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【第16話】
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「こんな話、トオルくんにはむずかしいわよね」
気持ちを切り替えるように、朝子は言った。
「ううん。わかるよ、朝子ねえちゃんの気持ち」
朝子の想いを察して、トオルが答えた。
「ほんとに?」
「うん。朝子ねえちゃんは、ほんとうに心から愛せる人を待っているんでしょ? この世でたったひとりの人を」
そう言うトオルに、朝子は眼を瞠った。
「驚いたなァ、そのとおりよ。そんなことどうしてわかるの? 大人顔負けじゃない。トオルくんて何者?」
「いや、僕はただ、思ったことを言っただけさ……」
少年らしからぬことを言ってしまったのは、まずかっただろうか。
「トオルくんて、マセてるって言うより、聡明なのね」
朝子は「感心した」という顔でトオルを見つめる。
トオルの思いはどうやら杞憂だったようだ。
「そうかな」
朝子の言葉を真に受けて、トオルは照れ笑いを浮かべた。
聡明だと言われて満更でもなかった。
「でもね」
朝子の顔が、ふっと翳(かげ)る。
「正直に言えば、寂しさに耐えられないときだってあるのよ。ううん、そのときのほうが多いくらい。現実って厳しいから。街を歩いていると、仲のいいカップルを眼で追いかけちゃうし、雨の降る夜なんてすごく切なくて、包みこむように抱きしめて欲しいって思っちゃう。そんなときって考えてしまうの。私はただ、理想を追い求めているだけで、運命の人なんてどこにもいないんじゃないかって」
そう言った朝子の肩がしおれる。
まるで太陽が沈んでいくように。
そんな彼女の姿は見たくない。
「そんなことないよ」
思わずトオルは言った。
「え?……」
朝子が顔を向ける。
「朝子ねえちゃんは間違ってない。信じていれば、必ず運命の人は現れるよ」
言ってしまった言葉は、トオルを哀しくさせた。
その運命の人は自分ではない。
「そうよね。信じることが大切なのよね」
「そうだよ」
トオルは無理に笑顔を作った。
「うん」
朝子も笑顔を見せる。
沈みかけた太陽が昇った。
その笑顔はとても眩しくて、トオルの哀しみに曇った心をいっぺんに晴らしてくれた。
「なんだか、トオルくんとこうして話していると、不思議な感じがする」
「どうして?」
「君をずっと以前から知っているような気がするのよ」
「だって、僕と朝子ねえちゃんはいとこじゃないか」
「それはそうなんだけど、なんていうのかな、生まれる以前から知っていたような、そんな感じ。いままで、そんなことを感じたことはないの。私は前世とかってあまり興味はないけど、ずっと逢いたかった人に逢えたような、そんな感覚があるわ」
トオルは朝子を見つめる。
(そうさ。君は僕を知っていた。君は前世で僕の彼女だったんだから。僕たちは結婚するはずだった……)
「でも、そうよね。私たち、いとこだもんね。5年ぶりにトオルくんに会ったから、そんな気がするのね、きっと」
(違うよ。君は魂で僕を感じているんだよ……)
そう思いながらも、
「そうだね」
口から出た言葉は裏腹だった。
だけど、それでいいのだ。
想いは胸の奥底にしまっておくべきだ。
それから朝子は、明日クリスマス・パーティを一緒にやるという会社の同僚や友人のことを話し、そして上司の不満をちょっとだけ言って、リックとサラの話になった。
リックは朝子の実家で飼っているマリーの産んだ子供だという。
朝子の両親が、ホームページ上のペット紹介の中でお見合い相手を探し、3度目のお見合いでマリーはやっと相手を見初めて、めでたく3匹の仔犬を産んだのだった。
その中の1匹がリックというわけなのだが、未来ではそういったお見合いが日常的に行われていて、その結果、犬猫を問わずにペットの数が激増したらしい。
