もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第32話】

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(小屋があるってことは、人がいるんじゃないか……)

 トオルは足早に小屋に向かった。
 寄せ集めの材木で建てたようなその小屋は、左に傾きかけていて、それを2本の細い丸太で支えている。
 見るからに人が住んでいるとは思えないほどの古い小屋だった。
 入口には扉がなく、古びた御座が吊る下がっているだけだった。

「だれかいませんかァ」

 声をかけるが、中からの返答はない。

「だれもいないんですかァ」

 耳を済ませるが、物音ひとつ聴こえない。

「あのー」

 トオルは御座の端から中を覗いた。
 内部には木のテーブルと椅子がふたつあった。
 その奥には石造りの暖炉があり、もうずいぶんと使われていないようで、炭と化した薪には埃が被っている。
 他には何もなかった。
 トオルは中へと入り、内部を見回してみたが、人が生活をしているとはとても思えなかった。

「なんだ。人が住んでるわけじゃないんだ」

 ため息のように、トオルはひとりごちた。
 トオルは気が抜けてしまい、椅子に坐った。

(だけど、こんな小屋があるってことは、人がいるってことだよな……)

 そう思い直して、少し待ってみることにした。
 だが、すぐに飽きた。何もすることがないというのは、これほど退屈なものはない。
 それによく考えてみれば、ここには人の生活している様子がないのだから、だれかがもどってくるわけもないのだ。
 そうとわかれば、こんなところにいてもしかたがない。
 トオルは立ち上がろうとし、そのとき、入口の向こうに気配があった。

「だれ?」

 トオルは警戒しながら声をかける。
 すると御座が動いて、黒い人影が入ってきた。と思ったら、

「オレだよ」

 黒い帽子に、黒いコートを着たザイールだった。

「なんだ、ザイールか」
「なんだはないだろ。ヨッ、元気か」
「元気かって、そんなのわからないよ。僕はどうなって、いまどこにいるのかもわからないんだから」
「ケッ、無理に女を助けようとなんかするからだよ」

 ザイールは向かい側の椅子に坐った。

「ってことは、知ってるの? 僕になにがあったのか」
「カカッ。だからオレはここへ来たんじゃないか」
「そうか、僕は死んだんだね。だから君は、僕を地獄へ連れていくために、迎えにきたんだ」
「オイ、早まるな。アンタにはまだ、あともう1日ある」
「え? じゃあ、僕は車に撥ねられて死んだわけじゃないんだ。でも、あと1日ってどういうこと? 未来にいられるのは、あと2日間あるはずじゃないか?」
「アンタは車道に頭を打ちつけて、丸1日意識を失ってたのさ」
「え、そうなの? するとボクは、この夢の中で1日を過ごしちゃったってこと?」
「うむ。つまり、そう言うことだ」
「えー! そんな、ひどいよ」
「そう言われても、1日は1日だからしかたがない」
「そこをさ、なんとかオマケしてよ。大天使、ザイール様のお力で、もう1日。お願い」

 トオルは手を合わせて、懇願(こんがん)した。
「よーし、そこまで言うなら、もう1日、オマケしてしんぜよう!」
「ほんと? やったー!」

 と、トオルは歓んだが、

「って、そういうわけにはいかないんだよ。これは、決まりごとだからな」

 ザイールは言った。

「なにそれー! あんまりだよ」

 トオルは、がっくしと肩を落とした。
 どうやらまた1日、損をしたようだ。

「そうだ。そんなことより、律子は、いや、朝子ねえちゃんは無事なの?」

 トオルには、それがいちばん気になることだった。

「心配するな。女はかすり傷ひとつないよ」

 ザイールが答える。

「よかった」

 トオルはホッとした。

「よかったじゃねえよ、まったく。女を助けようとするなんて、ルール違反もいいとこだぜ。あれでアンタが死んでたら、契約がパーになってたんだぞ。自己犠牲なんて、その場で天国行きだからな」
「地獄行きが決まってても?」
「そうさ」
「ふーん――ところでさ、ザイール」
 
 トオルは、改めるようにザイールを見た。

「あ? なんだ」
「僕は、ほんとに地獄行きが決まっていたの?」
「な、なにを言いだすんだ。いきなりだな。そんなのは、あたり前じゃないか」

 ザイールの顔に、狼狽(ろうばい)の色があからさまに出た。

「ってか、いまさら『地獄へ行くのはイヤだ』なんて、ガキみたいなことを言うんじゃないだろうな。とはいっても、いまのアンタはガキだが。とにかくキャンセルは無理だ。悪いがこればっかりは、クーリング・オフってのも利かないぜ」

 ザイールはスーツのポケットからハンカチを出し、額の汗を拭った。

「そういうことじゃなくて、ザイール。ほんとは地獄行きなんて決まってなかったんでしょ?」
「なんだと? このザイール様がウソをついて、アンタを地獄へ連れていこうとしてるとでもいうのか?」
「うん」

 トオルはきっぱりと答えた。
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