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【第31話】
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神々しいほどの光が、そこには満ち溢れていた。
そしてあたり一面には、芳しいほどの花々が咲き誇り、その中を蝶が舞い、小鳥たちのさえずりが聴こえている。
(ここはどこ……)
トオルは四方に眼をやりながら、花畑の中の小径を歩いていた。
「だれかいませんか。だれかァ」
人を呼ぶが、それに応えるものはいない。
トオルは心細くなった。
花畑はどこまでも広がっている。
呼吸をする度に、それまで嗅いだことのないいい匂いが鼻腔をやさしく刺激した。
(なんて素晴らしいところなんだろう……)
心細さなど消え失せて、心がいっぺんに癒され快い気分になっていく。
(ここは天国なのかな……)
そう思ってもしかたのない光景だった。
しばらく小径をいくと、池のほとりに出た。
透明感のある池の水面は、風もなく凪いでいる。
トオルは水際に立ち、空を仰いだ。
雲ひとつない青空が広がっている。
ふと、爽やかな風が吹いて、トオルの頬をなでていった。
あまりの気持ちのよさにトオルは歩くことをやめ、その場に腰を下ろした。
何を考えるでもなく池を眺めた。
すると、水際に近い水面に何かが顔を出した。
小さな丸い目玉がふたつ――
それは、しばらくトオルを見つめていると、すうっと寄ってきて水際にジャンプした。
「わッ!」
思わずトオルは身を退いた。
よく見ると、それは蛙だった。
「カ、カエル?」
蛙はまたもジッとトオルを見つめている。
トオルも瞼を瞬かせながら、その蛙を見つめ返した。
「オマエ、来るべき者か」
「わッ、カエルがしゃべった」
そう、蛙は横に開いた口を動かして、声を発したのだ。
「オマエ、おかしなことを言うな。そう言うオマエもしゃべっているじゃないか」
「だって、僕は人間だもの。でも君はカエルじゃないか」
「オレはカエルなのか」
「どう見たってカエルだよ」
「そうか、オレはカエル。わかった」
「それにしても、カエルがしゃべるなんて、思いもしなかった」
「カエルがしゃべると、おかしいのか」
「そりゃそうだよ。カエルはしゃべったりしない」
「それは、なぜだ」
「なぜって、言葉を話すのは人間だけだからだよ」
「人間だけ。なるほど、そうなのか。じゃあ、しゃべるのはよそう」
蛙は口を閉じた。
クリンとした眼を、トオルに向けつづけている。
なんとも愛着のある顔だ。
「あ、あのさ、カエルくん」
「――――」
蛙は答えない。
「あの、しゃべれるなら、しゃべっていいんだけど……」
「なんだ、しゃべっていいのか」
「そのほうが、僕もありがたいよ。訊きたいこともあるし」
「そうか。それで、訊きたいこととはなんだ」
「うん。ここはもしかして天国なの? 僕は死んだのかな」
「オマエのその問いの答えを、オレは持っていない」
「わからないってこと?」
「わからないのではない。答えなどないのだ。だからオマエのその問いは、意味を持たない」
あー、まただ。トオルは思った。
ザイールやサラや、あの光体が話すことと同じで、この蛙の言っていることもさっぱりだった。
「じゃあ、ここはどこなの」
とりあえず訊いてみる。
「どこでもない」
やっぱり。そうくると思った。
「あ、そう。だったら、『来るべき者』っていうのは?」
「来るべき者は、来るべき者のことをいい、来るべき者以外のなにものでもなく、それ以外の意味はない」
「なるほど。それでその、来るべき者っていうのが僕ってわけだ」
「オレは、オマエが来るべき者かどうかを訊ねただけだ。来るべき者がどんな姿をしているのかをオレは知らない。だが、ここへ来るものが来るべき者であって、そしてオマエがやってきた。オレは、鳥や虫以外のものを見たことがない」
「鳥や虫は、来るべき者ではないの?」
「鳥や虫は、オレがここに存在したときには、もういたものだ」
「そして僕がやってきた……」
「そうだ」
「それじゃあ、ここにはだれもいないってことなの?」
「それは、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「肝心なことはわからないんだね、君は」
「オマエの言う肝心なこととは、オマエが認識を得ようとする上での情報にすぎない。肝心であるということは、すべてのものの本質の姿にあり、オレが知る範疇にないということこそが肝心であることの要なのだ」
「はいはい。それなら僕は、これからどうなるのかな」
「それも、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「あー、そうですか。それなら君とこれ以上話しをしても、なんの情報も得られそうにないから、
僕は行くね」
トオルはすっと立ち上がった。
「どこへゆく」
「知らない。とにかく歩くとするよ」
「そうか。また来るといい。オレはここにいる」
「来ることがあったらそうするよ。じゃあね、カエルくん」
トオルは池の水際に沿って歩き始めた。
