24 / 53
【第23話】
しおりを挟む
「その好奇心があったから、人間はここまで進化したんじゃないか」
トオルが言った。
〈なにが進化よ。しょせん猿に毛が生えた、じゃなかった、猿から毛が抜けたって程度のものじゃないの。だいたいね、キミたち人間の歴史なんて、ワタシからすれば瞬く間なんだから〉
トオルの言葉に、サラが反論すると、
「はいはい。どうせ人間の存在なんて、サラからしてみれば虫けらも同然ですよ」
トオルは投げやりに言った。
〈なに、卑屈になってるのよ〉
「別に。そんなことより早く教えてよ。アルファとオメガのこと」
〈そう急かさない。いい? 『アルファでありオメガである』というのは、新約聖書の一節にあるもので、唯一絶対神ヤハウェの言った言葉とされているの。そしてその言葉そのものが、ヤハウェなのよ〉
「ヤハウェ……。唯一絶対神だなんて、なんかすごいね。え? じゃあ、僕はそのヤハウェに会ったってことなの?」
〈それはどうかしらね。あの方の存在は謎に包まれているから。ワタシだって、一度もお目にかかったことがないもの〉
「でも、あの光体の彼は、はっきりと言ったよ。『わたしを言葉にするなら、アルファでありオメガである』って」
〈きっとその光体は、あの方の分身みたいなものよ。あの方自身が、姿を現すはずがないわ。だけど、人間があそこへ行けるなんてびっくりよ〉
「あそこって、どこなの? なにもない、ただの闇だったけど」
〈宇宙の始まりと終わりが同時に存在する場所。そして宇宙の根源であり、中心であり、果てであり、生まれては滅する場所。宇宙とは、壊劫、空劫、成劫、住劫を永遠にくり返しているの。それは輪廻と同じ。それの源となっているのが始と滅の場ってわけ。仏教でいうところの須弥山よ。そこへトオルは行ったのよ。それにしても、人間があそこに行くことがあるなんて……あ、そういえば、もうひとりだけいたわね。あそこへ行った人間が〉
「そうなの? だれなの、その人って」
〈生きながらに解脱をし、仏陀となった人間〉
「それって、もしかして、お釈迦様のこと?」
〈そうよ〉
「それじゃあ、僕はお釈迦様と同じ場所へ行ったってことなの?」
〈そんなところね。でも、どうしてトオルがあそこへ行けたのかしら〉
サラは眼を閉じて小首を傾げ、考えるふうをした。
「僕にもわからない。なにかの力に引き寄せられたっていうのは確かだけど」
〈もしかするとトオルには、なにか大きな使命があるのかもしれないわね〉
「僕に? そんなはずないよ。だって僕は、ザイールと地獄へ行く契約を結んじゃったじゃないか」
〈それもそうね〉
あっさりとサラは納得し、長い髭を前脚でなでた。
そのとき、寝室のドアが開いて朝子が出てきた。
「準備OKよ。行こ」
朝子はクリーム色のセーターに、グレーのミニスカートを穿き、白のハーフ・コートを着ていた。
首に巻いた淡いピンクのマフラーがよく似合っている。
コートの裾からちらりと覗く太腿が眩しい。
ゆったりと巻いたマフラーに顎(あご)をうずめるその仕草が可愛くて、トオルは言葉もなく見惚れた。
〈朝子はほんとに可愛いわね〉
トオルは朝子を見つめたままこくりとうなずく。
〈って、トオル。口がポカンと開いてるわよ〉
そうなってしまうほど、朝子は可愛かった。
トオルは朝子にマフラーを巻いてもらい、ふたりは部屋をあとにした。
たくさんの買い物を終えて帰ると、トオルは朝子に頼まれてリックと散歩に出た。
リックにぐいぐいと引っ張られて、トオルは無理やり歩調を速めさせられた。
どっちが散歩に連れられているのかわからなかった。
トオルが言った。
〈なにが進化よ。しょせん猿に毛が生えた、じゃなかった、猿から毛が抜けたって程度のものじゃないの。だいたいね、キミたち人間の歴史なんて、ワタシからすれば瞬く間なんだから〉
トオルの言葉に、サラが反論すると、
「はいはい。どうせ人間の存在なんて、サラからしてみれば虫けらも同然ですよ」
トオルは投げやりに言った。
〈なに、卑屈になってるのよ〉
「別に。そんなことより早く教えてよ。アルファとオメガのこと」
〈そう急かさない。いい? 『アルファでありオメガである』というのは、新約聖書の一節にあるもので、唯一絶対神ヤハウェの言った言葉とされているの。そしてその言葉そのものが、ヤハウェなのよ〉
「ヤハウェ……。唯一絶対神だなんて、なんかすごいね。え? じゃあ、僕はそのヤハウェに会ったってことなの?」
〈それはどうかしらね。あの方の存在は謎に包まれているから。ワタシだって、一度もお目にかかったことがないもの〉
「でも、あの光体の彼は、はっきりと言ったよ。『わたしを言葉にするなら、アルファでありオメガである』って」
〈きっとその光体は、あの方の分身みたいなものよ。あの方自身が、姿を現すはずがないわ。だけど、人間があそこへ行けるなんてびっくりよ〉
「あそこって、どこなの? なにもない、ただの闇だったけど」
〈宇宙の始まりと終わりが同時に存在する場所。そして宇宙の根源であり、中心であり、果てであり、生まれては滅する場所。宇宙とは、壊劫、空劫、成劫、住劫を永遠にくり返しているの。それは輪廻と同じ。それの源となっているのが始と滅の場ってわけ。仏教でいうところの須弥山よ。そこへトオルは行ったのよ。それにしても、人間があそこに行くことがあるなんて……あ、そういえば、もうひとりだけいたわね。あそこへ行った人間が〉
「そうなの? だれなの、その人って」
〈生きながらに解脱をし、仏陀となった人間〉
「それって、もしかして、お釈迦様のこと?」
〈そうよ〉
「それじゃあ、僕はお釈迦様と同じ場所へ行ったってことなの?」
〈そんなところね。でも、どうしてトオルがあそこへ行けたのかしら〉
サラは眼を閉じて小首を傾げ、考えるふうをした。
「僕にもわからない。なにかの力に引き寄せられたっていうのは確かだけど」
〈もしかするとトオルには、なにか大きな使命があるのかもしれないわね〉
「僕に? そんなはずないよ。だって僕は、ザイールと地獄へ行く契約を結んじゃったじゃないか」
〈それもそうね〉
あっさりとサラは納得し、長い髭を前脚でなでた。
そのとき、寝室のドアが開いて朝子が出てきた。
「準備OKよ。行こ」
朝子はクリーム色のセーターに、グレーのミニスカートを穿き、白のハーフ・コートを着ていた。
首に巻いた淡いピンクのマフラーがよく似合っている。
コートの裾からちらりと覗く太腿が眩しい。
ゆったりと巻いたマフラーに顎(あご)をうずめるその仕草が可愛くて、トオルは言葉もなく見惚れた。
〈朝子はほんとに可愛いわね〉
トオルは朝子を見つめたままこくりとうなずく。
〈って、トオル。口がポカンと開いてるわよ〉
そうなってしまうほど、朝子は可愛かった。
トオルは朝子にマフラーを巻いてもらい、ふたりは部屋をあとにした。
たくさんの買い物を終えて帰ると、トオルは朝子に頼まれてリックと散歩に出た。
リックにぐいぐいと引っ張られて、トオルは無理やり歩調を速めさせられた。
どっちが散歩に連れられているのかわからなかった。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる