もう一度、君に逢いたい

星 陽月

文字の大きさ
上 下
25 / 53

【第24話】

しおりを挟む
「リック、もっとゆっくり」

 トオルの言うことになど耳を貸さず、リックはずんずん進む。
 公園に入ると、やっとリックは歩調を緩め、トオルと並んで歩いた。
 園内は昨日と変わらず、やはり犬を連れた人たちが多かった。
 中央の広場では、犬たちがリードを外してもらい、自由に園内を駆け回っている。
 未来ではそれがあたり前なのだろう。
 その仲間に入りたいのか、リックはしきりに首を振ったり、前脚で地をかく仕草をしたりしてトオルを見上げた。
 トオルがどうしたものかと悩んでいると、1匹のコーギーが駆け寄ってきて、リックに誘いかけた。
 友だちなのだろうか。

「ねえ、遊びに行ってもいいだろ?」

 見上げるリックの眼がそう言っているようで、トオルはリックからリードを外した。
 とたんにリックは駆け出し、数匹の犬たちとじゃれ合いはじめた。
 無邪気に遊ぶその光景は、トオルを和ませた。
 犬たちの主人も、それぞれが手にリードを束ねて持ち、トオルと同じように愛犬がじゃれ合う光景を眺めている。
 その中のひとりと眼が合った。
 髪に白いものが目立つ老人だった。
 好々爺な趣のその老人は、にこやかな笑みを浮かべて近づいてくる。
 こんにちは、と挨拶を交わし合うと、老人はトオルの隣に立ち、

「犬たちが自由に遊ぶ光景は、なんとも心が癒される」

 そう言った。

「あのゴールデン・リトリバーは、君の犬かい?」
「ううん、親戚のおねえちゃんの犬です」

 トオルはとっさにそう答えた。

「その親戚のおねえちゃんって、もしかすると朝子さんのことかな?」
「え? 知ってるの? 朝子ねえちゃんのこと」
「よく知っているよ。ここでいつも会うからね。うちのミルが、君の連れた犬に近づいていったから、もしやと思ったが、やっぱりそうだった」
「それじゃ、あの犬たちも、みんなリックの友だちなんだ」
「ああ、そうさ。朝子さんも、ここではマドンナ的存在だよ。みんなに親しく話しかけてくれるからね。犬たちにもよく好かれている。彼女は不思議な魅力持った女性だよ。そうかい、君は彼女とは親戚なのか」
「うん。僕たちはいとこ同士です」

 老人はひとつうなずくと、目尻に笑みをたたえた。

「彼女に会うと、孫のことを思い出させてくれる。私の孫もゴールデン・リトリバーを飼っていてね。ミルとよく、ああして遊んでいたものだよ」

 眼を馳せるように犬たちを眺める老人の横顔を見上げていると、トオルには自分の本当の年齢とさほど変わらないであろう彼の寂しい想いが痛く伝わってきた。

「孫は半年前に、結婚をして鹿児島へ行ってしまってね。以前は家の近くの公園にミルを連れていっていたんだが、ミルも寂しそうで。遊び相手がいなくなってしまったからね。それで、家からは少し遠いんだが、この公園に来るようになって、そして朝子さんと出会ったのさ。ミルも歓んだよ。孫が飼っていたサムと同じゴールデン・リトリバーのリックに出会えて。それに友だちも増えたからね。いまでは、週末にこの公園に来るのが楽しみになってしまった。ところで、朝子さんは来ないのかい? 今日は」
「あ、今日はクリスマス・イヴだから、パーティの準備をしているんです」
「そうか、今日はクリスマス・イヴだったね。そうかそうか」

 老人はふと、残念そうな表情を浮かべた。
 きっと、朝子に会えるのを楽しみにしていたのだろう。それでもすぐに、

「だけど今日は、君に会えた。この歳になると、人と出会えるのがとてもうれしい」

 その顔には笑みがもどっていた。

「うん。僕もそう思う。人生は人との出会いでもあるからね」

 トオルはつい、ほんとうの年齢のつもりでそんなことを口走ってしまい、ハッとした。
 老人は不思議そうにトオルを見つめる。

「君はおもしろい子だ」

 トオルは笑ってごまかすしかなかった。
 しばらく老人の世間話につき合い、トオルはリックを呼んだ。
 リックはトオルの呼び声に、一目散に掛けてきた。
 うしろからミルが追いかけてくる。
 老人は屈んでミルの背をなでながら、まだなにか話をしたそうにしていたが、トオルはリックにリードをつけると、「じゃあ、これで」と挨拶をし、

「また、会えるといいね」

 そう言う老人にこくりとうなずいて、さよなら、とその場を離れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

処理中です...