もう一度、君に逢いたい

星 陽月

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【第6話】

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 ドン!

「イタタタタッ。ほんとにどうにかしてよ、この着地」

 8歳となった透――トオルは、尻を押さえて立ち上がりながらザイールに文句を言った。
 だが、ザイールの姿がない。

「あれ? ザイール? 天使さん? どこにいったの?」

 トオルがきょろきょろとしていると、

「オレはここだ」

 はるか頭上から声が落ちてきた。
 見上げると、ザイールは欅の枝に引っかかっていた。

「どうして、そんなところにいるのさ」
「だから、着地の失敗だよ」

 ザイールは宙に浮きながら降りてきた。

「いつもそうやって、着地すればいいのに」
「光の移動は、そうはいかないのさ」
「ふーん。ザイールは、天使の落ちこぼれなんだ」

 そのトオルの頬を、ザイールは片手で両側から鷲づかみにした。

「ひょっと、なにひゅるのひゃ」
「おい、コラ、いいか。オレのことを、口が裂けても堕天使だとか落ちこぼれって言うな。いいな」

 ザイールは突き放すように手を離す。
 顔つきがちょっとマジだ。

「う、うん、わかったよ……。だけど、どうしてさ」
「オレは堕天使でも落ちこぼれでもないが、そう言われるのがとても嫌いだからさ」
「そう。だったら、もう二度と言わないよ」
「よし、おまえはいい子だ」

 そう言われて、トオルもカチンとくる。

「じゃあ、ザイール。君も約束して」
「なにをだ」
「僕には、トオルって名前があるんだ。だから君も二度と、僕のことをおまえって呼んだり、いい子だなんて言わないでほしい」
「そ、そうか、そうだな。いくらおまえ、あ、いや、トオルがいまは8歳の子供だとしても、礼儀はわきまえないとな。わかった。もう言わない。約束だ」
「ありがと。ところでザイール。ここはどこ?」
「ここは東京のとある公園さ。いまいた場所からは一日が経っている。ということで、トオルが未来にいられるのはあと4日ってことだ」
「え、あれで1日が終わりってこと? それってひどくない? たった一瞬だったじゃないか」

 トオルは納得がいかなかった。

「なんだ? だったら、病院のベッドにもどるか?」
「ここまできて、そんなのいやだよ」
「それならつべこべ言うな。たとえ一瞬でも、1日は1日だ」
「うん……」

 トオルはしかたなしにうなずいた。
 1日分損をした気分は否めない。

「いいか、女はもうすぐここへやってくる。ここからが本題だぞ。女の名は律子じゃないんだ。けして律子なんて呼んだりするなよ」
「うん、わかった。それで、律子のいまの名前は?」
「だから、律子はやめろっての」
「あ、ごめん」
「女の名は、コンタクトすれば向こうから教えてくれるだろうよ」
「だけど、彼女にどうやって話しかけたらいいのさ」
「迷子になったでもなんでもいいじゃないか。そんなことは自分で考えろ。いいな、うまくやれよ。この色男。じゃあな」
「じゃあなって、傍にいてくれるんじゃないの?」
「あのな。アンタにあと4日もつき合ってるほど、オレは暇を持て余してるわけじゃないんだよ。地獄へ行くヤツを見つけて、営業しなきゃならん」
「営業? 地獄へ連れて行くのに、営業するの?」
「あ、まあ、そんなことはどうだっていいやな。とにかくがんばれよ」

 ザイールは、ふっと姿を消した。
 ひとり残されたトオルは、仕方なく欅の大木に背をあずけた。
 園内を見渡すが、彼女の姿はまだない。
 ついさっき見た、(ザイールは1日前だと言っていたが)彼女の顔を思い浮かべる。
 いままで、1日たりとも忘れたことのなかった律子に、彼女は似ていた。
 いや、彼女は律子そのものだった。
 それほど、生き写しだったのだ。
 彼女が律子の生まれ変わりだといわれても、トオルにはとても信じられない。
 だが、律子は確かに死んだのだ。
 そしていま、生まれ変わった彼女の時代にいる。

(いまはいったい、どれくらい先の未来なんだろう……)

 トオルはふと思った。
 律子が、『来世の殻』というものにどれだけの期間入っていたのかはわからないが、彼女に生まれ変わってからは、23年の月日が流れていることになる。
 ザイールから未来へ行くと聞き、胸をときめかせたりもしたが、公園にいる人たちの服装を見たかぎりでは、さほど変わったところはない。
 車が空を飛んでいたりするのかとも思ったが、空を見上げれば、飛んでいるのはやはり鳥たちだ。
 気づくことといえば、公園の木々をはるかに凌いでそびえ立つビルが、所狭しと並んでいることだ。
 トオルが若きし頃の東京と較べると、その差は歴然としていた。
 園内の人の多さを考えると、今日はどうやら週末らしい。
 ただ驚かされるのは、園内にいる人のほとんどが犬を連れているということだ。
 犬を連れていない人を見つけるほうが難しいほどだった。
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