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【第24話】
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「リック、もっとゆっくり」
トオルの言うことになど耳を貸さず、リックはずんずん進む。
公園に入ると、やっとリックは歩調を緩め、トオルと並んで歩いた。
園内は昨日と変わらず、やはり犬を連れた人たちが多かった。
中央の広場では、犬たちがリードを外してもらい、自由に園内を駆け回っている。
未来ではそれがあたり前なのだろう。
その仲間に入りたいのか、リックはしきりに首を振ったり、前脚で地をかく仕草をしたりしてトオルを見上げた。
トオルがどうしたものかと悩んでいると、1匹のコーギーが駆け寄ってきて、リックに誘いかけた。
友だちなのだろうか。
「ねえ、遊びに行ってもいいだろ?」
見上げるリックの眼がそう言っているようで、トオルはリックからリードを外した。
とたんにリックは駆け出し、数匹の犬たちとじゃれ合いはじめた。
無邪気に遊ぶその光景は、トオルを和ませた。
犬たちの主人も、それぞれが手にリードを束ねて持ち、トオルと同じように愛犬がじゃれ合う光景を眺めている。
その中のひとりと眼が合った。
髪に白いものが目立つ老人だった。
好々爺な趣のその老人は、にこやかな笑みを浮かべて近づいてくる。
こんにちは、と挨拶を交わし合うと、老人はトオルの隣に立ち、
「犬たちが自由に遊ぶ光景は、なんとも心が癒される」
そう言った。
「あのゴールデン・リトリバーは、君の犬かい?」
「ううん、親戚のおねえちゃんの犬です」
トオルはとっさにそう答えた。
「その親戚のおねえちゃんって、もしかすると朝子さんのことかな?」
「え? 知ってるの? 朝子ねえちゃんのこと」
「よく知っているよ。ここでいつも会うからね。うちのミルが、君の連れた犬に近づいていったから、もしやと思ったが、やっぱりそうだった」
「それじゃ、あの犬たちも、みんなリックの友だちなんだ」
「ああ、そうさ。朝子さんも、ここではマドンナ的存在だよ。みんなに親しく話しかけてくれるからね。犬たちにもよく好かれている。彼女は不思議な魅力持った女性だよ。そうかい、君は彼女とは親戚なのか」
「うん。僕たちはいとこ同士です」
老人はひとつうなずくと、目尻に笑みをたたえた。
「彼女に会うと、孫のことを思い出させてくれる。私の孫もゴールデン・リトリバーを飼っていてね。ミルとよく、ああして遊んでいたものだよ」
眼を馳せるように犬たちを眺める老人の横顔を見上げていると、トオルには自分の本当の年齢とさほど変わらないであろう彼の寂しい想いが痛く伝わってきた。
「孫は半年前に、結婚をして鹿児島へ行ってしまってね。以前は家の近くの公園にミルを連れていっていたんだが、ミルも寂しそうで。遊び相手がいなくなってしまったからね。それで、家からは少し遠いんだが、この公園に来るようになって、そして朝子さんと出会ったのさ。ミルも歓んだよ。孫が飼っていたサムと同じゴールデン・リトリバーのリックに出会えて。それに友だちも増えたからね。いまでは、週末にこの公園に来るのが楽しみになってしまった。ところで、朝子さんは来ないのかい? 今日は」
「あ、今日はクリスマス・イヴだから、パーティの準備をしているんです」
「そうか、今日はクリスマス・イヴだったね。そうかそうか」
老人はふと、残念そうな表情を浮かべた。
きっと、朝子に会えるのを楽しみにしていたのだろう。それでもすぐに、
「だけど今日は、君に会えた。この歳になると、人と出会えるのがとてもうれしい」
その顔には笑みがもどっていた。
「うん。僕もそう思う。人生は人との出会いでもあるからね」
トオルはつい、ほんとうの年齢のつもりでそんなことを口走ってしまい、ハッとした。
老人は不思議そうにトオルを見つめる。
「君はおもしろい子だ」
トオルは笑ってごまかすしかなかった。
しばらく老人の世間話につき合い、トオルはリックを呼んだ。
リックはトオルの呼び声に、一目散に掛けてきた。
うしろからミルが追いかけてくる。
老人は屈んでミルの背をなでながら、まだなにか話をしたそうにしていたが、トオルはリックにリードをつけると、「じゃあ、これで」と挨拶をし、
「また、会えるといいね」
