柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 60】

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 サン、サン、サーン、と耀く太陽。
 青く広がる空。
 いつか見た、綿アメのようにふんわりと浮かぶ雲。
 緑色の手を、空に向かって広げる草たち。
 爽快な夏、真っ盛りである。

 こんなときは、ヒップ・ホップを踊って、心も身体もリフレッシュ!

 と、いきたいところではあるが……、
 
 いや、無理! 
 無理無理無理無理無理ッ!
 もひとつオマケに、ぜーったい無理ッー!
 とてもとても、この暑さで踊れるわけがない。
 それどころか、いまこうしてマイハウス(これからは、犬小屋をこう呼ばせていただく)に入ってノビているだけ でも、地獄の暑さである。
 それだけに、ハッ、ハッ、ハッと息を吐き、体温を下げようと試みても追いつかないのだ。
 暦は人間社会で言うところの、お盆に入った。
 お盆といえば、夏の中でもいちばん暑い、いやいや、頭にクソがつくほど暑いのである。
 この灼熱の炎天下の中で、着ぐるみを着て踊ることを想像してみたまえ。

 君ならば踊れるかな?

 フムフム。
 そうだろう、そうだろう。
 そくざに「無理」と答えた君、実に素直でよろしい。
 吾輩がどれほど耐えがたい思いをしているかが、わかってもらえたであろう。
 それでも吾輩は、物語を進行するストーリー・テラーの誇りにかけて、

 ゴン太は元気だぞ、って。
 夏の暑さになんか負けないぞ、って。
 バテたりなんかしないよ、って。

 その意気込みで語り始めた――のだが、余白をふくめてわずか七行で吾輩の心は挫け、ストーリー・テラーの誇りは、この暑さで萎えてしまった。
 というわけで吾輩は、ぐだー、としながら、マイハウスの前をゆらりゆらりと揺れる陽炎を虚ろな眼で眺めているのであった。
 今年もやはり、マイハウスにクーラーが設置されることはない。
 これでは、ぐだー、となるのも当然なのである。
 熱中症にならないのが不思議なくらいだ。

「ワン……」

 あ、意味もなく吠えてしまった。
 しかし、ほとんど力の抜けたその声が、吠えたと言えるのかどうか。
 揺れる陽炎がルーシーの姿を映し出す。

 愛しきルーシー……。
 
 ルーシーを想うそのときだけは、暑さも忘れる。
 ルーシーがこの町から離れてから、一週間が過ぎた。

 君はいま、なにしてる……。

 北海道の旭川とは、いったいどんなところなのだろうか。
 
 君はいま、幸せかい?

 逢いたい、いますぐにでも。
 
 ルーシー……。
 君は、吾輩が君を想うように、吾輩を想ってくれているのかな……。
 眩い陽の光に……。
 揺れる陽炎に……。
 浮かぶ雲に……。
 吾輩の面影を追うことがあるかい?
 吾輩が君を想うように、君は……。

「クゥーン……」

 ルーシーを想えば、胸がキューっと締めつけられる。
 この灼熱の中、心までが業火に焼かれているような気分だ。
 これでは、この身がもたぬ。
 ひとまず、ルーシーへの想いは、心の奥の大切な愛の箱にしまっておくとしよう。
 すると、とたんに暑さがぶり返したのであった。
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