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【第23話】
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「その好奇心があったから、人間はここまで進化したんじゃないか」
トオルが言った。
〈なにが進化よ。しょせん猿に毛が生えた、じゃなかった、猿から毛が抜けたって程度のものじゃないの。だいたいね、キミたち人間の歴史なんて、ワタシからすれば瞬く間なんだから〉
トオルの言葉に、サラが反論すると、
「はいはい。どうせ人間の存在なんて、サラからしてみれば虫けらも同然ですよ」
トオルは投げやりに言った。
〈なに、卑屈になってるのよ〉
「別に。そんなことより早く教えてよ。アルファとオメガのこと」
〈そう急かさない。いい? 『アルファでありオメガである』というのは、新約聖書の一節にあるもので、唯一絶対神ヤハウェの言った言葉とされているの。そしてその言葉そのものが、ヤハウェなのよ〉
「ヤハウェ……。唯一絶対神だなんて、なんかすごいね。え? じゃあ、僕はそのヤハウェに会ったってことなの?」
〈それはどうかしらね。あの方の存在は謎に包まれているから。ワタシだって、一度もお目にかかったことがないもの〉
「でも、あの光体の彼は、はっきりと言ったよ。『わたしを言葉にするなら、アルファでありオメガである』って」
〈きっとその光体は、あの方の分身みたいなものよ。あの方自身が、姿を現すはずがないわ。だけど、人間があそこへ行けるなんてびっくりよ〉
「あそこって、どこなの? なにもない、ただの闇だったけど」
〈宇宙の始まりと終わりが同時に存在する場所。そして宇宙の根源であり、中心であり、果てであり、生まれては滅する場所。宇宙とは、壊劫、空劫、成劫、住劫を永遠にくり返しているの。それは輪廻と同じ。それの源となっているのが始と滅の場ってわけ。仏教でいうところの須弥山よ。そこへトオルは行ったのよ。それにしても、人間があそこに行くことがあるなんて……あ、そういえば、もうひとりだけいたわね。あそこへ行った人間が〉
「そうなの? だれなの、その人って」
〈生きながらに解脱をし、仏陀となった人間〉
「それって、もしかして、お釈迦様のこと?」
〈そうよ〉
「それじゃあ、僕はお釈迦様と同じ場所へ行ったってことなの?」
〈そんなところね。でも、どうしてトオルがあそこへ行けたのかしら〉
サラは眼を閉じて小首を傾げ、考えるふうをした。
「僕にもわからない。なにかの力に引き寄せられたっていうのは確かだけど」
〈もしかするとトオルには、なにか大きな使命があるのかもしれないわね〉
「僕に? そんなはずないよ。だって僕は、ザイールと地獄へ行く契約を結んじゃったじゃないか」
〈それもそうね〉
あっさりとサラは納得し、長い髭を前脚でなでた。
そのとき、寝室のドアが開いて朝子が出てきた。
「準備OKよ。行こ」
朝子はクリーム色のセーターに、グレーのミニスカートを穿き、白のハーフ・コートを着ていた。
首に巻いた淡いピンクのマフラーがよく似合っている。
コートの裾からちらりと覗く太腿が眩しい。
ゆったりと巻いたマフラーに顎(あご)をうずめるその仕草が可愛くて、トオルは言葉もなく見惚れた。
〈朝子はほんとに可愛いわね〉
トオルは朝子を見つめたままこくりとうなずく。
〈って、トオル。口がポカンと開いてるわよ〉
そうなってしまうほど、朝子は可愛かった。
トオルは朝子にマフラーを巻いてもらい、ふたりは部屋をあとにした。
たくさんの買い物を終えて帰ると、トオルは朝子に頼まれてリックと散歩に出た。
リックにぐいぐいと引っ張られて、トオルは無理やり歩調を速めさせられた。
どっちが散歩に連れられているのかわからなかった。
トオルが言った。
〈なにが進化よ。しょせん猿に毛が生えた、じゃなかった、猿から毛が抜けたって程度のものじゃないの。だいたいね、キミたち人間の歴史なんて、ワタシからすれば瞬く間なんだから〉
トオルの言葉に、サラが反論すると、
「はいはい。どうせ人間の存在なんて、サラからしてみれば虫けらも同然ですよ」
トオルは投げやりに言った。
〈なに、卑屈になってるのよ〉
「別に。そんなことより早く教えてよ。アルファとオメガのこと」
〈そう急かさない。いい? 『アルファでありオメガである』というのは、新約聖書の一節にあるもので、唯一絶対神ヤハウェの言った言葉とされているの。そしてその言葉そのものが、ヤハウェなのよ〉
「ヤハウェ……。唯一絶対神だなんて、なんかすごいね。え? じゃあ、僕はそのヤハウェに会ったってことなの?」
〈それはどうかしらね。あの方の存在は謎に包まれているから。ワタシだって、一度もお目にかかったことがないもの〉
「でも、あの光体の彼は、はっきりと言ったよ。『わたしを言葉にするなら、アルファでありオメガである』って」
〈きっとその光体は、あの方の分身みたいなものよ。あの方自身が、姿を現すはずがないわ。だけど、人間があそこへ行けるなんてびっくりよ〉
「あそこって、どこなの? なにもない、ただの闇だったけど」
〈宇宙の始まりと終わりが同時に存在する場所。そして宇宙の根源であり、中心であり、果てであり、生まれては滅する場所。宇宙とは、壊劫、空劫、成劫、住劫を永遠にくり返しているの。それは輪廻と同じ。それの源となっているのが始と滅の場ってわけ。仏教でいうところの須弥山よ。そこへトオルは行ったのよ。それにしても、人間があそこに行くことがあるなんて……あ、そういえば、もうひとりだけいたわね。あそこへ行った人間が〉
「そうなの? だれなの、その人って」
〈生きながらに解脱をし、仏陀となった人間〉
「それって、もしかして、お釈迦様のこと?」
〈そうよ〉
「それじゃあ、僕はお釈迦様と同じ場所へ行ったってことなの?」
〈そんなところね。でも、どうしてトオルがあそこへ行けたのかしら〉
サラは眼を閉じて小首を傾げ、考えるふうをした。
「僕にもわからない。なにかの力に引き寄せられたっていうのは確かだけど」
〈もしかするとトオルには、なにか大きな使命があるのかもしれないわね〉
「僕に? そんなはずないよ。だって僕は、ザイールと地獄へ行く契約を結んじゃったじゃないか」
〈それもそうね〉
あっさりとサラは納得し、長い髭を前脚でなでた。
そのとき、寝室のドアが開いて朝子が出てきた。
「準備OKよ。行こ」
朝子はクリーム色のセーターに、グレーのミニスカートを穿き、白のハーフ・コートを着ていた。
首に巻いた淡いピンクのマフラーがよく似合っている。
コートの裾からちらりと覗く太腿が眩しい。
ゆったりと巻いたマフラーに顎(あご)をうずめるその仕草が可愛くて、トオルは言葉もなく見惚れた。
〈朝子はほんとに可愛いわね〉
トオルは朝子を見つめたままこくりとうなずく。
〈って、トオル。口がポカンと開いてるわよ〉
そうなってしまうほど、朝子は可愛かった。
トオルは朝子にマフラーを巻いてもらい、ふたりは部屋をあとにした。
たくさんの買い物を終えて帰ると、トオルは朝子に頼まれてリックと散歩に出た。
リックにぐいぐいと引っ張られて、トオルは無理やり歩調を速めさせられた。
どっちが散歩に連れられているのかわからなかった。
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