柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 84】

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 果たしてマエストロは、逃げる間もなく吾輩のくしゃみで1メートルほど飛ばされていたのであった。

「うわわわ! なんだスか、このネバネバはー!」

 マエストロは、身体中を粘ついた液体に絡め取られて身動き出来なくなっていた。
 その液体は、言うまでもなく吾輩の鼻汁である。

「いやー、すまない、マエストロ。最後まで演奏を聴いていたかったんだけれど、どうにもこうにもくしゃみが我慢できなかったんだ。生理的現象ゆえの失態ということで、許してくれないものか」

 吾輩は顔の前で、両の前脚の肉球を合わせて許しを請うた。

「なんダスかー。チミは、石ではなかったのダスかー!」

 マエストロは驚いたのか、触覚をピ-ンと張った。

「そうなんです。マエストロの君を驚かせまいと、石になったつもりだったんですが、まだまだ修行がたりません」
「ドンナコッタ、パンナコッタ。これまた、チミはわたスに気を遣ってくれたってわけなんダスなー」

 マエストロの話し方は、訛(なま)りもさることながらなんともクセが強かった。

「いや、マエストロ。気を遣ったというか、あなたたちの奏でる演奏がとても美しかったものだから、邪魔をしてはいけないと思ったんです」
「ソンナコッタ、パンナコッタ。うれしいダスなー。チミは、わたスたちの演奏を聴いてくれていたんダスなー。芸術をわかっているダスなー」

 マエストロは、どうにか身体から鼻汁を拭い取って、吾輩に近寄ってきた。

「そのうえ、わたスをマエストロと呼んでくれるとは光栄ダスなー。とても大きなチミよ。名を教えてほしいダスよー」

 小さな身体で、マエストロは吾輩を見上げた。

「はい、歓んで。吾輩の名はゴン太です」

 吾輩は名を告げた。

「ゴン太、さんダスか。なんとも、力強い名でないダスかー。それでは、わたスも名を告げなければならないダスな。わたスは、コーロギンス・シューベルトという名ダスよー」

 マエストロも名を告げた。
 その名を聞いて、

 こおろぎの名がコーロギンスって、そのまんまかよ!

 と、思わずツッコみたくなるのを吾輩はグッとこらえた。

「そして、紹介するダスよ――」

 つづけてマエストロのコーロギンス・シューベルトがそう言うと、植え込みの中からコンチェルトを奏でていた虫たちが姿を現した。

「秋の夜を美しい演奏で色づける、グッド・ナイト・ムーン・オーケストラのみんなダスよー」

 総勢20匹はいるだろうか、グッド・ナイト・ムーン・オーケストラの面々は、コーロギンス・シューベルトの背後に立ち並んでいたであった。
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