もう一度、君に逢いたい

星 陽月

文字の大きさ
上 下
12 / 53

【第11話】

しおりを挟む
 トオルがソファに坐ると、サラが隣にやってきた。

「ねえ、サラ。ひとつ訊いてもいいかな?」

 トオルがサラに訊いた。

〈いいわよ、なんなりと。ただその前に、音楽くらいかけたほうがいいんじゃない。ぶつぶつ独りごとを言っているように思われるわよ〉

 サラはトオルの脳裡に言葉を贈った。

「それもそうだね。だけど、音楽をかけるのは、どうしたらいいのかな」
〈B・G・Mって声を出せばいいのよ〉
「あ、そうなんだ。わかった――B・G・M!」

 するとリビングには、快いクラシックが静かに流れ出した。

〈これでいいわ。それで、なにを訊きたいの?〉
「うん、実はね。いまは西暦何年なのかなと思って」
〈なんだ、そんなこと。いまは、2121年よ〉
「え? 2121年? すると僕は、100年前から来たことになるんだ……」

 となると、律子は『来世の殻』というの中に、いったいどのくらいのあいだ入っていたのだろうか。
 ザイールは、生まれ変わりの準備だと言っていたが、殻の中ではどんな状態にあったのだろう。
 ただ眠っているだけだったのだろうか。
 だが、たとえどれだけ長い年月だったとはいえ、時の流れのない世界にいた彼女にすれば、瞬く間のことだったのかもしれない。
 そしてトオルもまた、100年後の未来へ瞬く間にやってきた。
 新しい生を受けた彼女のもとへ。

(だけど……)

 ふと、トオルの中にこみ上げてくるものがある。
 それは、後悔の念だった。
 僕はどうしてここにいるんだろう。
 時を越えてまで、どうして彼女に逢いに来たりしたんだろう。
  その理由は決まっている。
 彼女に、律子に逢いたかったからだ。
 ずっとずっとそれだけを願い、それがトオルの人生だった。
 そしてやっと彼女に逢えた。
 だけれど、彼女はもう律子ではない。
 たとえ魂が同じであるとしても、彼女はいま、沢尻朝子としての人生を送っているのだ。
 その彼女に、いったい何をしようというのか。
 前世を思い出すことなどありえない。
 ましてや、真実を語ったところで、信じてもらえるわけもない。
 彼女にとって、いまのトオルの存在は親戚の子でしかないのだから。
 それを思うと、圧倒的な切なさが押し寄せてくる。

(僕は、ここにいてはいけない存在なんだ……)

 それが現実だった。
 とたんに、トオルの小さな胸はひしゃげてしまった。

〈どうしたのよ、トオル。突然落ちこんじゃって〉

 サラがトオルを見上げる。

「うん。どうして僕はここにいるんだろって、そう思ったらとてもやりきれなくて……」
〈なによ、そんなことでヘコんでるの?〉
「そんなことじゃないよ。ほんとなら、僕はここに存在していないんだから」
〈だったら、過去へお帰りなさい〉
「そんなに簡単に言わないでよ」
〈だってトオルはいま、ここへ来たことを後悔しているんでしょ? それなら、もとの世界へもどればいいだけのことじゃない〉

 確かにそうだ……。

 トオルは眼を伏せた。

 自分はこの世界にいてはならない不要の存在。
 いまこうしているだけで、未来を変えてしまいかねないのだ。
 いや、もうすでに変えてしまっているのかもしれない。
 朝子との出逢いは、あってはならないことだったのだから。
 自分の願いを叶えるために未来に訪れ、その未来を変えてしまうことなど許されることではない。
 生涯、律子に逢いたいがために、過ちを犯したことなどなかったトオルだった。
 それなのに、律子の生まれ変わった彼女に逢いたいがために、過ちを犯してしまったのだ。
 そのうえ彼女に嘘をつき、欺(あざむ)いている。

 トオルはさらに深く落ち込んだ。

〈トオル、君は気が小さすぎるわよ〉

 サラは瞳の虹彩を細めて言った。

「どうして?」

〈キミがここへ来たのはなんのため?〉
「彼女に逢うためさ。決まってるじゃないか」
〈なら、どうしてそんな弱気になってるのよ〉
「別に弱気になっているわけじゃないよ。僕は、こうしてることが間違いだってことに気づいたんだ。ここにいてはいけないんだよ、僕は」
〈確かにね。未来に来るなんて間違いに決まってる。けれどトオルは、地獄へ行くこともいとわずに、生まれ変わった彼女に逢うことを決めた。それは、ザイールにうまく乗せられたってこともあるだろうけど、決断したのはキミよ。それはなんのため? 彼女に逢いたい以上に、彼女へのゆるぎない愛があったからじゃないの。そうでしょ? だったら、その愛を貫いてみなさいよ。キミには4日間しかないんじゃないの。『ここにいてはいけないんだよ、僕は』なんてヘコんでるヒマなんてないのよ。どんな形にせよ、キミは朝子と出逢った。それは事実なんだし、間違いだってなんだって、かまうことはないじゃない〉
「……うん」

 トオルはサラの言葉を心に刻む。

〈いい? 起きたことにはすべて理由があるの。トオルがこの未来へ来たことにも、キミが前世の彼女のことを想いつづけて、生涯を独り身でとおしたことにもね。キミのその想いは、ある意味では呪縛のようなもの。キミは、前世の彼女にできなかったことがあるんじゃないの? それを叶えるために、キミがこの未来へ来たのかどうかはわからないけど、でもそれをすべきよ。いまのこのタイミングを逃しちゃダメ。そして、朝子といられる時間を存分に楽しみなさい。それで地獄へ行くなら本望じゃないの〉

 サラの言葉は、トオルの胸にずしりときた。

「そうだね、サラ。君の言うとおりだよ。僕にはあと4日しかない。その4日間でなにができるかはわからないけど、彼女との時間を大切にするよ。ありがとう。君ってやっぱり、女神なんだね」
〈おだてたって、なにもでないわよ〉

 そう言いながらも、サラは満更でもなさそうだった。
 そこへリックが、仲間にいれてくれとでもいうように、顔を出してきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

処理中です...