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チャプター【15】
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朝は雲一つないほどの晴天だったというのに、正午前から徐々に暗い雲が空を覆い始め、1時を過ぎたころにはついに雨が降りだした。
初めのうちこそ遠慮がちに舗道を濡らしていた雨は、すぐに雨脚を強めて瞬く間に本降りとなった。
雨になれば客足が落ちる。
その言葉どおり、休日にもかかわらず、本降りになってから6時になるまでの来客の数は5人ほどだった。
さとみは店先に立ち、商店街を眺めた。
外はすっかり暗くなっている。
商店街に並ぶそれぞれの店のネオンが、雨に煙っている。
傘を差す人たちは、脇目もふらずにいつもより速い足取りで通りすぎていく。
「今夜はずっと降りそうね」
さとみの隣に立ったオーナーは、首を傾げるようにして暗い空を見上げた。
「そんな感じですね」
さとみも、オーナーを真似るように空を見上げた。
「あすには上がってくれるかしら」
オーナーの声は心なしか沈んでいた。
このまま雨がつづくようでは売り上げに響く。
「大丈夫ですよ。あすはお天気になりますから」
あすの天気のことなど知るよしもないが、オーナーの気持ちを察してさとみは言った。
「だといいんだけど」
オーナーは薄い笑みをさとみに向け、
「池内さん。今日はもうあがっていいわよ」
ふいにそう言った。
「でも、いいんですか?」
さとみの勤務は7時までだから、まだ1時間も早い。
「このぶんだと来客もあまり見こめないし、それに、いつも残業ばかりやらせてしまっているじゃない。こんなときぐらはいいのよ」
そう言うオーナーの言葉に、さとみは甘えることにした。
エプロンを外し、帰り支度を済ませる。
「それじゃ、お先に失礼します」
「お疲れさま。あすもよろしくね」
「はい。お疲れさまです」
オーナーの笑顔に見送られ、さとみは店をあとにした。
降りしきる雨が傘を叩く。
その音がまるで、音楽を奏でているかのように思えるのはどういうことだろう。
ふだん、定時の7時に帰れるのはほとんど稀なので、その定時より1時間も早く帰れるということが、そんな神秘的な気分にさせているのだろうか。
なんにしても、早く帰れるのはやはりうれしい。
同じ商店街にある書店に寄り、そして、その三軒隣のレンタルショップで雨の夜に似合ったDVDを借りよう。
雨の旋律は、さとみにそんな気分にもさせた。
思いのまま書店で文庫本を2冊買い、レンタルショップで洋画を1本借りた。
腕時計を見ると、まだ7時前だった。
(今夜は、温かい湯船に浸かりながら文庫本を読んで、白ワインでも飲みながらDVDを観よう)
そんなことが、さとみにはささやかな幸福のように思えた。
他人から見れば、孤独で淋しい女と映るかもしれない。
けれど、どちらかといえば、さとみは独りでいることが好きだし、淋しいなどと少しも感じたことはなかった。
人と接しているとどうしても気を遣ってしまい、ひとりになるとその疲れがどっと出る。
団体行動ともなると、輪をかけて疲れきってしまう。
だから、人とかかわり合うことをできるだけ避けてきた。
以前の会社を辞めたのも、街角の小さな花屋さんで働きたいという想いの他にそういった要因があったからだと思う。
決して人見知りなわけではないし人嫌いなわけでもない。
そうでなければ、小さな花屋とはいえ来客があるのだから、接客なんてとてもできはしないだろう。
むしろ人に気を遣うという人柄を考えれば、逆に接客業は向いているのかもしれない。
とはいえそれも、好きな花たちに囲まれて仕事ができるからともいえる。
もし他の接客業に就いたとしても、やはり精神が疲れきってしまって長つづきはしないだろう。
それだけにさとみは、人とのかかわり合いを持つよりは独りでいるほうが楽なのだ。
その性格が交友関係を少なくさせているのかもしれないが、これが異性となればなおさらのことだった。
人並みに恋愛はしてきたつもりだけれど、どの恋愛もすぐに終わった。
交際を始めると、男たちは2ヶ月も経たずに別れを切りだした。
「気を遣ってくれるのはいいんだけどさ、度を越したらただのお節介なんだよ。子供にあれこれと世話を焼く母親みたいにさ。そんなやつと恋愛なんてできやしないよ」
