ハニードロップ

蜜柑大福

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出会い

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「ゆーきくんってぇー、しょーじきつまんないよねぇー」

その言葉が酷く胸に鋭い針のように突き刺さった。

つまんない、確かにデートしてもすぐに話題が途切れたり雰囲気がある場所なんて行かなかった。

でもそれは、緊張したりして上手くいかなかっただけだ。

誰かと恋人同士になるのが初めてで、どうすれば良いのか分からない。

それだけでつまんないのか?高校生のデートとかこんなもんじゃないのか?

初めてなりにはりきって本とか読んでデートスポットとか頑張ったのに…

今日はキスまでいけるようにと頑張っていつも以上に歯磨きをしたのに会って早々別れ話とか…

今朝までの浮かれていた気持ちが一瞬で消えてしまった。

楽しかったのは、俺だけだったんだ。

なにがいけなかったんだろう、女の子の気持ちが分からない。

日曜日で家族連れやカップルなどで賑わう駅前の騒がしい音が一瞬で聞こえなくなった。

それほど衝撃を受けていた…俺の恋の花はこの時枯れて散ってしまった。

出会いも恋も別れも一瞬の出来事のように感じた。

「ゆーきくんってぇ、顔はいいのに手を繋ぐだけで赤くなって子供みたいなんだもん、わたしぃー大人の恋がしたいなー」

子供…高校生って子供じゃないの?必死に小遣い貯めてちょっと高いレストランを予約したりして見栄を張っていたから?

大人の恋って何?キスもしてなかったから?キスのタイミングが分からなくて今日まで清い関係だったけど…

大切にしたい、そう思っていた気持ちが裏目に出てしまったのか。

頭がぐるぐるして身体の中にあるものが上がってくるような気持ち悪さを感じた。

遠ざかる彼女…いや、元カノの背中をボーッと眺める事しか出来なかった。

うっ…本当に吐きそう、口元を押さえて何処か楽になれそうな場所を探して周りを見渡す。

周りは俺の事を一瞬だけ見て、何事もなかったかのように日常に戻る。

俺がいるところは駅の入り口で探せばトイレならすぐに見つかると思っていた。

そこだけ人気がなく周りから切り離されたようにぽつんとある公衆トイレに駆け込んだ。

駅前のトイレにしては綺麗に掃除されていてそこがせめてもの救いだ。

個室のドアに寄りかかりながら、中に滑り込むようにして入った。

いくつかあるトイレの中で滅多に人が利用しないトイレに入ったから吐いてる人が居ても他に人が入ってくる確率が低そうだから大丈夫だろう。

個室のドアを開けてうずくまり、すぐに終わらそうと便器の中を覗き込む。

朝から緊張して何も食べてないからか吐きたいのに何も吐けず胃の中でぐるぐるしている不快な気分になっただけだった。

目の前が霞んで見える、本格的にやばいのかもしれない。

フラれてしまったが恋愛経験を積んだって思えばいいのだろうが、元カノの言った通りまだ子供…簡単に割りきれなかった。

「あんた、大丈夫か?」

「…はぁ……へ?」

俺ではない人の声が聞こえて驚いて、身体
をびくつかせる。

個室トイレのドアを閉め忘れていて誰かが俺の背中に手を当てて撫でていた。

足音に気付かなかった、俺が入った時は誰もいなかったがいつの間に入ってきたんだろう。

 吐いてるところを気持ち悪いと思わず心配してくれる、いい人もいたものだ。

返事をしたいが口を開くと吐きそうになるから小さく頷いて返事をした。

背中を撫でていた手の温もりが離れて俺から遠ざかる足音がコツコツと響いていた。

やっと吐き気も落ち着いてきて、便器から離れた。

吐けるものは全部吐いた、唾液しか出なかったが…
でも、ちょっとだけ気持ち悪いのが治まりため息を吐いた。

トイレの壁に寄りかかり座る、掃除してても汚いだろうな…デート用に買った服だからもう着ないしと自虐的に笑う。

好きだったなぁ…出会いはクラスメイトに数合わせで呼ばれた他校の高校生同士の合コンだった。

高校生で合コンとかちょっと背伸びして大人っぽく見えそうだと軽い気持ちで参加したのが悪かったのか。

家族以外の女の子と話した事があまりなくグイグイ来る女の子に流されるカタチで恋人になった、ちょっと俺も可愛いなと思ってたし…

友人に彼女の写真を見せたら「ギャルかよ!」「優紀くんには似合わないよ」と大反対された……その時いつか友人も認めるベストカップルになってやるって意気込んでいた。

それがこれだ、1ヶ月で別れましたとか友人に合わせる顔がない。

頬に涙が伝い静かなトイレに再び足音が響いているのに気付かなかった。

「ははっ、向こうは遊びでもこっちは本気だったっての!…うっ、くっ…」

「………」

男が泣くな!と父に泣く度に言われて育ってきたから泣きたくない…泣きたくないのに…涙が溢れて止まらない。

視界がぼやける、目の前に誰かがいるように見えるけどよく見えない。

男子トイレの個室は一つだけだから独占してしまって申し訳ない、けど動けない…もう何もかもが嫌になっている。

ふと頬になにかを当てられ冷たくなって一瞬驚いた。

泣きすぎて顔が熱くなってしまった今ではとても冷たさが心地よい。

とろんとした顔を向けて頬に当てられたものを触る。

ペットボトルだろうか、俺が掴むとペットボトルが手の中にあった。

「それ飲んでいいよ、少しは楽になる」

頭の上から優しい声が聞こえた、楽に……本当にそうなのかな。

しかし今は無気力中なので上手くペットボトルのキャップを開ける力もなくつるつると滑る。

謎の人物にペットボトルを取られてカチッと開ける音がした。

潤いが欲しい、ペットボトルが欲しくて両手を広げた。

「ちょうだい…あふっ、んっ」

強請るように口を開いたらなにか柔らかいもので塞がれた。

熱い口内に冷たい水が流し込まれた、火照っていた体がだんだん落ち着いてくる。

なんだこれ、ふわふわする、気持ちいい、もっと…もっと…

舌を撫でられ絡み合う、唇が離れたと思ったらまた塞がれ水を流し込む。

あ、俺のファーストキス……まぁいいか…どうせフラれたんだし…

何度か続けられて、途中からはもっと水分が欲しくて自分からがっついてしまった。

キスってこんなに気持ちいいんだな、知らなかった。

長く続いた気がしたキスはスマホのバイブ音で呆気なく終わった。

電話が来たのだろう、「後は自分で飲めるだろ」と言われ急いでトイレから出ていった。

今度はちゃんと力が入る指先でキャップを開けて言われた通り水分補給をしてからトイレから出た。

お礼を言いたかった、でももうそこには誰もいなかった。

涙でぼやけた視界から見たその人の顔も覚えていなくて顔も分からないんじゃ探せないとすぐに諦めた。

正直どうやって帰ったのか覚えてないし、トイレでの出来事も日が経つと徐々に忘れていった。

ただ一つだけ、世の中には神のような優しい人がいるって事だけはずっと忘れる事はなかった。

ありがとう親切な神様、俺…もう一度頑張ってみるよ!
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