そしてサラはというと、朝子が言うには、飼い主からはぐれてしまったのを預かっているということだった。
気持ちを切り替えるように、朝子は言った。
「ううん。わかるよ、朝子ねえちゃんの気持ち」
朝子の想いを察して、トオルが答えた。
「ほんとに?」
「うん。朝子ねえちゃんは、ほんとうに心から愛せる人を待っているんでしょ? この世でたったひとりの人を」
そう言うトオルに、朝子は眼を瞠った。
「驚いたなァ、そのとおりよ。そんなことどうしてわかるの? 大人顔負けじゃない。トオルくんて何者?」
「いや、僕はただ、思ったことを言っただけさ……」
少年らしからぬことを言ってしまったのは、まずかっただろうか。
「トオルくんて、マセてるって言うより、聡明なのね」
朝子は「感心した」という顔でトオルを見つめる。
トオルの思いはどうやら杞憂だったようだ。
「そうかな」
朝子の言葉を真に受けて、トオルは照れ笑いを浮かべた。
聡明だと言われて満更でもなかった。
「でもね」
朝子の顔が、ふっと翳(かげ)る。
「正直に言えば、寂しさに耐えられないときだってあるのよ。ううん、そのときのほうが多いくらい。現実って厳しいから。街を歩いていると、仲のいいカップルを眼で追いかけちゃうし、雨の降る夜なんてすごく切なくて、包みこむように抱きしめて欲しいって思っちゃう。そんなときって考えてしまうの。私はただ、理想を追い求めているだけで、運命の人なんてどこにもいないんじゃないかって」
そう言った朝子の肩がしおれる。
まるで太陽が沈んでいくように。
そんな彼女の姿は見たくない。
「そんなことないよ」
思わずトオルは言った。
「え?……」
朝子が顔を向ける。
「朝子ねえちゃんは間違ってない。信じていれば、必ず運命の人は現れるよ」
言ってしまった言葉は、トオルを哀しくさせた。
その運命の人は自分ではない。
「そうよね。信じることが大切なのよね」
「そうだよ」
トオルは無理に笑顔を作った。
「うん」
朝子も笑顔を見せる。
沈みかけた太陽が昇った。
その笑顔はとても眩しくて、トオルの哀しみに曇った心をいっぺんに晴らしてくれた。
「なんだか、トオルくんとこうして話していると、不思議な感じがする」
「どうして?」
「君をずっと以前から知っているような気がするのよ」
「だって、僕と朝子ねえちゃんはいとこじゃないか」
「それはそうなんだけど、なんていうのかな、生まれる以前から知っていたような、そんな感じ。いままで、そんなことを感じたことはないの。私は前世とかってあまり興味はないけど、ずっと逢いたかった人に逢えたような、そんな感覚があるわ」
トオルは朝子を見つめる。
(そうさ。君は僕を知っていた。君は前世で僕の彼女だったんだから。僕たちは結婚するはずだった……)
「でも、そうよね。私たち、いとこだもんね。5年ぶりにトオルくんに会ったから、そんな気がするのね、きっと」
(違うよ。君は魂で僕を感じているんだよ……)
そう思いながらも、
「そうだね」
口から出た言葉は裏腹だった。
だけど、それでいいのだ。
想いは胸の奥底にしまっておくべきだ。
それから朝子は、明日クリスマス・パーティを一緒にやるという会社の同僚や友人のことを話し、そして上司の不満をちょっとだけ言って、リックとサラの話になった。
リックは朝子の実家で飼っているマリーの産んだ子供だという。
朝子の両親が、ホームページ上のペット紹介の中でお見合い相手を探し、3度目のお見合いでマリーはやっと相手を見初めて、めでたく3匹の仔犬を産んだのだった。
その中の1匹がリックというわけなのだが、未来ではそういったお見合いが日常的に行われていて、その結果、犬猫を問わずにペットの数が激増したらしい。
そしてサラはというと、朝子が言うには、飼い主からはぐれてしまったのを預かっているということだった。
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