをリセットしてしまったほうがいいからだと思います。それに、産まれてきたばかりの乳児の脳では、前世の記憶を蓄えておくことができないのです。世界には、前世の記憶を憶えている子供たちがいますけれど、それでも、おとなになっていく過程でその記憶は失われていってしまいます。そうなるのはきっと、様々な知識を取り入れなければならない新たな環境の中では、前世の記憶は不要になるからでしょう。人生を歩みながら、不要な記憶を忘れていくのと同じことです。とはいえ、不要となり、忘れ去られてしまった前世の記憶は、魂に刻み込まれているのです。ですから、それを退行睡眠によって深層意識に入っていき、魂にコンタクトするのです。わかりますか?」
「あ、はい……」
朝子にはちんぷんかんぷんだった。
「何事も論より証拠。ではさっそく、前世の記憶の旅へと行くことに致しましょうか」
朝子はただただ、うなずくしかなかった。
「いとこさんの君はどうする? そばで見ていてもいいのよ」
トオルもそれにうなずいた。
ふたりは隣の部屋に通された。
その部屋はそれほど広くはなく、簡易ベッドが右側の壁よりに置かれ、一人掛けのソファと補助用の丸いソファがあり、左側の壁にはサイド・ボードが並んでいた。
「では、ベッドへ横になってください」
言われるまま、朝子はベッドに横になり、トオルは一人掛けのソファに坐った。
田所久子は補助用のソファをベッドに寄せ、そこへ腰を下ろした。
「それでは、眼を閉じて心と身体をリラックスさせてください」
朝子は心なしか緊張しながらも、言われるままにする。
「さあ、緊張がほぐれて、身体が楽になっていきます。そして、少しずつ、身体が温かいものに包まれていきます」
朝子はしだいに、暖かいものに包まれていくのを感じた。
トオルは、ドキドキしながら朝子を見守った。
「あなたはいま、草原の中に立っています。とても爽やかな風が吹いてきて、あなたはとっても気持ちがいい」
朝子はうなずく。その顔は穏やかだ。
「すごく解放された気分になって、どこへでも飛んでいけそうな気がします。あなたは鳥です。さあ、飛び立ちましょう」
朝子は鳥になって、大空を飛んだ。
「気分はどうですか?」
「とてもいいです」
朝子は微笑んでいる。
「それでは、これで旅へと向かう準備ができました。前方に煌びやかな光が見えます。どうですか?」
「はい、見えます」
「では、その光の中へ入っていきましょう。なにも恐くはありません。私があなたをナビゲートします」
その声に導かれて、朝子は光の中に入っていった。そしてすぐに、視界がひらけた。
『あなたはいま、だれですか?』
田所久子の声が聴こえる。
「藤村、律子です」
朝子が答える。
その名を耳にして、トオルは身を乗り出した。
思わずその名を呼びそうになるのをなんとか踏みとどまった。
『いま、どこにいますか?』
「学校の教室です」
朝子――律子は中学校の教室にいた。
正確には、律子は朝子の眼の前にいた。
彼女はブレザーの制服を着ている。
その律子が自分自身なのだということが朝子にはわかった。
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