もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第36話】

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 トオルは立ち上がろうとし、だが、朝子を見つめていることが辛くなったかのように眼を伏せた。
 そして正面に顔をもどすと、そのままうなだれてしまった。
 そこへ、朝子がゆっくりと近づいてくる。
 トオルはうなだれたまま、もう朝子に顔を向けることはできなかった。
 朝子は足を止めずにベンチまで来ると、トオルの隣に腰を下ろした。
 トオルは顔を上げず、朝子は正面を向いている。
 どちらも声を発することなく、時間が少しだけ流れて、

「朝子ねえちゃん、ごめんね……」

 口許で小さくトオルがそう言った。
 その言葉を聞き取った朝子は、

「ううん、君が謝ることなんてないわ。悪いのは私だもの。大人げなかったわよね、私。でもね、私すごく驚いて取り乱しちゃったのよ……。だって、過去から来ただなんて言われたら、だれでも――」

 そこで言葉を切ると、朝子は首をふり、
「だけど、トオルくんが病室から去っていって、それから私、冷静になって考えたの。あんな作り話を、まだ8歳のトオルくんがするだろうかって。それに、トオルくんの眼は、ウソを言っている眼じゃなかった。だから、謝るのは私のほう。ごめんね」

 言うとトオルへと顔を向けた。

「トオルくん。私、君が言ったこと、信じるわ」

 朝子のその言葉に、トオルはやっと顔を上げて朝子を見上げた。

「ほんと?」
「ええ、ほんとよ」

 朝子は笑顔になって答えると、

「考えてみたら、神様って意地悪よね。トオルくんが天国に来るのを待ってあげずに、律子さんを私に生まれ変わらせたんだから」

 そう言った。
 トオルは言葉もない。

「あ、でも……、トオルくんにとっていまは未来なわけだから、君がこの時代に生まれ変わってくるってこともあるのよね。そして私とどこかでめぐり逢うってことが」
「そうかな」
「そうよ、きっとそう」

 朝子はうれしそうに言う。
 だが、トオルにはそうは思えない。
 さゆりが言っていたように、地獄から出られて生まれ変わることができるとしても、それはいつのことかはわからない。
 それに生まれ変われたとしても、めぐり逢えるかどうかはわからないのだ。
 ふたりがソウル・メイトかどうかは定かでないのだから。
 それを思うと、トオルはまた暗澹としてしまう。

「ねえ、律子さんて、どんな人だった? 私に似てるの?」

 唐突に朝子が訊いた。

「容姿はあなたにそっくり。律子の髪はショートだったけど。友だちからは、『太陽みたいな人』って言われてた。でも自分では、『私は月の化身』だって」
「月の化身?」
「うん。彼女には、三日月形の小さな痣があったんだ。左胸の下のところに」
「え? それ……」

 朝子は驚きに眼を見開いた。

「そう、あなたにも同じ痣がある。それで僕は、あなたが律子の生まれ変わりだって確信したんだ」
「私のこの痣は、前世からのものだったのね――あ、やだ。そういえば、お風呂に一緒に入ったのよね。トオルくんのほんとの歳を知ったら、裸を見られたことがなんだか恥ずかしい」

 朝子は、心なしか顔を赤らめてうつむいた。

「あなたは美しかった。あ、でも、いやらしいことを考えて言ったわけじゃないからね。僕は精神も、少年にもどっているようだから」

 とは言いながら、朝子の裸身に見惚れていたのは事実だ。

「ううん、いやらしいなんて思ってないわよ。トオルくんは見た目のとおり、純真な男の子だもの。でも、素直にうれしい。美しいって言ってくれて。たとえ8歳の男の子からでもね」

 朝子は微笑む。
 そして、何かを決意したような顔になり、

「よし、決めた」

 スッと立ち上がった。

「決めたって、なにを?」

 立ち上がった朝子を、トオルは見上げる。

「知りたくなったの。私の前世である、律子さんのこと」

 トオルは驚いた。

「でも、どうやって?」
「前世のことといえば、ひとりいるじゃないの」

 トオルはすぐに思いあたった。

「あ、さゆりさんのことだね」
「そう。さゆりなら、力になってくれるはずよ」

 そう言うなり、朝子は肩にかけていたバッグから何かを取り出して、それを耳にかけた。
 すると朝子は、なにやら会社名と部署、そしてさゆりの名を口にした。
 それで、さゆりを呼び出しているということがわかった。
 それは、ダイヤルをプッシュすることなく、声で相手先へコールすることのできる電話のようなものであるらしい。
 さゆりはすぐに出たとみえて、朝子は会話を始めた。
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