もう一度、君に逢いたい

星 陽月

文字の大きさ
上 下
32 / 53

【第31話】

しおりを挟む
 神々しいほどの光が、そこには満ち溢れていた。
 そしてあたり一面には、芳しいほどの花々が咲き誇り、その中を蝶が舞い、小鳥たちのさえずりが聴こえている。

(ここはどこ……)

 トオルは四方に眼をやりながら、花畑の中の小径を歩いていた。

「だれかいませんか。だれかァ」

 人を呼ぶが、それに応えるものはいない。
 トオルは心細くなった。
 花畑はどこまでも広がっている。
 呼吸をする度に、それまで嗅いだことのないいい匂いが鼻腔をやさしく刺激した。

(なんて素晴らしいところなんだろう……)

 心細さなど消え失せて、心がいっぺんに癒され快い気分になっていく。

(ここは天国なのかな……)

 そう思ってもしかたのない光景だった。
 しばらく小径をいくと、池のほとりに出た。
 透明感のある池の水面は、風もなく凪いでいる。
 トオルは水際に立ち、空を仰いだ。
 雲ひとつない青空が広がっている。
 ふと、爽やかな風が吹いて、トオルの頬をなでていった。
 あまりの気持ちのよさにトオルは歩くことをやめ、その場に腰を下ろした。
 何を考えるでもなく池を眺めた。
 すると、水際に近い水面に何かが顔を出した。
 
 小さな丸い目玉がふたつ――
 
 それは、しばらくトオルを見つめていると、すうっと寄ってきて水際にジャンプした。

「わッ!」

 思わずトオルは身を退いた。
 よく見ると、それは蛙だった。

「カ、カエル?」

 蛙はまたもジッとトオルを見つめている。
 トオルも瞼を瞬かせながら、その蛙を見つめ返した。

「オマエ、来るべき者か」
「わッ、カエルがしゃべった」

 そう、蛙は横に開いた口を動かして、声を発したのだ。

「オマエ、おかしなことを言うな。そう言うオマエもしゃべっているじゃないか」
「だって、僕は人間だもの。でも君はカエルじゃないか」
「オレはカエルなのか」
「どう見たってカエルだよ」
「そうか、オレはカエル。わかった」
「それにしても、カエルがしゃべるなんて、思いもしなかった」
「カエルがしゃべると、おかしいのか」
「そりゃそうだよ。カエルはしゃべったりしない」
「それは、なぜだ」
「なぜって、言葉を話すのは人間だけだからだよ」
「人間だけ。なるほど、そうなのか。じゃあ、しゃべるのはよそう」

 蛙は口を閉じた。
 クリンとした眼を、トオルに向けつづけている。
 なんとも愛着のある顔だ。

「あ、あのさ、カエルくん」
「――――」

 蛙は答えない。

「あの、しゃべれるなら、しゃべっていいんだけど……」
「なんだ、しゃべっていいのか」
「そのほうが、僕もありがたいよ。訊きたいこともあるし」
「そうか。それで、訊きたいこととはなんだ」
「うん。ここはもしかして天国なの? 僕は死んだのかな」
「オマエのその問いの答えを、オレは持っていない」
「わからないってこと?」
「わからないのではない。答えなどないのだ。だからオマエのその問いは、意味を持たない」

 あー、まただ。トオルは思った。
 ザイールやサラや、あの光体が話すことと同じで、この蛙の言っていることもさっぱりだった。

「じゃあ、ここはどこなの」

 とりあえず訊いてみる。

「どこでもない」

 やっぱり。そうくると思った。

「あ、そう。だったら、『来るべき者』っていうのは?」
「来るべき者は、来るべき者のことをいい、来るべき者以外のなにものでもなく、それ以外の意味はない」
「なるほど。それでその、来るべき者っていうのが僕ってわけだ」
「オレは、オマエが来るべき者かどうかを訊ねただけだ。来るべき者がどんな姿をしているのかをオレは知らない。だが、ここへ来るものが来るべき者であって、そしてオマエがやってきた。オレは、鳥や虫以外のものを見たことがない」
「鳥や虫は、来るべき者ではないの?」
「鳥や虫は、オレがここに存在したときには、もういたものだ」
「そして僕がやってきた……」
「そうだ」
「それじゃあ、ここにはだれもいないってことなの?」
「それは、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「肝心なことはわからないんだね、君は」
「オマエの言う肝心なこととは、オマエが認識を得ようとする上での情報にすぎない。肝心であるということは、すべてのものの本質の姿にあり、オレが知る範疇にないということこそが肝心であることの要なのだ」
「はいはい。それなら僕は、これからどうなるのかな」
「それも、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「あー、そうですか。それなら君とこれ以上話しをしても、なんの情報も得られそうにないから、
僕は行くね」

 トオルはすっと立ち上がった。

「どこへゆく」
「知らない。とにかく歩くとするよ」
「そうか。また来るといい。オレはここにいる」
「来ることがあったらそうするよ。じゃあね、カエルくん」

 トオルは池の水際に沿って歩き始めた。

(まったく、なんの役にも立たちやしない……)

 水際を抜け、さらに小径をいくと花畑の先に小屋があるのが見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...