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【第12話】
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「ねえ、サラ。このリックも話すことはできるの?」
トオルはリックの頭をなでる。
〈このボンクラに、そんな能力があるわけないわ。それどころか、『おすわり』や『お手』も満足にできやしない。まだネズミのほうが賢いわよ〉
「そんな、ボンクラはひどいよ。僕が彼女と話すきっかけを作ってくれたのは、このリックなんだから」
〈あら、そう。ボンクラでも、役に立つことがあるのね。ワタシからすれば、ただの大飯喰らいだけど〉
サラがそう言うと、その言葉を理解したようにリックが吠えた。
〈なによボンクラ。ワタシとやる気〉
サラが背の毛を逆立たせて威嚇(いかく)する。
すると、リックは後ずさるようにすごすごと床に伏せてしまった。
「そんなことしたら、可哀想じゃないか」
〈いいのよ。上下関係ははっきりとさせておくんだから。だからって、リックのことをイジメたりはしていないから、心配しないで〉
時代が変わっても、こればかりは変わらないんだな、とトオルは思った。
100年前の世界でも、犬はなぜか猫に弱い。
「だけど、リックはいいヤツなんだから、上下関係とやらもほどほどにね」
〈そうね。リックがもし、『おすわり』と『お手』がまともにできるようになったら考えてもいいわ〉
「きっとできるようになるよ、リックなら。それとさ、サラ。もうひとつ訊いてもいい?」
〈それはかまわないけど、またトオルがヘコんじゃうようなことじゃないでしょうね〉
「ううん、違うよ。僕が訊きたいのは、サラのその眼さ」
〈眼?〉
「うん。サラの眼って、どうして左右の色が違うの?」
〈あァ、これね。知りたい?〉
「うん。知りたい」
〈ワタシのこの眼は、この世界と天界を視ることができるのよ。それと、ふつうでは見えないものを視ることができるわ。だからほら、トオルのことも、実体がここにはないってわかったでしょ? あとは霊とかも視えたりするし、っていうか、ワタシをそこいらの猫と同じだと思わないでよね。あくまでこの姿は仮なんだから〉
「そうだよね。サラは女神だもんね」
〈そんな断定されちゃうのも困るんだけど〉
「だったら、教えてよ。サラって何者なの?」
〈何者って訊かれても、うまく言えないのよね。ワタシ、すごく微妙な立場にいるから〉
「そうか。どの世界にも立場ってものがあるよね。それなら追求はしないよ」
〈トオルって、分別があるのね。キミはいま少年だけど、ほんとは幾つなの?〉
「僕は、78歳だよ」
〈あらま、そんなにおじいちゃんだったの〉
「サラはどうなの?」
〈ワタシ? ワタシはそうねえ……〉
サラは顔を斜めにかしげると、「ヒョイ、ヒョイ」とはねる自分のしっぽの先を視界に捉え、とたんにそのしっぽの先に跳びついた。
だが、跳びつけばしっぽが逃げるのは当然のことで、サラは自分のしっぽを追いかけるようにその場をぐるぐると回った。
動くものに反応するその衝動は、そこいらの猫となんら変わりはなかった。
「ねえ、サラ。どうして自分のしっぽで遊ぶのさ」
その声に、サラは我に返る。
〈あらヤダ。つい我を忘れてしまったわ。で、なんだっけ?〉
「だから、君は幾つなのかってこと」
〈レディに歳のことを訊くなんて、失礼ね〉
「言いたくないなら、無理には訊かないけど……。あ、でも、ザイールのことを知っているってことは、サラも神様の天地創造のときには傍にいたの?」
〈なにアイツ、そんなことまで話したの? まったくおしゃべりなヤツね。ま、確かにワタシも、天地創造のときには存在していたわ〉
「ザイールは、小動物や昆虫を創ったって言ってけど、サラもなにか創造した? あ、待って。小動物っていったら、猫も小動物だよね。まさかサラ――」
〈シャラップ!〉
