柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

文字の大きさ
上 下
88 / 94

【Episode 84】

しおりを挟む
 果たしてマエストロは、逃げる間もなく吾輩のくしゃみで1メートルほど飛ばされていたのであった。

「うわわわ! なんだスか、このネバネバはー!」

 マエストロは、身体中を粘ついた液体に絡め取られて身動き出来なくなっていた。
 その液体は、言うまでもなく吾輩の鼻汁である。

「いやー、すまない、マエストロ。最後まで演奏を聴いていたかったんだけれど、どうにもこうにもくしゃみが我慢できなかったんだ。生理的現象ゆえの失態ということで、許してくれないものか」

 吾輩は顔の前で、両の前脚の肉球を合わせて許しを請うた。

「なんダスかー。チミは、石ではなかったのダスかー!」

 マエストロは驚いたのか、触覚をピ-ンと張った。

「そうなんです。マエストロの君を驚かせまいと、石になったつもりだったんですが、まだまだ修行がたりません」
「ドンナコッタ、パンナコッタ。これまた、チミはわたスに気を遣ってくれたってわけなんダスなー」

 マエストロの話し方は、訛(なま)りもさることながらなんともクセが強かった。

「いや、マエストロ。気を遣ったというか、あなたたちの奏でる演奏がとても美しかったものだから、邪魔をしてはいけないと思ったんです」
「ソンナコッタ、パンナコッタ。うれしいダスなー。チミは、わたスたちの演奏を聴いてくれていたんダスなー。芸術をわかっているダスなー」

 マエストロは、どうにか身体から鼻汁を拭い取って、吾輩に近寄ってきた。

「そのうえ、わたスをマエストロと呼んでくれるとは光栄ダスなー。とても大きなチミよ。名を教えてほしいダスよー」

 小さな身体で、マエストロは吾輩を見上げた。

「はい、歓んで。吾輩の名はゴン太です」

 吾輩は名を告げた。

「ゴン太、さんダスか。なんとも、力強い名でないダスかー。それでは、わたスも名を告げなければならないダスな。わたスは、コーロギンス・シューベルトという名ダスよー」

 マエストロも名を告げた。
 その名を聞いて、

 こおろぎの名がコーロギンスって、そのまんまかよ!

 と、思わずツッコみたくなるのを吾輩はグッとこらえた。

「そして、紹介するダスよ――」

 つづけてマエストロのコーロギンス・シューベルトがそう言うと、植え込みの中からコンチェルトを奏でていた虫たちが姿を現した。

「秋の夜を美しい演奏で色づける、グッド・ナイト・ムーン・オーケストラのみんなダスよー」

 総勢20匹はいるだろうか、グッド・ナイト・ムーン・オーケストラの面々は、コーロギンス・シューベルトの背後に立ち並んでいたであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

処理中です...