そう言う老人にこくりとうなずいて、さよなら、とその場を離れた。
トオルの言うことになど耳を貸さず、リックはずんずん進む。
公園に入ると、やっとリックは歩調を緩め、トオルと並んで歩いた。
園内は昨日と変わらず、やはり犬を連れた人たちが多かった。
中央の広場では、犬たちがリードを外してもらい、自由に園内を駆け回っている。
未来ではそれがあたり前なのだろう。
その仲間に入りたいのか、リックはしきりに首を振ったり、前脚で地をかく仕草をしたりしてトオルを見上げた。
トオルがどうしたものかと悩んでいると、1匹のコーギーが駆け寄ってきて、リックに誘いかけた。
友だちなのだろうか。
「ねえ、遊びに行ってもいいだろ?」
見上げるリックの眼がそう言っているようで、トオルはリックからリードを外した。
とたんにリックは駆け出し、数匹の犬たちとじゃれ合いはじめた。
無邪気に遊ぶその光景は、トオルを和ませた。
犬たちの主人も、それぞれが手にリードを束ねて持ち、トオルと同じように愛犬がじゃれ合う光景を眺めている。
その中のひとりと眼が合った。
髪に白いものが目立つ老人だった。
好々爺な趣のその老人は、にこやかな笑みを浮かべて近づいてくる。
こんにちは、と挨拶を交わし合うと、老人はトオルの隣に立ち、
「犬たちが自由に遊ぶ光景は、なんとも心が癒される」
そう言った。
「あのゴールデン・リトリバーは、君の犬かい?」
「ううん、親戚のおねえちゃんの犬です」
トオルはとっさにそう答えた。
「その親戚のおねえちゃんって、もしかすると朝子さんのことかな?」
「え? 知ってるの? 朝子ねえちゃんのこと」
「よく知っているよ。ここでいつも会うからね。うちのミルが、君の連れた犬に近づいていったから、もしやと思ったが、やっぱりそうだった」
「それじゃ、あの犬たちも、みんなリックの友だちなんだ」
「ああ、そうさ。朝子さんも、ここではマドンナ的存在だよ。みんなに親しく話しかけてくれるからね。犬たちにもよく好かれている。彼女は不思議な魅力持った女性だよ。そうかい、君は彼女とは親戚なのか」
「うん。僕たちはいとこ同士です」
老人はひとつうなずくと、目尻に笑みをたたえた。
「彼女に会うと、孫のことを思い出させてくれる。私の孫もゴールデン・リトリバーを飼っていてね。ミルとよく、ああして遊んでいたものだよ」
眼を馳せるように犬たちを眺める老人の横顔を見上げていると、トオルには自分の本当の年齢とさほど変わらないであろう彼の寂しい想いが痛く伝わってきた。
「孫は半年前に、結婚をして鹿児島へ行ってしまってね。以前は家の近くの公園にミルを連れていっていたんだが、ミルも寂しそうで。遊び相手がいなくなってしまったからね。それで、家からは少し遠いんだが、この公園に来るようになって、そして朝子さんと出会ったのさ。ミルも歓んだよ。孫が飼っていたサムと同じゴールデン・リトリバーのリックに出会えて。それに友だちも増えたからね。いまでは、週末にこの公園に来るのが楽しみになってしまった。ところで、朝子さんは来ないのかい? 今日は」
「あ、今日はクリスマス・イヴだから、パーティの準備をしているんです」
「そうか、今日はクリスマス・イヴだったね。そうかそうか」
老人はふと、残念そうな表情を浮かべた。
きっと、朝子に会えるのを楽しみにしていたのだろう。それでもすぐに、
「だけど今日は、君に会えた。この歳になると、人と出会えるのがとてもうれしい」
その顔には笑みがもどっていた。
「うん。僕もそう思う。人生は人との出会いでもあるからね」
トオルはつい、ほんとうの年齢のつもりでそんなことを口走ってしまい、ハッとした。
老人は不思議そうにトオルを見つめる。
「君はおもしろい子だ」
トオルは笑ってごまかすしかなかった。
しばらく老人の世間話につき合い、トオルはリックを呼んだ。
リックはトオルの呼び声に、一目散に掛けてきた。
うしろからミルが追いかけてくる。
老人は屈んでミルの背をなでながら、まだなにか話をしたそうにしていたが、トオルはリックにリードをつけると、「じゃあ、これで」と挨拶をし、
「また、会えるといいね」
そう言う老人にこくりとうなずいて、さよなら、とその場を離れた。
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