(まったく、なんの役にも立たちやしない……)
水際を抜け、さらに小径をいくと花畑の先に小屋があるのが見えた。
そしてあたり一面には、芳しいほどの花々が咲き誇り、その中を蝶が舞い、小鳥たちのさえずりが聴こえている。
(ここはどこ……)
トオルは四方に眼をやりながら、花畑の中の小径を歩いていた。
「だれかいませんか。だれかァ」
人を呼ぶが、それに応えるものはいない。
トオルは心細くなった。
花畑はどこまでも広がっている。
呼吸をする度に、それまで嗅いだことのないいい匂いが鼻腔をやさしく刺激した。
(なんて素晴らしいところなんだろう……)
心細さなど消え失せて、心がいっぺんに癒され快い気分になっていく。
(ここは天国なのかな……)
そう思ってもしかたのない光景だった。
しばらく小径をいくと、池のほとりに出た。
透明感のある池の水面は、風もなく凪いでいる。
トオルは水際に立ち、空を仰いだ。
雲ひとつない青空が広がっている。
ふと、爽やかな風が吹いて、トオルの頬をなでていった。
あまりの気持ちのよさにトオルは歩くことをやめ、その場に腰を下ろした。
何を考えるでもなく池を眺めた。
すると、水際に近い水面に何かが顔を出した。
小さな丸い目玉がふたつ――
それは、しばらくトオルを見つめていると、すうっと寄ってきて水際にジャンプした。
「わッ!」
思わずトオルは身を退いた。
よく見ると、それは蛙だった。
「カ、カエル?」
蛙はまたもジッとトオルを見つめている。
トオルも瞼を瞬かせながら、その蛙を見つめ返した。
「オマエ、来るべき者か」
「わッ、カエルがしゃべった」
そう、蛙は横に開いた口を動かして、声を発したのだ。
「オマエ、おかしなことを言うな。そう言うオマエもしゃべっているじゃないか」
「だって、僕は人間だもの。でも君はカエルじゃないか」
「オレはカエルなのか」
「どう見たってカエルだよ」
「そうか、オレはカエル。わかった」
「それにしても、カエルがしゃべるなんて、思いもしなかった」
「カエルがしゃべると、おかしいのか」
「そりゃそうだよ。カエルはしゃべったりしない」
「それは、なぜだ」
「なぜって、言葉を話すのは人間だけだからだよ」
「人間だけ。なるほど、そうなのか。じゃあ、しゃべるのはよそう」
蛙は口を閉じた。
クリンとした眼を、トオルに向けつづけている。
なんとも愛着のある顔だ。
「あ、あのさ、カエルくん」
「――――」
蛙は答えない。
「あの、しゃべれるなら、しゃべっていいんだけど……」
「なんだ、しゃべっていいのか」
「そのほうが、僕もありがたいよ。訊きたいこともあるし」
「そうか。それで、訊きたいこととはなんだ」
「うん。ここはもしかして天国なの? 僕は死んだのかな」
「オマエのその問いの答えを、オレは持っていない」
「わからないってこと?」
「わからないのではない。答えなどないのだ。だからオマエのその問いは、意味を持たない」
あー、まただ。トオルは思った。
ザイールやサラや、あの光体が話すことと同じで、この蛙の言っていることもさっぱりだった。
「じゃあ、ここはどこなの」
とりあえず訊いてみる。
「どこでもない」
やっぱり。そうくると思った。
「あ、そう。だったら、『来るべき者』っていうのは?」
「来るべき者は、来るべき者のことをいい、来るべき者以外のなにものでもなく、それ以外の意味はない」
「なるほど。それでその、来るべき者っていうのが僕ってわけだ」
「オレは、オマエが来るべき者かどうかを訊ねただけだ。来るべき者がどんな姿をしているのかをオレは知らない。だが、ここへ来るものが来るべき者であって、そしてオマエがやってきた。オレは、鳥や虫以外のものを見たことがない」
「鳥や虫は、来るべき者ではないの?」
「鳥や虫は、オレがここに存在したときには、もういたものだ」
「そして僕がやってきた……」
「そうだ」
「それじゃあ、ここにはだれもいないってことなの?」
「それは、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「肝心なことはわからないんだね、君は」
「オマエの言う肝心なこととは、オマエが認識を得ようとする上での情報にすぎない。肝心であるということは、すべてのものの本質の姿にあり、オレが知る範疇にないということこそが肝心であることの要なのだ」
「はいはい。それなら僕は、これからどうなるのかな」
「それも、オレの知る範疇(はんちゅう)ではない」
「あー、そうですか。それなら君とこれ以上話しをしても、なんの情報も得られそうにないから、
僕は行くね」
トオルはすっと立ち上がった。
「どこへゆく」
「知らない。とにかく歩くとするよ」
「そうか。また来るといい。オレはここにいる」
「来ることがあったらそうするよ。じゃあね、カエルくん」
トオルは池の水際に沿って歩き始めた。
(まったく、なんの役にも立たちやしない……)
水際を抜け、さらに小径をいくと花畑の先に小屋があるのが見えた。
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