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【Episode 19】
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「ルーシー、君ってすごいんだな。あのドンと真っ向からやり合うなんてさ」
吾輩は、ドン・ビトーに立ち向かっていったルーシーの勇気に感服した。
「いいえ、そんなことはないわ。とっても恐かったもの」
ルーシーが言う。
「吾輩にはそうは見えなかったよ。それにアイツ、シッポを丸めて逃げていったじゃないか」
「だって、ほら、見て。脚が震えてる」
ルーシーの脚に眼を向けると、確かに小刻みに震えていた。
「ほんとだ」
「でしょう」
ルーシーは、ふっと笑った。
「でも君は、とても勇気があるよ。恐くても立ち向かう勇気がね。吾輩にもその勇気があれば、あんなやつ……」
心からそう思う。
「それは違うわ。私はただ、許せないことがあると、なにも考えずに言いたいことを言ってしまう性格なのよ。それに、あそこまで言えたのは、ゴン太さんがそばにいてくれたからだもの」
「いや、吾輩は、ただそばにいた、というだけだよ。ほんとなら、吾輩がアイツを男らしく追っ払うべきだったんだ。吾輩は弱虫さ」
何もできずにいた自分が、はなはだ情けない。
「いいえ。もし彼が、私に暴力をふるおうとしたら、ゴン太さんはきっと私を護ってくれたわ。ほんとに弱虫なら、彼が来たとき、私を置いて逃げ出してるはずだもの。それに、弱虫は自分のことを、弱虫だなんて認めたりしないものよ。だから、ゴン太さんは、弱虫なんかではないわ」
「そうかな……」
もしあのとき、ドン・ビトーがルーシーに暴力をふるったとしたら、吾輩は彼女を護ることができたであろうか。
その勇気が、果たしてあったであろうか。
逃げ出さなかったのは、ただ脚が竦んで動けなかっただけなのではないのか。
いや、それ以前に、ルーシーがドン・ビトーをやりこめているのを、いい気分になって見ていただけだった。
それ思うと、情けなさをとおり越して哀れになってくる。
「自信を持って。あなたはいい犬よ」
落ちこむ吾輩を、ルーシーは力づけてくれた。
「うん……」
ルーシーはこの上なくやさしい。
彼女の心はきっと、太陽のように一点の曇りもなく光り耀いているのだろう。
「でも、驚いたな」
吾輩はいっぺんに元気を取りもどして、ふいにそう言った。
「なにを?」
「ドンのことさ。アイツがさ、とても寛大で、強気をくじき弱きを助けて、その上、物わかりがいいって噂があるなんて、初めて聞いたから」
「あれは、ただの思いつきで言っただけなの。彼のようなタイプって、自分をよく想われたいっていうナルシストに多いもの」
「あ、そうなんだ。だよね、アイツがいま言ったようなやつだったら、みんなに慕われてるはずだよ」
「でも、ビトーさんのこと、少しわかったような気がするわ。彼は、そんなに悪い犬ではないって」
「え? アイツが?」
ドン・ビトーのどこをどうしたら、そう思えるのだろうか。
「彼はただ、不器用なだけなのよ。ほんとうは純粋でやさしい心を持っているのに、不器用なところが邪魔をして、それを上手に伝えることができないから、あんな態度を取ってしまうんだわ」
「吾輩にはそう思えないな」
「そう思えないのは、ゴン太さんが、彼としっかり向き合わないからよ。だって、彼が悪い犬なら、私がなにを言おうと暴力をふるったはずよ。ゴン太さんにだって、なにをしたかわからないわ。でも彼は、そうしなかったじゃない」
言われてみればそうかもしれない。
ドン・ビトーとは、「偉そうで嫌なやつ」という先入観が先にたって、しっかりと向き合ったことなどない。
自分からは近寄らず、できるだけ避けていた。
それは、他のみんながそうするから、同じようにしていたのである。
彼は威圧的で口が悪く暴言も吐くが、とは言え、だれかに暴力をふるって傷つけたというところを、見たことも聞いたこともない。
彼はドーベルマンであり、外見上どうしても恐いという印象が強い。
だが、実際には、ほんとうの彼をだれも知らないのである。
知っているのは、一人歩きした彼の悪評ばかりだ。
それを考えれば、威圧的な口の悪さと、外見の恐い印象と、一人歩きした悪評だけで、彼を判断するのは間違っている。
しかし、だからと言って、恐いものは恐いのである。
だから皆、ドン・ビトーを避けているのだ。
それにしてもルーシーはすごい。
ドン・ビトーとわずかに接しただけで、それも恐い思いをしたにもかかわらず、彼の本質を見抜いてしまったのだから。
そんなことを考えていると、
「こっちから心を開いて接すれば、ドン・ビトーさんも心を開いて、やさしくなれると思うの。だから、ゴン太さん。提案なんだけど、彼とお友だちになってあげたらいいんじゃないかしら」
