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【第28話】
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「やっぱり、圭介のヤツ来なかったな」
白ワインを口にしながら、ふいに直人が言った。
「だって、圭介くんには彼女ができたんでしょ?」
と、成実が訊き返す。
「そうなのよ」
答えたのはさゆりだった。
「その彼女って、うちの会社の営業部主任なのよ。それも圭介の5つ上。そのキャリアの彼女を圭介が射止めたっていうから、もうびっくり。ねえ、朝子」
そう言うさゆりに、朝子は曖昧な笑みで応えた。
圭介というのは、さゆりと同じく朝子と同僚で、その彼の友人が直人だった。
皆それぞれ彼氏彼女がいないということもあって、これまで友好を温めてきたのだが、その中のひとり、圭介にめでたく彼女ができたのだ。
「だけど、それでいいのかな、アイツは」
直人がぽつりと言う。
「どういうことよ、それ。まさか直人、妬いてるんじゃないでしょうね。圭介に彼女ができたからって」
さゆりが嘲るように言う。
「バカ言うなよ。どうして俺がアイツに妬いたりするんだよ。そうじゃなくて、アイツはずっと朝子のことが好きだったから、それでいいのかって思っただけさ」
「え、なに? ちょっと、そんなの初耳よ」
「私も」
さゆりと成実は朝子へと眼を向ける。
「な、なによ……」
朝子は思わず身を引く。
「なによ、じゃないわよ。ちゃんと説明して」
「そうよ。友人には、そういうことは話すべきでしょ」
ふたりはつめ寄る。
「別に秘密にしていたわけじゃないのよ。告白は確かにされたけど、でも、私は圭介のことを友人以上には考えられなかったし、その気持ちは圭介にも伝えたもの。だけど、それをみんなに話したら、圭介を傷つけることになるじゃない。だから話さなかっただけ」
「なら朝子は、圭介をしっかりフッたってことなのね」
「そんな、しっかりフッた、なんて言わないでよ」
「だけど、それが事実。だったら、圭介が彼女を作ることのに、いいも悪いもないんじゃない?」
さゆりは視線を直人に移す。
「そりゃそうさ。圭介がだれを好きになって、だれとつき合おうと、アイツの勝手だよ。俺がどうこう言うことじゃない。だけどアイツは、朝子のことを忘れちゃいない。いまでも圭介が好きなのは朝子だけさ。だから、いまの彼女とは本気じゃないんだよ」
「いいじゃないの、本気じゃなくたって」
「どうしてだよ。そんなのその彼女が可哀想じゃないか。他に好きな女のいる男とつき合ってるなんて」
「直人って、面倒な男ね」
さゆりは直人から視線を外し、ワイン・グラスを手に取った。
「なにがだよ。俺はその彼女や、直人のことを想って言っているんじゃないか」
直人は怒りをあらわにした。
「だから、それが面倒だって言ってるの。彼女や圭介を想って言っているですって? だったら、圭介には忠告した? 彼女にも会って、圭介には他に好きな女がいるってこと話した?」
「それは……」
直人は口ごもった。
「できないんでしょ? なにもできないくせに、そういう、『人を想いやる精神』みたいのって、ズレてるっていうか重いのよ。それにね、好きな人にフラれた傷を背負っていたとしても、その人を好きでいつづけていたとしても、新しい恋をすることで前進できるんじゃない。過去を断ち切って新しい恋をするほうが、無理ってものだわ。辛い過去は、新しい恋に心が緩和されながら少しずつ想い出になっていくのよ。それと、憶えておいて。女はね、直人が思っているほどヤワじゃないの。彼女だって、圭介に好きな女がいることくらい、わかっているわよ。そのくらい察知できないようじゃ、キャリアは務まらないんだから」
そう言うとさゆりはワインを飲み干し、空いたワイン・グラスを直人に突き出した。
白ワインを口にしながら、ふいに直人が言った。
「だって、圭介くんには彼女ができたんでしょ?」
と、成実が訊き返す。
「そうなのよ」
答えたのはさゆりだった。
「その彼女って、うちの会社の営業部主任なのよ。それも圭介の5つ上。そのキャリアの彼女を圭介が射止めたっていうから、もうびっくり。ねえ、朝子」
そう言うさゆりに、朝子は曖昧な笑みで応えた。
圭介というのは、さゆりと同じく朝子と同僚で、その彼の友人が直人だった。
皆それぞれ彼氏彼女がいないということもあって、これまで友好を温めてきたのだが、その中のひとり、圭介にめでたく彼女ができたのだ。
「だけど、それでいいのかな、アイツは」
直人がぽつりと言う。
「どういうことよ、それ。まさか直人、妬いてるんじゃないでしょうね。圭介に彼女ができたからって」
さゆりが嘲るように言う。
「バカ言うなよ。どうして俺がアイツに妬いたりするんだよ。そうじゃなくて、アイツはずっと朝子のことが好きだったから、それでいいのかって思っただけさ」
「え、なに? ちょっと、そんなの初耳よ」
「私も」
さゆりと成実は朝子へと眼を向ける。
「な、なによ……」
朝子は思わず身を引く。
「なによ、じゃないわよ。ちゃんと説明して」
「そうよ。友人には、そういうことは話すべきでしょ」
ふたりはつめ寄る。
「別に秘密にしていたわけじゃないのよ。告白は確かにされたけど、でも、私は圭介のことを友人以上には考えられなかったし、その気持ちは圭介にも伝えたもの。だけど、それをみんなに話したら、圭介を傷つけることになるじゃない。だから話さなかっただけ」
「なら朝子は、圭介をしっかりフッたってことなのね」
「そんな、しっかりフッた、なんて言わないでよ」
「だけど、それが事実。だったら、圭介が彼女を作ることのに、いいも悪いもないんじゃない?」
さゆりは視線を直人に移す。
「そりゃそうさ。圭介がだれを好きになって、だれとつき合おうと、アイツの勝手だよ。俺がどうこう言うことじゃない。だけどアイツは、朝子のことを忘れちゃいない。いまでも圭介が好きなのは朝子だけさ。だから、いまの彼女とは本気じゃないんだよ」
「いいじゃないの、本気じゃなくたって」
「どうしてだよ。そんなのその彼女が可哀想じゃないか。他に好きな女のいる男とつき合ってるなんて」
「直人って、面倒な男ね」
さゆりは直人から視線を外し、ワイン・グラスを手に取った。
「なにがだよ。俺はその彼女や、直人のことを想って言っているんじゃないか」
直人は怒りをあらわにした。
「だから、それが面倒だって言ってるの。彼女や圭介を想って言っているですって? だったら、圭介には忠告した? 彼女にも会って、圭介には他に好きな女がいるってこと話した?」
「それは……」
直人は口ごもった。
「できないんでしょ? なにもできないくせに、そういう、『人を想いやる精神』みたいのって、ズレてるっていうか重いのよ。それにね、好きな人にフラれた傷を背負っていたとしても、その人を好きでいつづけていたとしても、新しい恋をすることで前進できるんじゃない。過去を断ち切って新しい恋をするほうが、無理ってものだわ。辛い過去は、新しい恋に心が緩和されながら少しずつ想い出になっていくのよ。それと、憶えておいて。女はね、直人が思っているほどヤワじゃないの。彼女だって、圭介に好きな女がいることくらい、わかっているわよ。そのくらい察知できないようじゃ、キャリアは務まらないんだから」
そう言うとさゆりはワインを飲み干し、空いたワイン・グラスを直人に突き出した。
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