トオルが言おうとするのを、サラが制した。
〈そこから先は言わないで。聴きたくもない〉
だが、そんなサラの思いをよそに、
「君を創造したのもザイールなの?」
トオルは止まらなかった。
〈ああ。それを言っちゃあ、おしまいよ〉
フーテンの寅さんふうにサラは言い、がっくりとこうべを垂れた。
とはいえサラが、「フーテンの寅さん」を知っているのかどうかは定かではない。
「ということは、そうなんだ」
〈あのね。ワタシの名誉のために言っておくけど、このワタシが、ザイールなんかに創られたわけがないじゃない。アイツが創ったのは猫よ〉
「だって、君は猫じゃないか」
〈だからね、いい? ひとつだけ忠告するわ。ワタシを怒らせると、そのきれいな頬にみごとな引っ掻き傷を負うことになるわよ。これは仮の姿なの。わかった? なんども言わせないで〉
「うん。そういうことにしておく」
〈だから、そういうことじゃなくて――〉
「はいはい、わかってるよ。サラは猫じゃない。猫であっても猫じゃない」
〈あら、どうあっても、その頬に引っ掻き傷を負いたいみたいね〉
サラは前脚をかざす。
その先には、するどく尖った鉤爪が伸びていた。
「あ、冗談だよ、冗談。ほんとにもう言わない」
思わずトオルは身を退く。
〈そう。なら許してあげる。ただ、今度ワタシのことを猫呼ばわりしたら、引っ掻き傷どころかミンチにしてやるんだから、憶えておきなさい〉
「う、うん……、わかった」
猫がイヤだったら、どうしてその猫の姿になっているのさ。
鉤爪を納めたサラは、肉球をペロペロと舐めている。
その姿は猫以外の何ものでもないのだが。
トオルは納得がいかないながらも、ミンチにされるのはごめんなので、「猫」という固有名詞を封印することにした。
それにしても、サラはどうして、これほどザイールを毛嫌いするのだろうか。
彼に対して、何か遺恨めいたものがあるように思えてならない。
(ふたりのあいだに、いったいなにがあったんだろう……)
そんなことを考えながら、トオルはふと、キッチンの朝子に眼を向けた。
トオルはリックの頭をなでる。
〈このボンクラに、そんな能力があるわけないわ。それどころか、『おすわり』や『お手』も満足にできやしない。まだネズミのほうが賢いわよ〉
「そんな、ボンクラはひどいよ。僕が彼女と話すきっかけを作ってくれたのは、このリックなんだから」
〈あら、そう。ボンクラでも、役に立つことがあるのね。ワタシからすれば、ただの大飯喰らいだけど〉
サラがそう言うと、その言葉を理解したようにリックが吠えた。
〈なによボンクラ。ワタシとやる気〉
サラが背の毛を逆立たせて威嚇(いかく)する。
すると、リックは後ずさるようにすごすごと床に伏せてしまった。
「そんなことしたら、可哀想じゃないか」
〈いいのよ。上下関係ははっきりとさせておくんだから。だからって、リックのことをイジメたりはしていないから、心配しないで〉
時代が変わっても、こればかりは変わらないんだな、とトオルは思った。
100年前の世界でも、犬はなぜか猫に弱い。
「だけど、リックはいいヤツなんだから、上下関係とやらもほどほどにね」
〈そうね。リックがもし、『おすわり』と『お手』がまともにできるようになったら考えてもいいわ〉
「きっとできるようになるよ、リックなら。それとさ、サラ。もうひとつ訊いてもいい?」
〈それはかまわないけど、またトオルがヘコんじゃうようなことじゃないでしょうね〉
「ううん、違うよ。僕が訊きたいのは、サラのその眼さ」
〈眼?〉
「うん。サラの眼って、どうして左右の色が違うの?」
〈あァ、これね。知りたい?〉
「うん。知りたい」
〈ワタシのこの眼は、この世界と天界を視ることができるのよ。それと、ふつうでは見えないものを視ることができるわ。だからほら、トオルのことも、実体がここにはないってわかったでしょ? あとは霊とかも視えたりするし、っていうか、ワタシをそこいらの猫と同じだと思わないでよね。あくまでこの姿は仮なんだから〉
