柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 45】

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 さすがに吾輩はぐったりとし、身体が完全にオーバー・ヒートした頃、奈美と真紀が玄関から出てきた。

「さ、ゴン太。散歩に行こ」
(やったー! 待ってましたー!)

 散歩となれば、暑さなどは何のそのである。
 補助パワー全開だ。
 それでもやはりバテていて、途中でなんども息切れしながら河川敷へと向かった。

(ルーシーは来るかな……)

 彼女に逢いたいという想いが、バテた身体を奮い立たせる。
 もう一週間ほど、ルーシーには逢っていない。
 吾輩とは散歩の時間帯が合わないのか、それとも公園には来ていないのか。
 それがわからないまま、一週間が過ぎたのである。
 彼女に逢えない切なさは、心を締めつけた。
 こんなとき、スマホがあればメールのやり取りができるのに、と思うのは我輩だけであろうか。

(今日こそは逢いたい……)

 その想いを胸に、河川敷の土手を急いだ。
 公園が見えてきたところで眼を凝らし、ルーシーを捜す。
 と、数匹の仲間たちに囲まれるように、ルーシーの姿があった。
 仲間たちの中にはマイケルの姿もある。

(ルーシーだ!……)

 吾輩は歓び勇んで、リードを引いた。
 公園に入ったところで奈美にリードを外してもらい、吾輩はルーシーのもとへと駆け寄っていった。
 まずは仲間たちに声をかけ、そしてルーシーの名を呼んだ。

「ゴン太さん。ごきげんよう」

 彼女はやさしく返事を返してくる。
 仲間たちは気を利かせてか、その場から離れていく。
 マイケルまでが、

「ゴン太、あとでな」

 と、仲間たちのうしろをついていった。
 吾輩は、ルーシーの隣に並んで坐った。

「今日は暑いね」

 そんなことしか言えない自分が哀しい。

「ええ、とっても」

 そう返すルーシーが、そっけなく感じるのはなぜだろう。
 会話がつづかない。
 話したいことはたくさんあるはずなのに、言葉は喉もとでUターンしてしまう。
 その理由がわからないまま、吾輩はルーシーの横顔を盗み見たりする。
 遠くに眼を馳せたその横顔が、どこか寂しい。
 隣に吾輩がいることなど、忘れたかのように視線を漂わせている。

(彼女に、なにかあったんだ……)

 吾輩はそれを、直感的に感じ取った。
 何があったというのか。
 だが、それを訊けばルーシーを傷つける気がして、我輩はただ黙って彼女のそばにいることにした。
 沈黙がふたりを包む。
 でも、それでよかった。
 ルーシーとふたり、こうして同じ時間をすごせるだけで、吾輩は幸せであった。
 それでも、その反面では何かに思い悩む彼女に、やさしい言葉のひとつもかけられずにいる自分が歯痒くもあった。
 時の流れに身をまかせて、すると、ふいにルーシーが顔を向けてきた。
 吾輩を見つめるその視線は、うまく焦点を合わせられないとでもいうように不確かで、そしてすぐにまた正面へと顔をもどしてしまった。

「ごめんなさい。私……」

 ルーシーは正面を向いたまま言った。
 その声には、切なる想いが感じられた。

「いいんだ。謝ることはないよ。君は悪くない」

 そんな言葉しか返せない。
 もっと気の利いた言葉があるだろうに。

「やさしいのね、ゴン太さん」
「どうして。吾輩はなにも……」
「そう。なにも訊かずにいてくれてる。それがゴン太さんの思いやり」
「それは違うよ。吾輩は、どうしていいのかわからないだけさ」
「ううん。ゴン太さんは、私の気持ちを考えてくれているわ。他のみんなみたいに、鈍感じゃないもの。あなたは、私の心に土足で入りこもうとしたりしない」
「――――」

 いや、違うんだ……。
 ほんとは知りたいんだよ。
 君がどうして、そんなに沈んでいるのか……。
 君にいったい何があったのか……。
 だけど、怖いんだ……。
 君を沈ませるそのわけが、吾輩にとっても哀しいことのような気がするから……。
 
 だが吾輩は、何も言葉にすることができず、

「吾輩がそばにいて、邪魔じゃないかい?」

 そんなことを口にしていた。

「いいえ。でも、ありがとう。気を遣ってくれて」

「吾輩はそんな、気なんて遣ってないよ」

 そこでまた、沈黙が落ちる。
 押し潰そうとするその沈黙に息苦しさを覚え、何か言おうとすればするほど、言葉は胸の中で空回りするのだった。
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