もう一度、君に逢いたい

星 陽月

文字の大きさ
上 下
35 / 53

【第34話】

しおりを挟む
 そのとき病室の戸が開いて、朝子が入ってきた。

「トオルくん、よかった、眼を醒ましたのね。どう? 頭とか痛くない?」
「うん。どこも痛くないよ」
「そう。ほんとによかった。このまま眼を醒まさなかったらどうしようって思っていたんだからね」

 朝子はホッとした顔で、ベッドの横の椅子に坐った。

「ごめんね、心配かけて」
「ほんとよ。トオルくん、アスファルトに頭を強く打ちつけて、救急でこの病院に運ばれたのよ。担当の先生は、脳に異常はないし、脳波も正常だからじきに眼を醒ますでしょうって言ったけど、昏睡したまま丸1日も意識を失ったままだったんだから、気か気じゃなかったわ」
「ごめんなさい……」

 トオルは言葉もない。

「そんなに謝られても、私も困っちゃうわよ。トオルくんは、私を助けようとしたわけなんだし……」
「でも、朝子ねえちゃんに怪我がなくてよかった」
「だけど、どうしてあんな無茶なことをしたの?」
「朝子ねえちゃんが、車に撥ねられるって思ったから」
「どうして、そんなこと思ったの」
「だって、朝子ねえちゃんが車道に倒れていって、そこに車が走ってきて……」
「だからって……、車が人を撥ねることなんてないのに」
「どういうこと?」
「どういうことって、車は自動事故防御システムというのが働いて、前方に飛び出してくるものがあったら、瞬時に急停止するようになっているんだから」

 そんなことをトオルが知るはずもない。

「でも、故障するってこともあるじゃない。それに、ほら、朝子ねえちゃんが乗るはずだったリトレが暴走して、すごい脱線事故があったって言ってたじゃないか」
「それは確かにそうだけど、でもあの事故は、ここ20年で一度だけなのよ。車に限っては、一度も起きてないわ。だから、あんな無茶をしなくてもよかったのよ」
「だけど、僕はただ夢中で……。もう君を喪いたくなかったから」

 言ってしまったあとで、トオルはハッとした。
 だが、もう遅かった。

「それ、どういうこと?」

 朝子の表情が固くなる。

「もう君を喪いたくなかったって、どういうことよ」

 表情はさらに険しくなる。

「それだけじゃないわ。これは、トオルくんが退院してから訊こうと思っていたことだけど、君が私を助けようとしたとき、私のことを律子って呼んだわよね。それって、どういうことなの?」

 トオルは朝子から逃げるように顔を斜に伏せた。
 答えられるわけがなかった。

「ね、答えて、トオルくん。ううん、違うわね。君は私のいとこのトオルくんでもない」
 
(えッ!)

 トオルは胸を鷲づかみにされたように、息がつまった。
 鼓動がドクンと音を立てた。

「小樽の裕三おじさんに電話を掛けたの。君が事故に遭ったことを伝えようと思って。そうしたら、『久しぶりに電話を掛けてきたと思ったら、なにをそんな冗談言ってるんだ』って言われたわ。いとこのトオルくんとも話しをした。ね、君はいったいだれなの? 私をだましていたってことよね。いったい、どうするつもりだったの?」

(そう。確かに僕は君をだました。だけどそれは……)

 トオルは唇を噛んだ。

「そうやって、なにも言わないつもりなの? それだと、警察に連絡してここへ来てもらうしかないわよ。それでもいいの?」

 それでもトオルは顔を上げなかった。

「そう。どうしても話せないんだったら、いいわ、わかった」

 朝子は立ち上がり、病室を出ようとした。

「待って」

 ようやくトオルは声を出した。

「話す気になった?」

 朝子がふり返る。
 トオルはこくりとうなずいた。
 もう話すしかない。
 信じてもらえなくてもいいから、真実を。
 トオルは心に決めた。
 そして、椅子に坐り直した朝子にすべてを打ち明けた。
 話し終えたトオルの顔を、信じられないものを見るように朝子は見つめた。

「そんなこと……」

 その眼が揺れている。

「信じられないのはわかるよ。でも、これはほんとうのことなんだ」
「ウソよ。いくらなんでも、そんなことが現実に起きるわけがないわ」

 トオルを見つめる朝子の眼が、驚愕の色に変わる。
 いまにも逃げ出さんばかりの恐怖の表情だ。
 トオルは哀しくなって、ベッドから下りると、自分の衣服へと着替え始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...