柴犬ゴン太のひとりごと

星 陽月

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【Episode 1】

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 吾輩は犬である――
 
 ってか、いきなり文豪夏目漱石先生の名作を真似たような――いやいや、と言うより完全にパクってしまった冒頭である。
 しかしながら、確かに吾輩は犬であるのだから仕方がない。

 名はまだない――

 と言いたいところではあるが、我が主人につけられた名が、ちゃんとある。
 
 ゴン太。
 
 それが吾輩の名だ。
 どうして「ゴン太」なのか。
 なんどそう思ったかしれない。
 それどころか、主人のあまりのセンスの悪さに言葉もない。

 え?
 なに? 
 犬に言葉があるのかって? 

 この際だから言っておくが、これはあくまで吾輩の心の声であるので、横槍を入れるのはやめてもらいたい。
 物語は始まったばかりである。
 さあ、これからというときに、あーだのこーだのと言われては進行の妨げになるので、口を挟むのはこれきりにしていただきたい。
 話はそれたが、ともかく、「ゴン太」などと名をつけた、時代遅れのズレまくりである主人に、文句のひとつも言ってやりたいところではあるが、吾輩は「ワン!」と吠えるくらいが関の山なので自重している。
 吾輩は柴犬である。
 性別は、オス。
 ネコ目(もく)-イヌ科-イヌ属に分類される哺乳類の一種である。

 って、なにかおかしい。
 君もそう思わないか?
 絶対におかしいって。
 だって、犬であるのになぜにネコ目なのさ。
 犬であるのだから、イヌ目-イヌ科-イヌ属でなくてはならないのではないか?
 であるのに……

 ネコ目ってなんだよ!!

 まさか我が種族が、猫と同類とでもいうのか?
 そんなのありかよ。
 ふざけるな!

 ぐむむ……

 なんとも忌々しい。
 もう、怒(おこ)だよ。
 プンのプンプン、だよ。
 それを考えただけで、夜も熟睡しまくりだっての!

 ん?
 あ、

 申し訳ない。
 取り乱してしまった。
 猫のことになると、つい取り乱してしまうのだ。
 話をもどそう。
 吾輩は生を受けて2ヵ月ほどで、この「大原家」に引き取られてから3年が経った。
 我が主人であり、大原家の主である良行は、OA機器メーカーに勤めている。
 1ヵ月ほど前、部長というものに 昇進したらしい。
 昇進するということは、人間にとってはとても悦ばしいことらしく、その日は家族そろってお祝いをした。
 人間というものは、事あるごとに「お祝い」なるものをするが、吾輩にしてみれば、そんなことはどうでもいいことだ。
 だがしかし、その事あるごとのお祝いに、どうにも粗末な吾輩の食事にケンタッキー・フライドチキンが添えられるのは、なんとも悦ばしい。
 スパイスの効いた、あの鼻腔を刺激する芳ばしい匂いと、ジューシーな鶏肉とのハーモニーは、

 ああ――
 
 想像しただけで、よだれが溢れて……、と、止まらない。
 できることなら、毎日がお祝いであればいいと思う。
 とは言え、そうもいかないので、ケンタのチキンを思い浮かべながら、とうに食べ飽きたドッグ・フードを渋々食べている。
 だが、我が種族の名誉にかけて、これだけは言っておきたい。
 我らが、やたら息を荒げ、いつもよだれを溢れさせているのは、何も食い物のことばかりを考えているわけではない。
 体温の調節をしているのである。
 ともあれ、その後の大原家は、なんら変わり映えするわけでもなく、もちろん、吾輩の食事であるドッグ・フードも、ランク・アップするはずもなかった。
 大原家は、いまは亡き良三(良行の父)が建てた、2階建ての家に家族5人で暮らしている。
 まずは先に紹介した大原家の主、良行。
 吾輩が勝手に親友だと思っている彼は、最近ますます薄くなっていく髪のことを悩んでいて、植毛にするかどうかを真剣に考えている。
 そんな彼を、吾輩は「パパ」と呼んでいる。
 むろん、それは心の中だけである。
 その良行の妻、江利子。
 陽気で働き者の彼女は、大原家の太陽という存在で、家族を明るく照らしている。
 ちょっとおっちょこちょいなのが玉に瑕ではあるが、親愛なる彼女のことを、吾輩は「ママ」と呼ぶ。
 次に長女の奈美。
 彼女は小学4年生で、ママによく似て明朗で活発。
 その上聡明で妹の面倒もよくみるいい娘だ。
 おませでしっかりした性格は、ママにもパパにも似ていない。
 その妹が次女の真紀。
 今年、幼稚園に入園した彼女は、度がすぎるほどの活発ぶりで、吾輩にとっては台風的存在だ。
 吾輩が何もしないことをいいことに、美しく弧を描いて反りあがる自慢のシッポを鷲づかみにしてふり回そうとする。
 子供だと思って侮るなかれ。
 真紀は比類なき怪力の持ち主なのである。
 それだけではない。
 真紀はまだ幼く、善悪など理解できないから、本能の赴くままに向かってくるのだ。
 吾輩としては、いいかげんうんざりしている。
 ママの娘でなければ、関わりを避けたい存在だ。
 真紀はまさに、DVなのであった。
 そして最後は、良行の母君、敏江。
 大原家の中で、吾輩がいちばん好きなのが彼女だ。
 彼女はとても穏やかで、やさしく身体をなでてくれる。
 そして、何よりも彼女を好きな理由は、家族に内緒でビスケットをくれるからだ。
 そんな彼女を吾輩は敬愛を込めて、「大ママ」と呼んでいる。
 そうした家族に囲まれながら、吾輩の日常はすぎていく。 
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