皆、同じような棄てぜりふを吐いて去っていったのだった。
初めのうちこそ遠慮がちに舗道を濡らしていた雨は、すぐに雨脚を強めて瞬く間に本降りとなった。
雨になれば客足が落ちる。
その言葉どおり、休日にもかかわらず、本降りになってから6時になるまでの来客の数は5人ほどだった。
さとみは店先に立ち、商店街を眺めた。
外はすっかり暗くなっている。
商店街に並ぶそれぞれの店のネオンが、雨に煙っている。
傘を差す人たちは、脇目もふらずにいつもより速い足取りで通りすぎていく。
「今夜はずっと降りそうね」
さとみの隣に立ったオーナーは、首を傾げるようにして暗い空を見上げた。
「そんな感じですね」
さとみも、オーナーを真似るように空を見上げた。
「あすには上がってくれるかしら」
オーナーの声は心なしか沈んでいた。
このまま雨がつづくようでは売り上げに響く。
「大丈夫ですよ。あすはお天気になりますから」
あすの天気のことなど知るよしもないが、オーナーの気持ちを察してさとみは言った。
「だといいんだけど」
オーナーは薄い笑みをさとみに向け、
「池内さん。今日はもうあがっていいわよ」
ふいにそう言った。
「でも、いいんですか?」
さとみの勤務は7時までだから、まだ1時間も早い。
「このぶんだと来客もあまり見こめないし、それに、いつも残業ばかりやらせてしまっているじゃない。こんなときぐらはいいのよ」
そう言うオーナーの言葉に、さとみは甘えることにした。
エプロンを外し、帰り支度を済ませる。
「それじゃ、お先に失礼します」
「お疲れさま。あすもよろしくね」
「はい。お疲れさまです」
オーナーの笑顔に見送られ、さとみは店をあとにした。
降りしきる雨が傘を叩く。
その音がまるで、音楽を奏でているかのように思えるのはどういうことだろう。
ふだん、定時の7時に帰れるのはほとんど稀なので、その定時より1時間も早く帰れるということが、そんな神秘的な気分にさせているのだろうか。
なんにしても、早く帰れるのはやはりうれしい。
同じ商店街にある書店に寄り、そして、その三軒隣のレンタルショップで雨の夜に似合ったDVDを借りよう。
雨の旋律は、さとみにそんな気分にもさせた。
思いのまま書店で文庫本を2冊買い、レンタルショップで洋画を1本借りた。
腕時計を見ると、まだ7時前だった。
(今夜は、温かい湯船に浸かりながら文庫本を読んで、白ワインでも飲みながらDVDを観よう)
そんなことが、さとみにはささやかな幸福のように思えた。
他人から見れば、孤独で淋しい女と映るかもしれない。
けれど、どちらかといえば、さとみは独りでいることが好きだし、淋しいなどと少しも感じたことはなかった。
人と接しているとどうしても気を遣ってしまい、ひとりになるとその疲れがどっと出る。
団体行動ともなると、輪をかけて疲れきってしまう。
だから、人とかかわり合うことをできるだけ避けてきた。
以前の会社を辞めたのも、街角の小さな花屋さんで働きたいという想いの他にそういった要因があったからだと思う。
決して人見知りなわけではないし人嫌いなわけでもない。
そうでなければ、小さな花屋とはいえ来客があるのだから、接客なんてとてもできはしないだろう。
むしろ人に気を遣うという人柄を考えれば、逆に接客業は向いているのかもしれない。
とはいえそれも、好きな花たちに囲まれて仕事ができるからともいえる。
もし他の接客業に就いたとしても、やはり精神が疲れきってしまって長つづきはしないだろう。
それだけにさとみは、人とのかかわり合いを持つよりは独りでいるほうが楽なのだ。
その性格が交友関係を少なくさせているのかもしれないが、これが異性となればなおさらのことだった。
人並みに恋愛はしてきたつもりだけれど、どの恋愛もすぐに終わった。
交際を始めると、男たちは2ヶ月も経たずに別れを切りだした。
「気を遣ってくれるのはいいんだけどさ、度を越したらただのお節介なんだよ。子供にあれこれと世話を焼く母親みたいにさ。そんなやつと恋愛なんてできやしないよ」
皆、同じような棄てぜりふを吐いて去っていったのだった。
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