「そうだよね。サラは女神だもんね」
〈そんな断定されちゃうのも困るんだけど〉
「だったら、教えてよ。サラって何者なの?」
〈何者って訊かれても、うまく言えないのよね。ワタシ、すごく微妙な立場にいるから〉
「そうか。どの世界にも立場ってものがあるよね。それなら追求はしないよ」
〈トオルって、分別があるのね。キミはいま少年だけど、ほんとは幾つなの?〉
「僕は、78歳だよ」
〈あらま、そんなにおじいちゃんだったの〉
「サラはどうなの?」
〈ワタシ? ワタシはそうねえ……〉
サラは顔を斜めにかしげると、「ヒョイ、ヒョイ」とはねる自分のしっぽの先を視界に捉え、とたんにそのしっぽの先に跳びついた。
だが、跳びつけばしっぽが逃げるのは当然のことで、サラは自分のしっぽを追いかけるようにその場をぐるぐると回った。
動くものに反応するその衝動は、そこいらの猫となんら変わりはなかった。
「ねえ、サラ。どうして自分のしっぽで遊ぶのさ」
その声に、サラは我に返る。
〈あらヤダ。つい我を忘れてしまったわ。で、なんだっけ?〉
「だから、君は幾つなのかってこと」
〈レディに歳のことを訊くなんて、失礼ね〉
「言いたくないなら、無理には訊かないけど……。あ、でも、ザイールのことを知っているってことは、サラも神様の天地創造のときには傍にいたの?」
〈なにアイツ、そんなことまで話したの? まったくおしゃべりなヤツね。ま、確かにワタシも、天地創造のときには存在していたわ〉
「ザイールは、小動物や昆虫を創ったって言ってけど、サラもなにか創造した? あ、待って。小動物っていったら、猫も小動物だよね。まさかサラ――」
〈シャラップ!〉
トオルが言おうとするのを、サラが制した。
〈そこから先は言わないで。聴きたくもない〉
だが、そんなサラの思いをよそに、
「君を創造したのもザイールなの?」
トオルは止まらなかった。
〈ああ。それを言っちゃあ、おしまいよ〉
フーテンの寅さんふうにサラは言い、がっくりとこうべを垂れた。
とはいえサラが、「フーテンの寅さん」を知っているのかどうかは定かではない。
「ということは、そうなんだ」
〈あのね。ワタシの名誉のために言っておくけど、このワタシが、ザイールなんかに創られたわけがないじゃない。アイツが創ったのは猫よ〉
「だって、君は猫じゃないか」
〈だからね、いい? ひとつだけ忠告するわ。ワタシを怒らせると、そのきれいな頬にみごとな引っ掻き傷を負うことになるわよ。これは仮の姿なの。わかった? なんども言わせないで〉
「うん。そういうことにしておく」
〈だから、そういうことじゃなくて――〉
「はいはい、わかってるよ。サラは猫じゃない。猫であっても猫じゃない」
〈あら、どうあっても、その頬に引っ掻き傷を負いたいみたいね〉
サラは前脚をかざす。
その先には、するどく尖った鉤爪が伸びていた。
「あ、冗談だよ、冗談。ほんとにもう言わない」
思わずトオルは身を退く。
〈そう。なら許してあげる。ただ、今度ワタシのことを猫呼ばわりしたら、引っ掻き傷どころかミンチにしてやるんだから、憶えておきなさい〉
「う、うん……、わかった」
猫がイヤだったら、どうしてその猫の姿になっているのさ。
鉤爪を納めたサラは、肉球をペロペロと舐めている。
その姿は猫以外の何ものでもないのだが。
トオルは納得がいかないながらも、ミンチにされるのはごめんなので、「猫」という固有名詞を封印することにした。
それにしても、サラはどうして、これほどザイールを毛嫌いするのだろうか。
彼に対して、何か遺恨めいたものがあるように思えてならない。
(ふたりのあいだに、いったいなにがあったんだろう……)
そんなことを考えながら、トオルはふと、キッチンの朝子に眼を向けた。
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