ルーシーが、とんでもない提案をしてきた。
吾輩は、ドン・ビトーに立ち向かっていったルーシーの勇気に感服した。
「いいえ、そんなことはないわ。とっても恐かったもの」
ルーシーが言う。
「吾輩にはそうは見えなかったよ。それにアイツ、シッポを丸めて逃げていったじゃないか」
「だって、ほら、見て。脚が震えてる」
ルーシーの脚に眼を向けると、確かに小刻みに震えていた。
「ほんとだ」
「でしょう」
ルーシーは、ふっと笑った。
「でも君は、とても勇気があるよ。恐くても立ち向かう勇気がね。吾輩にもその勇気があれば、あんなやつ……」
心からそう思う。
「それは違うわ。私はただ、許せないことがあると、なにも考えずに言いたいことを言ってしまう性格なのよ。それに、あそこまで言えたのは、ゴン太さんがそばにいてくれたからだもの」
「いや、吾輩は、ただそばにいた、というだけだよ。ほんとなら、吾輩がアイツを男らしく追っ払うべきだったんだ。吾輩は弱虫さ」
何もできずにいた自分が、はなはだ情けない。
「いいえ。もし彼が、私に暴力をふるおうとしたら、ゴン太さんはきっと私を護ってくれたわ。ほんとに弱虫なら、彼が来たとき、私を置いて逃げ出してるはずだもの。それに、弱虫は自分のことを、弱虫だなんて認めたりしないものよ。だから、ゴン太さんは、弱虫なんかではないわ」
「そうかな……」
もしあのとき、ドン・ビトーがルーシーに暴力をふるったとしたら、吾輩は彼女を護ることができたであろうか。
その勇気が、果たしてあったであろうか。
逃げ出さなかったのは、ただ脚が竦んで動けなかっただけなのではないのか。
いや、それ以前に、ルーシーがドン・ビトーをやりこめているのを、いい気分になって見ていただけだった。
それ思うと、情けなさをとおり越して哀れになってくる。
「自信を持って。あなたはいい犬よ」
落ちこむ吾輩を、ルーシーは力づけてくれた。
「うん……」
ルーシーはこの上なくやさしい。
彼女の心はきっと、太陽のように一点の曇りもなく光り耀いているのだろう。
「でも、驚いたな」
吾輩はいっぺんに元気を取りもどして、ふいにそう言った。
「なにを?」
「ドンのことさ。アイツがさ、とても寛大で、強気をくじき弱きを助けて、その上、物わかりがいいって噂があるなんて、初めて聞いたから」
「あれは、ただの思いつきで言っただけなの。彼のようなタイプって、自分をよく想われたいっていうナルシストに多いもの」
「あ、そうなんだ。だよね、アイツがいま言ったようなやつだったら、みんなに慕われてるはずだよ」
「でも、ビトーさんのこと、少しわかったような気がするわ。彼は、そんなに悪い犬ではないって」
「え? アイツが?」
ドン・ビトーのどこをどうしたら、そう思えるのだろうか。
「彼はただ、不器用なだけなのよ。ほんとうは純粋でやさしい心を持っているのに、不器用なところが邪魔をして、それを上手に伝えることができないから、あんな態度を取ってしまうんだわ」
「吾輩にはそう思えないな」
「そう思えないのは、ゴン太さんが、彼としっかり向き合わないからよ。だって、彼が悪い犬なら、私がなにを言おうと暴力をふるったはずよ。ゴン太さんにだって、なにをしたかわからないわ。でも彼は、そうしなかったじゃない」
言われてみればそうかもしれない。
ドン・ビトーとは、「偉そうで嫌なやつ」という先入観が先にたって、しっかりと向き合ったことなどない。
自分からは近寄らず、できるだけ避けていた。
それは、他のみんながそうするから、同じようにしていたのである。
彼は威圧的で口が悪く暴言も吐くが、とは言え、だれかに暴力をふるって傷つけたというところを、見たことも聞いたこともない。
彼はドーベルマンであり、外見上どうしても恐いという印象が強い。
だが、実際には、ほんとうの彼をだれも知らないのである。
知っているのは、一人歩きした彼の悪評ばかりだ。
それを考えれば、威圧的な口の悪さと、外見の恐い印象と、一人歩きした悪評だけで、彼を判断するのは間違っている。
しかし、だからと言って、恐いものは恐いのである。
だから皆、ドン・ビトーを避けているのだ。
それにしてもルーシーはすごい。
ドン・ビトーとわずかに接しただけで、それも恐い思いをしたにもかかわらず、彼の本質を見抜いてしまったのだから。
そんなことを考えていると、
「こっちから心を開いて接すれば、ドン・ビトーさんも心を開いて、やさしくなれると思うの。だから、ゴン太さん。提案なんだけど、彼とお友だちになってあげたらいいんじゃないかしら」
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